17 愛のコール
魔法少女はそのままゆっくり俺たちに背を向けると、キッチンの方に戻ろうとしていた。
「違ってたら申し訳ないんだが、秋葉だよな?」
魔法少女はピタリと止まったかと思うと、しぶしぶ俺たちのテーブルの前まで戻ってきた。
「うわああああああん! お願いだから黙っててー!」
そして、秋葉はいきなり大声で泣き出した。
周りの視線が一斉に集まる。
ちょおおお! 決して泣かしたりしてませんから!
「学校で噂になったら恥ずかしすぎるよおおおおおお!」
「落ち着けよ! 今日のことは内緒にするから!」
「本当……?」
俺の言葉を聞くと、秋葉はだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
「本当だって」
「本当に本当?」
「ああ。絶対にばらさない」
「でも、こっちの男の人は?」
そう言って秋葉は部長を見た。
「お、俺!?」
俺は部長に、秋葉について説明をした。
俺のクラスメイトであること。普段は大人しくて優しい友達であること。等々……。
「なるほど」
「というわけで部長も彼女に協力してやってください」
「まあ、俺は構わんよ。このことを秘密にしておくだけだろう?」
「ありがとうございます!!」
秋葉は嬉しそうに部長にお礼を言うと、再び俺の方を見て口に人差し指を当て内緒のポーズをするとこういった。
「クラスの皆んなには内緒だルン!⭐︎」
魔法少女がこのセリフ、大丈夫っすかね?
ってかそんなキャラだっけ!?
山内と言い、秋葉と言い、急にキャラ変わるよな。
まさか笹川も……!? いや、考えないでおこう。
「お前ってそんなキャラだっけ?」
「あう……。それは言わないで。あっちが本当の私……。コスプレをしていると、別人になったみたいで性格が変わるの」
「そ……そうか……」
ハンドルを握ると性格が変わるとか、そんな感じか?
もしかして、2重人格!?
「ははは! 面白い友人だな」
「それじゃあ、ゆっくりして行くんだルン!⭐︎」
秋葉は顔を赤くしながらそそくさとキッチンへ戻って行った。
何というか、俺は複雑な心境だった。
見てはいけないものを見てしまった。
その後普通に料理を食べ、コスプレ喫茶を満喫した俺たちは、荒れた戦場を乗り切った戦士のように店を後にした。
帰りの電車の中、部長は俺にお礼を言ってきた。
「今日はありがとうな。また一緒に遊ぼうじゃないか」
「こちらこそありがとうございました。楽しかったです。また誘ってください!」
「ああ!」
部長は一護宮駅が家の最寄駅だということで、俺より先に電車を降りた。
今日も濃い1日だったな……。
まさか秋葉にあんな一面があったとは。とても人見知りとは思えない。
そして家に帰り、夜ご飯を食べ、複雑な気持ちを洗い流すかのように勢い良く風呂に入った。
お風呂から出てスマートフォンを確認すると、風呂に入っている間に着信があったようだ。
今の時代、サークルアプリで電話代のかからない通話ができるから便利だ。
「お? 秋葉からだ。珍しいな電話なんて……」
そうぶつぶつ呟きながら秋葉に電話をかけ直すと、3コールもしないうちに電話は繋がった。
「もしもし、鈴木だけど」
「あ、もしもし。夜中にごめんね。秋葉です」
「風呂入ってたわ。何だった?」
「えと……今日のことなんだけどね……」
ああ。今日のコスプレ喫茶の件か。
「やっぱり変かな……?」
「え?」
「いや、その……私みたいなのがコスプレして明るく振舞ってたら可笑しいかなって」
「うーん……。そんなんことないんじゃないかな」
「そ、そうかな」
秋葉の声色が少し明るくなったような気がした。
「別に秋葉がどんな趣味だろうと否定はしないよ。それにアニメとか、そういう趣味もなんだか楽しそうじゃん! 俺も今日部活の部長に連れられて行って、すごい充実してたし。これからウィッチメントの漫画も読もうと思ってる」
「ウィッチメント……! 鈴木君も読むんだぁ。うふふ。そうなんだ!」
秋葉は嬉しそうだ。
「ああ。そうだ! 明日、読んだ感想でも話そうぜ。新刊も出たみたいだしな」
「うん! 絶対だよ。それと、鈴木君ってゲームも好きなの?」
そうか。コスプレ喫茶で会う前にゲーム屋さんで遭遇してたな。
また秋葉の手を握ってしまったかと思うと、小っ恥ずかしかい。
「あれは、部活でやるためのゲームを買うために行ってたんだ。よかったらあのゲーム貸すぞ」
「ええ、でも……」
「いいって! 多分2、3日あればクリアできるから」
「それじゃあお言葉に甘えて」
「おう」
「うふふ。なんだか安心しちゃった。鈴木君と友達でよかった……」
「どういたしまして」
「本当夜遅くにごめんね。話してくれてありがとう」
「おう。じゃ、また明日な」
「うん」
電話を終えると、俺はウィッチメントを読み始めた。
選ばれし魔法少女が敵と戦うというありふれた内容だったが、その独特の可愛らしい絵と少しダークな雰囲気の話は、妙に惹かれる仕上がりになっていた。
一気に3巻を読み終えた俺は、思いがけず続きが気になっている。
あのキツネ! 部長はマスコットキャラだとか言っていたが、実は黒幕じゃないだろうな。
部長も分かっててああいう風に説明したな。憎い人だぜ。
などと考えながらリビングでお茶を飲んでいたら自然と顔がニヤけていたのか、テレビを見ていた妹に突っ込まれた。
「お兄ちゃん、きもい」
「うっ……。うるさい!」
あれ? どっかで聞いたセリフを発してしまったぞ。
「さっきからニヤニヤ何を考えてたの?」
「ふふ。ちょっとな。いずれお前もこうなるかもな」
「うえー。そのキモさ里沙姉に報告していい?」
「それはやめてくれ」
俺は真顔に戻り即答した。
亜子は昔から何かある度に里沙にチクるからな。
さて、歯も磨いたし寝ますか。
時刻は23時半。俺は中学生の妹より早く寝る習慣がある。
妹よ。早く寝ないと育たないぞ。
次の日もいつもの通り登校し、教室へ向かった。
教室の扉を開け、一番に確認したのは秋葉だ。
お、もういるな。秋葉はいつも俺より早く登校している。
「おはよう」
「おはよう」
秋葉と挨拶を交わしながら席に着き、鞄を机の横にかけ、後ろを振り返る。
早速、昨日の件に触れてみよう。
「なぁ、昨日コス……んぐっ!?」
俺は秋葉に口を手で塞がれた。
「ちょっと……。その話は学校でしないでよぉ」
「ああ、わるかっあ。しないはら、てをほかひて」
秋葉は俺から手を離すと、クスッと笑った。
「今日の放課後時間あるかな……?」
「ん? 大丈夫だけど……」
「私に付き合ってもらっていい?」
「いいぞ。どっか行くのか?」
「うん。そのつもり」
これまた珍しい。一体どこへ行くのだろうか。またオタクの聖地、大木に足を運ぶことになるのか?
その後、約束通りウィッチメントについて感想を話し合った。
趣味の話は大丈夫みたいだが、コスプレの件だけは学校でタブーの話題というわけだ。
「あのあと、ウィッチメント読んだの?」
「読んだ。面白かったぜ。特に主人公が魔法少女になるシーンが印象的だな」
「あ、本当!? 私もあのシーンが好きで、ウィッチメントだと主人公が1番のお気に入りキャラかな」
なるほど。それであのコスプレか。
「可愛い絵の割に少しダークな雰囲気のところも良いな」
「だよね。 私もあんなにはまった漫画は久々だよ! もうすぐアニメ化するって噂もあるし」
「へぇー。始まったら見てみようかな」
「うん! 絶対にアニメも面白いよ」
そんな感じで朝のホームルームが始まるまでずっと秋葉と話をしていた。
授業が始まると、すぐに時間は過ぎ去ってしまった。
午前授業は最高だ。
そして、放課後がやって来た。
例のごとく笹川に部活の欠席を伝えると、俺は秋葉と学校を一緒に出た。
今、俺たちは駅に向かって歩いている。
「ところで、どこへ行くんだ?」
「内緒!」
秋葉は俺を見ると、クスッと笑った。
内緒にされると気になる。
続く




