29 そして恋は動き出す
8月も半ば過ぎ、お盆を過ぎた夏休みは着々と終わりへと向かっていた。
この時期になると、まだ2週間以上は休みがあるという安心感と、すぐに終わってしまうのではという焦燥感の間で心が揺らぐ。
そんな夏休み後半のある日、いつものように部屋で漫画を読んでいるとスマートフォンにメッセージが届いた。
『急なんだけど今日、長谷駅に来れる?』
秋葉からだ。
『大丈夫だけど……?』
『実は友達が急遽来れなくなって、映画のチケットが1枚余ってるの。良かったらどうかな?』
特に断る理由もないな。
『俺でよければ。それで、何の映画?』
『コードアビス。アニメだよ』
秋葉の好きなアニメだ。面白いに違いない。
『おっけ。何時集合?』
『14時でお願いします。赤時計前で』
『了解!』
午後14時の少し前、俺は赤時計前で立っていた。
平日だが、相変わらずの人だ。
「お待たせ〜」
「うっす」
「今日は突然ごめんね」
「いいってことよ」
俺と秋葉は合流するとすぐに映画館へ向かった。
映画館は、一駅分くらい歩いたところにある。
途中、いつか倉持と行ったスフレの美味しいカフェのある奇妙な建物を通り過ぎ、さらに駅から離れたところだ。
道中に夏休みどうやって過ごしたかなどを話しながら映画館に向かった。
秋葉はコスプレ喫茶でのバイトをよくしているとのことだ。
俺は合宿のことや漫画、アニメをよく見るようになったことを話した。
「ウィッチメントをきっかけに色々漫画を読むようになってな、それでコードアビスも見てみたいって思ったんだ」
「そうなんだぁ。鈴木君もこっちの世界に入門したんだね」
「入門て……。変わった言い方だな」
「ふふ。そのうち分かるよ!」
一体何が分かるんだろうか……。
何か元ネタがあるのか?
映画館に入ると、俺たちは席に座り上映を待った。
上映前のこの雰囲気、俺は好きだよ。
映画を見終わると、グッズ売り場に向かった。
秋葉はキーホルダーやらパンフレットやら色々買っていた。
俺もせっかくだからパンフレットだけ買うと、秋葉は満足そうに俺を見てきた。
「気に入ってもらえたかな?」
「ああ。すごく面白かった」
「よかったぁ! 3部作だから次も観に来ない?」
「おう。あ、でも友達はいいのか?」
「いいよ。私は2回見てもいいぐらいだし」
この映画は来場者特典をもらえたのだが、毎週特典が変わるようだ。
同じ映画を何回も見るなんて、変わったことをしなければならないんだな。
その辺、現金な商売だ。
その後、俺と秋葉は感想を言い合うために近くのカフェに入った。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「どうせ暇だったし。今後も何かあったら誘ってくれよ」
「いいの? じゃあどんどん誘っちゃおうかな」
「その時は俺の友達も誘っていいかな?」
「それはダメ!!」
「え!?」
「あ……あの、人見知りだから緊張しちゃうの」
「な……なるほど。そういうことか。だったら俺と秋葉だけにしよう」
「うん!」
秋葉は申し訳なさそうにコクリと頷いた。
「宏くんと2人きりの時間……。誰にも邪魔させないんだから」
秋葉が何かボソリと言った気がした。
「ん? 何か言ったか?」
「え。何でもないよ」
秋葉って独り言が多い気がする。
何を言っているのか、いつも聞き取れないが……。
そして、談笑はしばら続いた。
カフェから出ると俺たちは解散することにした。
「それじゃあ、また誘うね」
「おう。楽しみに待ってる」
「ふふ」
秋葉は別れ際、また俺の手を握ってきた。
これが秋葉流の挨拶ということなのか?
「えへへ。私も鈴木君のこと好きだから」
「え? 私も……好き……?」
「そうだよ……。じゃあねっ」
秋葉はそう言うと、逃げるように駆け足で去って行った。
今のはどういうことだ?
好き? 確かにそう言ったよな。
ひょっとして今、告白をされたのか?
いやいや、俺に告白する奴なんていないだろ。
きっと、アニメが好きとか、友達として好きとかそう言う意味合いだろ。
変に思い上がってはいけない。
それからしばらくの間、秋葉の別れ際に放った一言が腑に落ちないまま、すっきりとしない日々を過ごした。
ただ、秋葉のことを里沙と同じく意識し始めてしまったのは間違いない。
続く




