50 ライブ戦士
9月も終わりに差し掛かったある休日のこと、俺は秋葉にライブへ誘われた。
ウイッチメントの主題歌を歌っているロックバンドのライブだ。
意外だが、俺でも知っているぐらいに有名なバンドが歌っている。
一度ライブというものに行ってみたかったので、行くと即答をした。
「よう。ひょっとして待ってた?」
「ううん。私も今来たところ」
俺と秋葉は大木駅の改札前で待ち合わせをしていた。
ライブ会場は大木にあるライブハウスというのだろうか、わりと小さめの会場である。
秋葉は箱と呼んでいたが、ライブハウスのことを箱と呼ぶ習慣があるみたいだ。
会場は夕方だが、物販があるとのことで俺たちは昼過ぎに集まった。
バンドとアニメの限定コラボグッズが発売されるため、列に並びに来たのである。
「さっそく会場に行こっか」
「そうだな。あんまり並んでないといいけど」
ライブ会場は駅から歩いて10分ほどのところにあった。
途中、コンビニに入るとそれらしき格好をした人たちが既に複数いた。
皆んなバンドのTシャツを着ている。
そんなガチ勢たちを尻目に買い物を済ませると、いよいよ会場前に辿り着いた。
「うわー。結構並んでるなぁ」
「これぐらいは普通かな」
物販のレジのところを先頭に10m以上は人の列ができていた。
「私たちも並ぼう。売り切れる前に買おうね」
「売り切れとかあるのか」
「うん。グッズ自体はライブ直前でも並ばずに買えるけど、人気のあるグッズだと早く買わないと売り切れちゃうんだ」
「へぇ〜。大変だな!」
最後尾という看板を持ったスタッフを目印に、俺たちは物販へ加わった。
列はライブハウスの外壁沿いに作られており、途中グッズのメニューが貼られていたので何を買うか見ていた。
コラボキーホルダーなるものが限定グッズなので、俺はそれを買うことにした。
2,000円か……。結構するな。
その他Tシャツとかタオルとか買ってたらすぐに高額になりそうだ。
俺のなけなしのお小遣いをセーブしなくては!
半分ぐらい進んだところで、俺は声を掛けられた。
「お! お前たちも来てたのか!!」
「あ、こんにちは!」
「部長じゃないですか!」
佐々木部長も友達とライブに来ているようだ。
既にTシャツを着て、タオルを首から掛けている。
この人も気合い十分だな。
「鈴木よ。ライブに来るほどお前も成長したんだな……」
「まあ、秋葉に誘われたんで」
「おお! やるじゃないか! 秋葉!」
「えへへ。誘っちゃいました」
そして、部長の友達も話しかけてきた。
「ども。この子たちがお前の後輩か?」
「そうだ。こいつが鈴木で、こっちの女の子が秋葉だ」
「よろしくお願いします」
俺と秋葉はぺこりと頭を下げた。
「よろしく。俺は田淵冬馬。数少ない佐々木の友人だ」
「む。数少ないとは……。まあ、事実だがな! ははは!」
確か以前、合宿の時に友達がなかなかできなかったと言っていたな。
きっとこの田淵先輩もいい人なんだろうな。
「それじゃあお互い楽しもう!」
そう言うと、部長たちは颯爽と商店街の方へ姿を消した。
これからコスプレ喫茶にでも行くのだろうか。
その後ろ姿は雄々しく、戦場に向かう戦士のようだった。
その後、とうとう列も先頭まで来て購入の時がやって来た。
秋葉は限定キーホルダー等色々買っている。
さて、俺もキーホルダーを買いますか……。
グッズの購入を終えた俺はとりあえず、近くへはけた。
気づけば手には袋を掲げていた。
あれ? キーホルダーだけ買うつもりだったけど、気づいたら他にもタオルとTシャツとステッカーを買っていた。
おかしい。俺はライブの物販に潜む魔物の瘴気に当てられたのかもしれない。
「あ、宏くんもたくさん買ってるね」
「ああ。何か知らんが買ってしまった」
「ふふふ。その気持ちわかるよ」
秋葉は俺以上にグッズを買っているようだった。
「売り切れてなくてよかったぁ」
「いざ買えると嬉しいな」
あー。まずいな。これは完全にはまってしまうパターンだ。
俺もライブ戦士になってしまうのか。
「せっかくだから、着替える? 荷物は箱内にあるロッカーに預けれるから」
そういうことか。
事前に少し大きめの鞄でくるようにと言われ、トートバッグを持ってきたのだが、着替えた服を入れるためだったのか。
こうなることを予想していたわけだ。
「そうだな。近くのトイレで着替えるか」
「うん」
俺たちは近くのファッションビルに入り、そこのトイレで着替えることにした。
季節柄、Tシャツ1枚着ているだなので着替えはすぐに終わった。
荷物はトートバッグにまとめた。できるだけコンパクトにしたいものである。
トイレから出ようとすると、鏡に映る自分の姿が目に入った。
そこに映るは、さっきコンビニで見たようなガチ勢と遜色ないほどの格好をした勇敢なる男だった。
俺もそれらしい格好になったな。
ふふふ。すっかりライブ戦士の仲間入りだ。
俺は、気づけばすっかり雰囲気を味わっていた。
これは……。完全にはまったな。
続く




