172 グルメな夜
地下には独特の匂いが漂っていた。決していい匂いとは言い難いが、これが臭豆腐とやらか。
ドリアンみたいに臭いを放ちつつ、食べると美味しいみたいな食べ物かな。ドリアンも食べたことないけど。
俺たちは軽く散策をし、第一食目となる食べ物を探した。
そして決まったのがチーズのかかったコロッケだった。
ガツンと濃厚なチーズと、じゃがいもだけが具のコロッケというシンプルな構成だ。シンプルだからこそ味がストレートに伝わってくる。
これだ。想像通りの味にニヤリとしてしまったが、冒険心が足りなかった。いや、最初から飛ばし過ぎはよくない。まずは夜市から空になった胃へ挨拶をしにきた紳士と表現しよう。
「あれも食べよう」
次に光村の嗅覚に反応したのは、『蚵仔煎』とメニューに書かれたものだった。
部首に虫が入った見慣れぬ漢字に一抹の不安を覚えたが、その正体はオムレツだ。
中に牡蠣が入っていて、上には甘いソースがかけられている。
日本のオムレツとは違った食感に妙な高揚感を覚えつつ、俺たちは食べ切った。
それからついでに隣の店で売っていた魚丸湯という魚のつみれスープを食べた。さっぱりしていて、お口直しにはちょうどいい。つみれのおかげでそれなりの満足感も得られる。
さあ次は何を食べようか。そろそろメインディッシュと行きたいところだが、光村はそれを許してくれるかな。
俺たちは再び夜市の中を歩いた。
観光で来ている日本人も多くいて、安心感がある。
「あれ? 光村がいない」
光村がいなくなったことに最初に気づいたのは牧だった。
俺たちはその場で立ち止まり、あたりを確認した。
しばらくきょろきょろしていると、光村は戻ってきた。迷子になったのではなく、ただ何かを買いに行っていただけだった。
そしてその手には、顔の半分くらいはある大きさの揚げられたチキンを持っている。
「でかすぎる……」
「美味しくて食べ応えあるぞ。鈴木も買ったらどうだ?」
「俺はやめておくよ。見てるだけで満足できる」
光村はチキンを頬張った。サクッと軽やかでありながら重厚な音を響かせ、彼は美味しそうに食べている。
メインディッシュを探そうと歩いているうちに、いつの間にか光村はチキンを食べきっていた。
「初日から飛ばし過ぎは良くないな。今日は次で最後にしよう」
さすがの光村もそろそろお腹いっぱいになったようだ。
「次でお腹半分くらいかな」
いやいや。どう考えても胃のキャパシティを超えてるだろ。
「ふぅ……。なんだかお腹いっぱいになってきた。僕はもういいかな」
山内はお腹を押さえながらそう言った。どうやらお腹の調子を気遣っているらしい。
「僕はもうお腹を痛くして迷惑をかけないって決めたんだ」
山内は清々しい顔でそう宣言した。まるで何かとても大切な決心をしたように。といっても全然カッコよくないけどな。
「お! あれめっちゃ美味そうじゃん!」
光村が視線を釘付けにしたのは胡椒餅と看板に書かれたパンなのか肉まんなのか、とにかくそういう類いのものだった。
作り方も独特で、釜に貼り付けられ焼かれている。
これはまたお腹にガツンと来そうだ。よし、これを締めとしよう。
俺たちは山内以外、胡椒餅を買った。一つでおよそ200円という高いのか安いのかよく分からない価格設定だ。
いただきます、と心の中で唱え、俺は胡椒餅を齧った。
皮はパリパリ、中の肉はとてもジューシースでパイシーだった。葱も入っており、シャキッとした歯応えが心地よい。
俺たちが買った直後、店には購入待ちの人が並び始めた。待たずに買えて少し得した気分だ。
胡椒餅を食べ終えて、まだ集合まで少し時間が余っていたので女子たちが何を食べているか見に行くことにした。
地下を探したが見当たらなかったので、地上へ向かった。すると、女子たちはすでに集合場所にいた。
「ア、みんな戻ってキタ」
そう言って手を振ってくれたアンジェは、もう片方の手にソフトクリームを持っていた。
この寒さでソフトクリームとはおそれいる。
「寒くないの?」
「寒いよ。でも、ソフトクリームの誘惑に負けた!」
流石に里沙も大本も、ソフトクリームは持っていなかった。
男子チームと女子チームでお互いに何を食べたか情報交換していると、奥居先生も戻ってきた。
こうして、俺たちのグルメな夜が終わりを迎えた。
ここに来ればいつでもお祭り気分を味わうことができる。まだまだ未知が多い夜市を去るのは名残惜しいが、入り口の看板をしっかりと写真に撮った。
続く




