18 オタク女子はヤンデレちゃん
俺と秋葉は嵐ヶ丘駅から電車に乗っていた。
その道中、秋葉は妙に疑い深く聞いてきた。
「ねぇ、本当は関野さんと付き合ってるんでしょ……?」
「この前も言ったけど、付き合ってない。あいつとは、ただの幼馴染ってだけだ」
「本当に本当?」
「本当だって」
顔が近いぞ。
秋葉は、俺の瞳の奥を数秒じっと見つめたかと思うと、顔を俺から離し、ニコッと笑った。
「そっかぁ。ふーん。そうなんだぁ……」
何がそうなんだ。よく分からんが、これで秋葉の俺と里沙に対する疑惑は晴れたはずだ。
「あっ。もう長谷駅だね。降りよっ」
「了解」
長谷駅で電車を降りると、地下鉄に乗り換えた。
やっぱりあそこか……。
しかし、意外にもその駅を通り越すこと10分ぐらい、俺たちは『今止』という駅で降りた。
「初めて来るな。電車のアナウンスが聞き取れなかったんだが、何て駅だ?」
「いまどめって駅だよ」
地上に上がると、そこには店が並んでいた。スーパー、カラオケ、パチンコ、ドーナツ屋などが軒を連ねている。
他にも飲食店が多いようで、れっきとして繁華街だ。
「ちょっとだけ歩くね」
どんどん店がある方から外れ、住宅街へ入り込んで行く。
おお? ひょっとして隠れ家レストランでもあるのか。
俺たちは学校を出てから、まだ昼ご飯を食べていないのでお腹が空いていた。
きっとそれは、秋葉も同じだろう。
どれほど美味しい料理が食べられるのだろうか。期待が膨らむな。
歩くこと10分行くか行かないところで、目的地に着いたようだ。しかし……。
「着いたよ」
「ここは……?」
目の前にあるのはどう見ても家。しかも結構な豪邸。お金持ちの家に違いない。
俺が目を丸くしている横で秋葉はモジモジしていた。
「あの……ここは私の家です」
「え!?」
何て言った!? 聞き間違いでなければ、私の家って言ったよな!
マジで? 女子の家にご招待!?
秋葉も大胆だな。
ほいほい着いていったら女子の家でした。
なんて、こんなことあるか!?
「ここまで着いてきておいてなんだが、迷惑にならないよな?」
「うん。両親は共働きでいないから、大丈夫だよ」
「そ……そっか……」
こうして、俺は秋葉の家に案内されることとなった。
門を抜けると玄関まで植物とかが飾ってあるちょっとした道があり、玄関を開けるとこれまた豪勢な絵画が飾ってある。
秋葉の家は2階建だが、一部屋ひと部屋が広く、リビングにしろ、どこにしろ、俺の家の2倍はあるのではなかろうか。
リビングを通らないと2階に上がれない造りとなっており、驚いたのがリビングにある水槽にアロワナらしき魚がいたことだ。
割と大きめで、金色に輝いてたぞ。
「じゃあ、こっちに……」
秋葉はそう言うと、俺を2階に案内した。
ぶっ! まさか自分の部屋に連れて行く気か!?
「ここが私の部屋……」
マジで!? おいおい、女子の部屋に入るのなんて初めてたぞ。
あっ。昔里沙の部屋に入ったことがあったな……。
と言ってもあれは小学生の頃だからノーカンで。
お年頃の女子の部屋に入るのは初めてだ!
うう。妙にソワソワする。
秋葉の部屋に入ると少し甘酸っぱい匂いがした。
うおおおお! これが女子のへ……や……?
壁には所々アニメのポスターが貼ってあり、フィギュアもたくさん飾ってある。漫画や小説らしき本の量もすごいな。
他には、ゲーム機も置いてあるし、デスクトップ型のパソコンまである。
すげぇ……。これがオタク女子の部屋か。
SF研究部の佐々木部長と気が合うんじゃないか。
俺は、ふわふわのラグの上に置かれたクッションに座らされた。
「どう……かな……?」
「どうって……?」
「いや、あの……変な部屋じゃないかな?」
「そ……そうだな。趣味は人それぞれだし、楽しそうでいい部屋じゃないか」
「本当!? 私を知ってもらうには、私の部屋に来てもらうのが1番だと思って……」
なるほど、そういうことか。でも、男子を部屋に連れ込むって、ぶっ飛んだ発想をしているな。
「へぇ。ま、俺は好きだよ」
あ、この部屋がね。
「す……好き!?」
「ああ、この……」
その時、俺のお腹がグゥ〜となった。
「そっか。お昼まだだもんね。食べよっか」
「おう。と言ってもどこに行く?」
そして、俺はなぜか秋葉の家のリビングのテーブルに向かい、座っていた。
秋葉が作った料理を食べさせてくれるらしい。
信じられるか? 女子の家で女子の手料理だぜ。
ごくり。一体どんな料理が出てくるんだ?
「ちょっと温めてくるね」
秋葉は冷蔵庫から鍋を取り出すと、IHヒーターで温め始めた。
鍋を開け、中をかき混ぜている。
うーん。いい香りが漂ってきたぞ。この香りはビーフシチューかな?
秋葉はビーフシチューをかき混ぜながら、何か小声でぶつぶつ言っているようだった。
「コウ君は私が好き……。コウ君は私のもの……。コウ君は私が好き……。コウ君は離さない……」
少し離れているので、何と言っているか聞こえない。
秋葉はビーフシチューを温め終わると、テーブルまで鍋を運んできた。
「温めてる最中、何か聞いてきたか? すまんが聞こえなかった」
「ううん。美味しくなるおまじないだよ」
おおう。なんて健気な女子なんだ。可愛らしいところがあるじゃないか。
ビーフシチューに加えてフランスパンもテーブルに運ばれてきた。
シチューにはパンというわけか。
そして、秋葉は俺の向かいに座った。
「ここまでしてもらって本当に申し訳ない。いただきます」
「いいよ。鈴木君には私も感謝してるし。冷めないうちにどうぞ」
それじゃあ、お言葉に甘えて。
スプーンでシチューをひとすくい。口に入れた瞬間に濃厚なコクが広がる。
ンまぁああ〜い!! 嘘だろ!? 秋葉ってこんな料理上手なのか。
店を開けるってぐらいの美味しさだ。
肉も溶けるようで、ジャガイモもゴロゴロ感と柔らかさがいい感じに共存している。
夢中になって食べていると、秋葉は俺の方を見つめながら微笑んでいた。
「ん? どうかしたか?」
「ううん。美味しそうに食べてくれて嬉しいなって……」
「もう美味しいを通り越して、最高だよ」
「えへへ。そんなに褒められると恥ずかしいなぁ……」
その後も、美味しい美味しいと言いながら俺は食べ続けた。
「あぁん……。もっと褒めてぇ……」
何かボソリと言った気がする。
「ん? 何か言ったか?」
「え!? 何も言ってないよ」
「そうか……」
心なしか秋葉の様子がおかしい気がする。頬が少し赤く、目も光を帯びていないとういうか、何かを見据えているようだ。
まさか……。熱でもあるのか?
「大丈夫か? 体調が悪そうだけど」
「そんなんことないよ。こんなに褒められたの初めてだから、何だか嬉し恥ずかしい感じがして……」
「そうか、ならいいけど」
秋葉も俺も食事を終えると、再び秋葉の部屋に案内された。
お互い座ると、またまたウィッチメントについて熱く語られ、俺も付け焼き刃の知識で何とか会話にすることができた。
秋葉もこんなに熱くなるんだな。
最初はオドオドした印象だったけど、芯がしっかりとしてそうで意外と頑固なところがあるかもな。
あとは、ウィッチメントの他にお勧めの漫画やアニメについて教えてもらい、終いには漫画まで貸してくれた。
『レベルD』という女子が読むような絵柄ではない漫画だ。全3巻で話も面白く、かなりお勧めできるという。
漫画を鞄にしまうと、俺は帰ることにした。
秋葉は、ご丁寧に門のところまで見送りに来てくれた。
「今日は色々とありがとう。ご飯までご馳走してもらって悪いな」
「こちらこそ……。こんな家まで来てもらって、鈴木君には感謝してるよ」
「それじゃ!」
俺が秋葉に背を向け帰ろうとすると、呼び止められた。
「ちょっと待って!」
「ん?」
振り返り再び秋葉の方を見ると、俺の手は突然暖かい何かに包まれた。
ギュッ。
うお! 秋葉の手が俺の手を握っているぞ。
いきなりどうした!? めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。
「ずっと一緒だよ……。もう離さないし、逃がさないから……」
また何か小声でボソッと言った気がした。
「ん? また何か言ったか?」
「ん。今度は私から握っちゃった……!」
秋葉はまた頬を赤らめ、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
何だ!? 何だ!? こっちが照れるんですけど!?
秋葉のその、以前では考えられない突然の謎めいた行動に俺の鼓動は強く反応した。
続く




