39 2人きりの時間
「そろそろ時間だ」
長渕さんの一声で俺たちは森の中へと足を踏み入れた。
入り口では特に変わったことはない。
奥まで進んだところで、俺たちはその光景に目を奪われた。
無数のホタルが森を飛び回っていたのである。
俺たちはそのあまりにも綺麗な光景に目を奪われた。
その様はまるで、宇宙に散らばる星たちのようだ。
まさに星ヶ原の名に相応しい光景だった。
「綺麗ですね」
里沙が思わず声を漏らす。
「ああ。ほらあそこを見るんだ」
長渕さんの指差す先には幾つかの水溜りのような池があった。
以前来た時にはなかったはず。
「池がありますね。普段のパトロールの時はないはずですが」
どうやら一条さんも初めて見るらしい。
「そう。この池は30年に1度の周期で姿を表す池だ。俺も詳細は分からんが……。その池に引き寄せられてホタルたちも出現するということだ」
「うわー。これはすごいですね」
「そうだ。他ではこんな光景見られないぞ」
ホタルたちの織りなす光は幻想的で、まるで別世界にいるような感覚になった。
これが30年に1度なんて、毎年見たいほど綺麗だ。
里沙も隣でホタルたちに釘付けになっている。
俺は、その光景をカメラに収めた。
「貴方、私たちはあっちで見ましょう」
「お、そうだな。お前たちはここでしばらくその光景を目に焼き付けるといい」
長渕夫婦は俺たちから離れた場所へ行ってしまった。
気づくと一条さんもいなかった。
「ねぇ……。すごく素敵ね」
「ああ。まさかここまでとは思わなかった」
ホタルというものを人生で初めてみたが、これが虫だと信じられない。
それほどまでに美しく輝いている。
「次は30年後か……」
「そうね。また一緒に観に来れるといいわ」
「そうだな。また一緒に来よう!」
俺と里沙は30年後もまた見にくるよう約束を交わした。
ん? まてよ……。
30年後も里沙と一緒にいるってどういう事だ!?
告白か!? 遠回しに告白をされたのか!?
いや、幼馴染として、ずっと仲良く友達として、またここに集まれると良い。
きっとそういう事であろう。
「ふふふ。まさか宏介とこんな風にデートしてるなんて思わなかった」
「デ……デート!?」
「そうよ。これはデート。駄目かな?」
「い……いいと思う」
まさか里沙の口からデートという言葉が出るとは思わなかった。
「嵐ヶ丘高校で初めて宏介に会った時は、正直いつ私の秘密をバラされるのか怖くてしょうがなかったの」
「ああ……。そうだったのか……」
そういえば最初のうちはストーカーされてたな。
今となってはいい思い出だ。
「宏介も変わった私を受け入れてくれたし、秘密もバラさなかった。何よりも宏介といると心が落ち着くの。幼馴染だからかな……」
「俺も里沙といると落ち着くな。本当に変わったよ、里沙は」
「ありがとう。ねぇ……また手繋いでもいいかな?」
里沙の不意打ち発言により、俺の鼓動は早まった。
この間の雷の時とはわけが違う。
俺は何も言わずに手を差し出した。
そして、里沙の温もりに包まれた。
「温かい。宏介の手って温かい」
「俺は心が温かいからな。手も必然的に温かくなるさ」
「ふふ。何言ってるのよ……」
「里沙の手も温かいぞ」
その後、しばらくの間お互い無言で手を繋いだままホタルたちを鑑賞していた。
相変わらず俺の心臓は早めの鼓動を刻んでいたが、里沙の手を握っているだけで、心地よさと不思議な落ち着きがあった。
「ふぅ……落ち着くな……」
「私も……」
どれだけの時間そこにいたか分からない。
ただ、そこには時が止まったかのように2人だけの時間が流れていた事は確かだ。
続く