3 ようこそSF研究部へ
玄関からDルームまで里沙は俺の後ろをついて来たのだ。
俺と絶妙な距離を保ちつつ、あたかも偶然同じ道を進んでいるかのように。
マジでストーカーみたいだな。
「で、何でお前までいるんだよ?」
「監視のためよ」
里沙はムスッとした顔でそう言うとすぐにそっぽを向いた。
ここに来るまではすれ違う人々に対して、いかにもおしとやかですって笑顔を振り撒いていたよな? あの笑顔を俺にも向けてくれないか?
扉の前に立った俺は深呼吸をした。本日2回目の緊張感。
やっぱり辞めようかな……。いやいや、ここで躊躇したら本当に終わりだぞ。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。どこかの思春期真っ只中の少年のように心の中で反芻した。
男宏介、ここで行かねばいつ行くのか。
俺は、勇気を振り絞って扉をノックした。
……。
あれ? 返事がないぞ。
俺はもう1度扉をノックした。
「はーい……」
微かに人の声が聞こえた気がした。
「失礼しまーす」
俺は扉を恐る恐る開け中に入ると、そこにいたのは小柄な女子一人だけだった。
運命とでも言うべきか。
その女子を見た瞬間、俺は稲妻に打たれた。放電しそうなほど俺の体が痺れている。
目の前には天使がいる。
少し茶色がかった無造作なボブヘアーの美少女は少し不安そうな顔で俺たちを見つめていた。
やばい! このままでは萌え死にそうだ。
これが一目惚れというやつか!? 里沙も美少女だが目の前にいる天使もかなり可愛いぞ。
俺はその女子を見つめたまま固まってしまった。
俺が固まっていると、その女子は俺たちに喋りかけてきた。
「あのぉ……。何かご用ですか?」
うおおおおお。声まで可愛い!
「あ……えと……すみません! SF研究部の見学に来ました」
俺は声を振り絞り、言葉を発した。隣の里沙は白い目で俺を見ていた。
「本当ですか!? あ、でも今部長がいないです。ちょっと待っててください」
「はい!」
決めた。俺は絶対にSF研究部に入る。
俺と里沙は椅子に座ると、改めて部屋を見渡した。
漫画が並んでいる本棚。ソファの前にはゲーム機の繋がったテレビ。サボテンがびっしりと並べられた棚もある。他にも望遠鏡やギターなど多種多様な物がたくさん置かれていた。
周りの景色に疑問を浮かべていると、里沙は小声で話しかけてきた。
「ここって本当にSF研究部なの?」
「そのはずだ。俺だってこの景色に戸惑っている」
俺たちは友達の部屋にでも遊びに来てしまったのか。
『SF』とは程遠いその部屋に俺たちは面食らっていた。
「あのぉ……。2人は1年生ですか? 私は2年生の椎名柚子って言います。下の名前で呼んでください」
「はい! 1年生です。俺は鈴木宏介と申します。転校して来たのでクラブ活動を始めようと思って見学に来ました」
次は里沙の番だ。
「私は関野里沙です」
短かっ!
柚子先輩は何かを思いついたような顔をした。
「関野……里沙……。あ! 噂の美少女1年生だね!」
「いえいえ。とんでもないです」
里沙はにこやかな顔で答えた。
騙されるないでくれ! こいつは今ものすごい勢いで猫を被っている。
この美貌とこの演技力、ひょっとしたら女優の才能があるかもしれん。
それにしても、里沙の名前は2年生まで知れ渡っているんだな。
自己紹介を終えると、里沙はとうとうその疑問について質問をした。
「あの。ここってSF研究部ですよね? どう見ても遊ぶ部屋にしか見えないのですが……」
「ああ、それはね……」
柚子先輩が説明をしようとしたその瞬間、勢いよく扉が開いた。
「戻ったぞー!」
中に入ってきたのは眼鏡をかけたシュッとした顔の男と、八重歯が特徴的な肩までかかった金髪の女子だった。
俺と里沙は突然入ってこられたので結構驚いた。俺たちの前で柚子先輩も驚いていた。
「ん? そんなに驚いてどうした……って見慣れぬ2人がいるな」
「あー! 関野里沙ちゃんだー! それに転校生もいるぞー」
よく見ると、八重歯の女子は俺のクラスメイトだった。
「あ……ども。ちょっと見学に来ました」
「転校初日にここに来るなんてお前見る目あるなー」
八重歯の女子は俺の方をポンポンと軽く叩きはしゃいでいた。馴れ馴れしい女子だ。
でも、嫌じゃない。女子に体を触られるのは、リア充みたいでむしろ嬉しい。
ってか俺のリア充基準低すぎ!?
八重歯の女子は俺の隣に勢いよく座ると自己紹介を始めた。
「そういえば教室で一言も話してないもんな。私の名前は笹川真美だ。よろしく!」
笹川はそう言うと、髪の毛をファサッと手で払いどや顔をしていた。どこにどや顔要素があったのだろうか。
次にメガネの男が窓際に立ちポーズを決めると話し始めた。
「俺はSF研究部の部長、2年生の佐々木亮だ。笹川とはササコンビだ!」
……。悪い人ではなさそうだ。
「そしてよくぞ来てくれた入部希望者よ!」
いつの間にか入部希望者になっているぞ。まあ、俺は確実に入部するが。里沙はどうなんだ? そもそもこいつはどこかに所属しているだろ。
「待ってください。私はまだ決めていません」
「ええっ!? そうなの!? 君みたいな美少女が入ってくれたら我が部活もさぞ有名になると思ったのに」
部長はかなりショックを受けていた。
「そもそもここは何をする部活なのですか?」
そうだった。それを聞いておかなくてはな。
部長はメガネをクイッと直すと、得意げに話し始めた。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれた! ここはSF研究部。すごくフリーダムな研究部だ!!」
「は?」
思わず俺と里沙は、ハモりながら聞き返してしまった。
「もう1度言う! ここは、すごくフリーダムな研究部。略してSF研究部だ!!」
ここ、笑うとこ?
俺は帰路についていた。
波乱の幕開けを感じた俺は、ウキウキだった。
転校初日、めでたくぼっちになるかと思ったら楽しそうな部活も見つけたし。
ただ、幼馴染の美少女にストーキングされるという分けの分からない状況もあるが。
とにかく充実した高校生活になりそうだと、胸躍らせながら1日を終えることができて幸せだ。夕日の空の寂しさなんか吹っ飛んじまうぜ。
SF研究部は冗談でなく、本当に『すごくフリーダムな研究部』だった。
あの後、入部届けを職員室に取りに行って確認したが、ガチだ。
何をする部活かといえば、部長曰く、何をしてもいいらしい。だから漫画やらゲームやらが転がっているのだ。サボテンは謎だが。
冗談のような部活だが、そんな部活がひっそりと存在することに俺はカルチャーショックを受けていた。学校もよくそんな部活の存在を許しているな。
部員は佐々木部長と柚子先輩、笹川の3人だけらしい。3年生はいないとのことだ。
卒業した先輩が7人もいたらしいが、彼らがごっそり抜けて、危うく佐々木部長と柚子先輩の2人だけになるところだったのである。
自称嗅覚の鋭い笹川は入学して早々入部を決めたらしい。こんな楽しい部活他にはないってさ。
というわけで俺は明日、正式に入部届けを出す。他の部活の見学なんてどうでもいい。
誰に何と言われようとも、地球がひっくり返ろうとも俺はSF研究部に入る。
そして柚子先輩と薔薇色の部活動を満喫するんだ。
あー本当に可愛かったな。俺のストライクゾーンど真ん中に直球が飛んできたみたいだ。恋する5秒前……ってかもうあなたの瞳に恋しちゃってます。
薔薇色気分で歩いていると、後ろから視線と気配を感じた。いる。奴が確実に俺の後をつけてきている。
SF研究部の見学の後、別れたはずだ。
後ろを振り返ると奴がいた。
電柱の陰に隠れたようだがバレバレだっつーの。
そう関野里沙がまた俺をストーキングしている。
続く