4 2人の距離はドア to ドア
俺の家は高校から歩いて15分のところにある。残念ながら自転車登校はできない。学校の定める徒歩圏内に入っている。
親父の会社がもう転勤はないからと、斡旋してくれたマンションに俺たち家族は住んでいる。
近くには駅もあり、駅まで歩いて5分と中々の好条件だ。よくそんなマンションの部屋が空いていたな。
そんな我が家まで帰る真っ最中だが、俺のあと後をつけてくる美少女ストーカーが気になってしょうがない。
歩く速度を少し早めてみると、奴も速度を合わせてくる。
ひょっとして駅ぐらいまでついてくる気か? それとも俺の家を特定しに来るのか?
周りの人に白い目で見られているぞ。同じ高校の生徒がたまたまいなくてよかったな。
高校を出て少し歩いたところで俺は足を止めた。そして、突然振り返ってやった。
里沙は俺と目が合うと、しまったという顔をした。
髪を耳にかける仕草をしながら遠くの空を見ていた。果ては、スマートフォンを取り出し弄っているフリをし始めた。
そんな風に取り繕ってもバレバレだ。潔く自分の行為を反省することだ。
俺は勢いよく里沙に駆け寄ると、里沙はなぜか構えた。止めてくれ! 痴漢に間違われる!
俺は里沙の目の前に立つと、単刀直入に聞いた。
「なぜ俺の後をつけてくる?」
「ぐ……偶然よ。たまたま帰る方が同じだけ」
「……」
俺は疑いの目で里沙を見た。目でそれは嘘だと訴えかけるように。
「本当よ! 私の家もこっちの方向なの」
怪しすぎるんだが。どこからどう見ても今のお前の歩き方はストーカーのそれだぞ。
「それならもっと堂々と歩いたらどうだ?」
里沙は肩にかけた鞄をぐいっと引き寄せ直すと、一息ついた。そして清楚ぶってこう言った。
「それもそうね。途中まで一緒に帰ってあげる」
俺は今、幼馴染の美少女と一緒に帰るという全国の男どもが憧れるシチュエーションに置かれている。
しかし悲しいかな、全く嬉しくない。一瞬たりとも、ときめかない。
どうしても昔のイメージを払拭することができないのだ。
そして、昔を思い出しながら里沙を横目で見ていると可笑しくてしょうがなかった。
「あはははははは!」
俺は笑いを堪えることができなかった。
「いきなりどうしたの?」
「だって里沙が面白くてしょうがないから!」
「え!? 顔に何かついてるかしら!?」
「いやいや。そうじゃなくて……。いかにも清楚そうな見た目のお前が、昔はあんな男勝りだったと思うとシュールでシュールで」
里沙の肘打ちが俺の横っ腹に飛んできた。いてぇ。不意打ちは卑怯だぜ。
「何よ! 私だって苦労してるんだから」
里沙は俺の手首を思いっきり掴んできた。そして苦労を訴える里沙の顔と俺の顔は10センチもないぐらい近かった。
里沙は我に帰ると顔を少し赤らめ俺から離れた。
「ご……ごめん。つい熱くなってしまって」
しょうがない。転校してから何があったかぐらいは聞いてやろう。
俺は再び歩き始めるとすぐに質問をした。
「転校してから今まで何があったんだ?」
里沙はよく聞いてくれましたと言わんばかりの表情で語り始めた。
「実はね……。中学校でも私は、瞬く間に力で頂点へと駆け上がったの。いつの間にか女番長なんて呼ばれていたわ。そんな私の友達の間でも、恋バナとか容姿の話が流行ってて。それで、あるとき言われて気付いたの。私って凄く可愛いんだって」
ムカつく野郎だがそれは事実だ。くそう、否定できない。
「でもなぜか告白されたことがなかった。それがなぜだか分からなかったの」
お前みたいな女番長に告白する勇気ある奴なんていないだろうさ。
「当時、試しに学年一のイケメンに告白してみたの。なぜか振られてショックだったわ」
理由は一目瞭然だ。こいつのことを知っている男子であれば全員そうだろう。クイズ問題にしても簡単すぎてお話にならないな。
「理由を聞いたら、お前みたいな女番長と付き合う奴いないよって。学校中の男子がお前のことを嫌っているよって。さすがの私も泣いたわ」
ほらな。
「それでね中学3年間好き放題やった私は、卒業とともにおしとやかで清楚な女子として生きていくって決めたの。今度は女性としての人生を謳歌していくわ」
結局好き放題やったのかよ! 何というか、したたかな奴だ。実際に高校デビューである程度の地位は獲得しているみたいだしな。
今の話の中で一つ、癪にさわる部分があった。
「それで、今の話のどこに苦労要素があったんだ?」
「失礼ね! 振られた所とか……。あ、あとより綺麗になるための勉強もしたし、髪も伸ばしたし、他に同じ中学の生徒が受験しない高校も必死で探したのよ!」
はいはい。そりゃご苦労なこった。
俺の頭には、後輩が来たらどうするのだろうかと言う疑問があったが、あえて聞かないことにした。
こいつ、やっぱり抜けているところがある。
そんなことを話しながら歩いているとあっという間に駅前に差し掛かった。
俺の家まであと少し。ここでお別れだな。
「じゃあな。俺の家はこのへんだから」
「何言ってるの? 私は電車に乗らないわよ」
「え?」
「私の家もこの近く」
ん? そういう偶然もあるのか。
一旦離ればなれになったと思ったらまた急接近して。嬉しくない腐れ縁だぜ。
その後も里沙は俺の隣を歩いていた。駅前の通りを右に曲がっても一緒だ。マンションへと続く道に入っても一緒だ。
んんん? どこまで来る気だ?
「おい。どういうことだ?」
「それはこっちのセリフ。宏介こそ、私みたいな美少女の家を知りたいんじゃないの?」
んんんん? とうとうマンションの前まで来てしまったぞ。
里沙は怪訝な顔で俺を見ていた。
「ここが私の家なんだけど」
ありえない。いやいや、何かの間違いだって。
「俺の家もここなんだが……」
俺たちは思わず顔を見合わせて笑った。
「あはは! 冗談はなしにしようぜ」
「ふふふ。そっちこそからかわないでよ」
さぁ、オートロックの暗証番号を入れて扉を開けるぞ。
さぁ、エレベーターに乗り込むぞ。
さぁ、7階の部屋まで帰るぞ。
さぁ、里沙がついてきているぞ……って。
「マジでこんな所までついてきてどうするんだ!?」
まさか本当に俺の家を特定しに来たわけじゃあるまい。
里沙は無言で隣の部屋の前まで行くと鞄から鍵を取り出した。
俺も鍵を取り出し、同じタイミングで各々扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
そしてガチャリと鍵を開けた。
「えええええええええええ!?」
そして、同じタイミングで叫ぶ。
「あははは……。マジ!?」
「ふふふふ……。マジよ!」
俺と里沙はもう笑うしかなかった。
世界は広いようで狭い。幼馴染の美少女と家が隣同士です。全国の男子諸君、羨ましいだろ。どうだ、俺と家を交換しないか?
続く