42 輝かしき日常の幸福
長渕さんの家で朝食をいただくと、俺たちは帰ることにした。
「いつでも遊びに来い! また泊めてやる」
「気をつけてね」
「はい! ありがとうございました!」
「本当にお世話になりました。また遊びに来ます」
俺たちは別れを告げバス停に向かった。
1泊しただけなのに1週間ぐらい滞在していた気がした。
とても印象に残っているお泊まりだった。
途中、交番の前を通ったが一条さんはいないようだった。
そういえば休みって言ってたな。
今挨拶できないのは残念だが、今度来たらまた会いに来よう。
バス停に着くと、一条さんがいた。
「あれ? おでかけですか?」
「あ、おはようございます。今日は長谷駅まで遊びに行きます」
「途中まで一緒ですね」
「そうですか! では、護衛いたします」
「ふふふ。お休みだったら気を抜いてはいかがですか?」
「いえ、こんな美少女を放っておくわけには行けません。万一電車で痴漢に遭ったら大変ですから」
「たぶんそんなに混んでないと思います」
「そうだといいのですが。何なら私が身代わりになってもいいですね。うふふ。痴漢ですか……。それも堪らないかもしれません! あぁっ……!!」
こんな朝からまた一条さんが暴走し始めた。
「い……一条さんって変態ですか……?」
里沙よ、今更聞くのか。
「変態とは失礼ですね! 私はただ欲望に忠実なだけです」
そのうち犯罪に走りそうだな。本当に大丈夫か……?
その後、バスと電車を乗り継ぎ家へと帰った。
一条さんの心配には及ばず、電車もそれほど混んでいなかった。
なぜか一条さんはがっかりしていた。
家の中に入ると、さっそく亜子が駆けつけてきた。
「おかえりー!」
「ただいま。そんなにはしゃいでもお土産はないぞ」
「ちぇー。でも、お土産話を聞ければいいかなぁ?」
亜子はニヤニヤしながらそう言った。
確かに色々と話のネタはあるかもしれない。が……。
「お土産話もなしだ」
「えー!? 里沙姉とキスしたんじゃないの?」
「ぶっ! するわけないだろ」
「本当〜? 一緒に寝たのに何もなかったの?」
「な……なぜそれを知っている!?」
一体どこから漏れたんだ!?
「あ! やっぱりそうなんだ」
嵌められた! 亜子の方が1枚上手だったか。
情報を漏らしたのは俺でした。
「本当に何もない! ただ寝ただけだ!」
「ふーん。後で里沙姉にも聞いてこーっと!」
「あいつに聞いても同じ反応だぞ」
「それが面白いじゃん!」
「ひどい奴だな」
「えへへ〜」
「褒めてない!」
「あ、そうだお母さんたちには黙っててあげるね」
「それは助かる」
「あーあ、アイスが食べたいなぁ」
「……。分かったよ!」
帰って早々、アイスを買いにいくハメになってしまった。
中学生の頃から悪知恵を働かせていたら、将来ろくな大人にならないぞ。
マンションのホールに行くと、里沙に出会った。
さっき別れたばかりだが……。
「お? どっか行くのか?」
「ええ。ちょっとコンビニに」
「奇遇だな。俺もコンビニに行くんだ」
「そう。一緒に行きましょう」
「ああ」
駅前のコンビニに着くと、これまた偶然にも倉持と出会った。
しかしまあ倉持ともよく会う気がする。
「あ! 里沙と宏ちゃんじゃん!」
「うっす。今日もスイーツ屋巡りか?」
「うん! 最近オープンした駅中のスイーツ通りを制覇しなきゃ!」
「へー。全然気づかなかった」
「長谷駅にもあるんだけどね。こっちにしかないメニューもあるからチェックは欠かせないよ」
「羨ましいわ。そんなに甘いものを食べて、咲の体のどこに消えているの?」
「こまめな運動が大切! 里沙も太りたくなかったらそうするといいよ」
「参考にするわ」
「太ったら宏ちゃんに嫌われちゃうもんね。頑張って!」
「べ……別に宏介がどうとか関係ないわ!」
「里沙も素直になればいいのに。じゃーね。また月曜日!」
倉持は嵐のように去っていった。
思えば倉持のおかげで里沙との距離が一気に縮まったっけ。
本当いい奴だよ。倉持が友達で良かった。
買い物を済ますと、コンビニを後にした。
「アイス買い過ぎじゃない?」
「まあな。亜子が好きなんだ」
「そういえばそうね。亜子もまだまだ可愛いところあるじゃない」
「ませガキだぞ」
「そうかしら? いい子じゃない」
こんな何気ない日常でも里沙といるだけで輝いて見える。
ただ同時に里沙のことを考えると、胸が締め付けられる時もある。
素直な気持ちを伝えられたらどれだけ楽だろうか。
その一言を言うだけで、世界が崩壊してしまうかもしれない。
相手の気持ちがわかる超能力でも使えたらどれだけ便利か。
しばらくはこの日常を楽しみたい。
だが、秋葉の件もあるからけじめをつける日も遠くないはず。
高校生活はまだまだ長い。
果たしてどうなるのか。
俺は、これから押し寄せてくるであろうドタバタな日々に、胸を躍らせていた。
続く




