27 合宿の夜に
笹川は俺を見つけると、俺の近くまで寄ってきた。
なぜかフラフラしているぞ。
それに、いつもの元気がないようだ。
笹川は俺の目の前で顔を下に向けて佇んだ。
「ん? お風呂でも行くのか……?」
俺たちが遭遇したのはただの廊下である。
「……。おうろはいあない!」
「え?」
何事? 呂律が回ってないようだが。
「だあら! お風呂あなくて、鈴木にあひにきあんだって」
駄目だ。早くなんとかしないと。
「おい、どうした!? ……って」
笹川が何か持っていることに気がついた。
これって……。お酒じゃないか!
どういうことだ? 笹川はこんな悪さをするような奴じゃないだろ。
「その手に持ってるものを渡すんだ」
「ほへ? こえか? 鈴木ものんへみおよ」
俺は笹川からお酒を受け取った。
オレンジジュースのお酒?
まさか、ジュースと間違えたのか……?
「もういらないだろ? 捨てるからな」
「へ? おいひいでひょ?」
「部屋に戻るぞ」
男子組と女子組の部屋は隣同士。
俺は笹川と肩を組み、引きずるように歩き出した。
「んあ? そんあにへっちゅいておうした?」
俺は無言で歩いた。
「もう! すひならすひといっえくええばいいほに」
うーん。何て言ってるかわからんな。
すると、突然笹川は抱きついてきた。
「うわ!? ど、どうした!?」
「わたひもすずひがすひだぞ〜!」
予想外の力強さで俺たちはその場で倒れこんでしまった。
「ちょわ! 痛いって……!」
幸い、周りに人がいないからいいものの、こんなところを見られたらあらぬ誤解を生んでしまう。
形だけ見れば、寝転んで笹川と抱き合ってるからな。
「う〜ん。あんひんする〜」
笹川は俺の頬に自分の頬をくっつけると、スリスリしてきた。
おいおい! これはまずいですよ!
「何してるの?」
あ、この声は里沙だ。
「助けてくれ!」
「……」
里沙は蔑んだ目で俺を見ていた。
「誤解だ! とにかく笹川を頼む」
里沙は笹川の様子がおかしいのに気づき、彼女を起こした。
やっと俺も立ち上がることができた。
「真美、どうしたの?」
「いてて……。お酒を飲んだせいだ」
「お酒? 何でそんなの飲んでるのよ」
「こっちが聞きたい」
「あ! そういうことね」
「心当たりがあるのか?」
「さっき、喉が渇いたからジュース買ってくるって出て行ったの。帰りが遅いから探しに来たんだけど、間違えたのね」
確かに、あのパッケージは間違えるかもしれない。
そういえば、部屋の近くに自販機があったもんな。
それで間違えて買ってしまったのか。
ほっ。笹川が不良少女じゃなくてよかったぜ。
未成年の飲酒はダメ、絶対。
「ということで、お酒に酔ってこのザマだ」
「部屋に連れて帰るわ」
俺と里沙で笹川の両肩を支えると、部屋に向かった。
途中、また笹川は暴走し始めた。
「あえ!? 里沙しゃん! あひはわらずかわいひなぁ〜」
「え……? わ!」
今度は里沙を無理やり押し倒した。
そして、頬をくっつけてスリスリし始めた。
「かわいひ〜。そへにいいにほいがすう〜!」
「ちょ……ちょっと!」
里沙は顔を赤らめて困惑している。
ほら。こうなるだろ?
その後、笹川を起こして里沙を助けてやると、恥ずかしそうにしていた。
「おほん。これは不可抗力というやつね」
「これで分かっただろ?」
こうして無事? 笹川を部屋まで送り届けると、佐々木部長の待つ部屋へと戻った。
「やけに遅かったな」
「いやあ……。色々ありまして」
「妙に疲れた顔をしているな……。運動でもしてきたのか?」
「まあ、そんなところです」
「よし! カードゲームをしてリラックスしよう」
カードゲームをしてリラックスできるかどうかその理屈は分からないが、部長は懐かしいものを鞄から取り出した。
「これだ! 勝負王カード。知ってるか?」
「もちろん知ってますよ。中学校の頃、友達とよく遊んでました」
「なら話は早い! ルールの説明は不要だな。早速やろう」
部長はデッキを何個か持ってきていたので、俺がよく使っていたカードがたくさん入っているデッキを選んだ。
テーブルの上にカードを広げる。
デュエルスタンバイ!
最初はグー、じゃんけんぽん!
俺の後攻。
「行くぞ! 俺のターン。ドロー!」
部長は勢いよくカードを引き、ゲームが開始された。
そんな調子でカードゲームを楽しんだ後は、テレビを見ながらお互いにくつろいでいた。
「ずっと聞きたかったことがあったんですけど」
「何だ?」
「どうして部長はSF研究部に入ったのですか?」
「むむ。長い話になるぞ。朝まで生対話だ」
「そんな嘘には騙されませんよ」
「ははは! 分かってきたじゃないか。だが、本当に少し長くなる」
「教えてください!」
部長は広縁の椅子に座ると、窓から外を眺めながら語り始めた。
「あれはまだ1年生の時……。入学当初、俺は周りから浮いていた。オタク友達もできず、学校が終わっては大木へ行く、の繰り返しだ。だが、そんなある日出会ったのさ。今はもう卒業してしまった前部長に。ゲームセンターで同じ制服を着ていたから声をかけられ、SF研究部へ誘われた」
意外だな。友達が多いと思っていた。
「それからは俺の高校生活も楽しくなったな。何よりも、自分で行動を起こせば世界が変わる、ということを教えてくれた前部長に感謝しかない!」
へぇ。その前部長に会ってみたいな。
「そしてだな……」
まだ続きがあるんだ。
「俺のクラスメイトである柚子を誘ったのは俺だ」
そうなのか! 同じクラスとは。
「彼女も友達がいないという悩みを抱えていてな。入学当初こそ、その可愛さで男女ともにモテモテだったんだが、その変わった性格から気づけば孤立していたらしい」
うーん。それは悲しいなぁ……。
「ある日の帰り道、泣きながら帰っている彼女を発見してしまって。放っておけなかったんだ」
「さすが佐々木部長。優しいですね」
俺はこの部長に一生ついていこう。そう思った瞬間である。
こうして、よりSF研究部に思い入れが深まった俺たちは心地よい睡眠へと入った。
余談だが、女子の部屋で繰り広げられているであろうガールズトークが気になっていた。
笹川はしばらく再起不能だから、柚子先輩と里沙でどんな話してるんだろうか。
気になる……。
続く




