171 ワケありのワケ
俺も牧に、気になっていたことを聞いた。
「大本は牧のことをとても気にしてるみたいだけど、過去に何があったんだ?」
「それを聞くか……。まあ鈴木になら話そう」
牧は一呼吸置いてから、自分の過去について語り出した。
大本からも聞いていた通り二人は幼馴染だ。家は隣同士で、家族ぐるみの付き合いである。
「俺と里沙みたいだ」
「鈴木と関野も家が隣同士なのか?」
「うん。俺も里沙も一度転校してるんだけど、結局お隣さんに落ち着いた」
「すごい偶然だな。驚いた」
昔の牧はとても弱虫で同級生からよくいじめられていたそうだ。その度に泣いては大本が助けていたらしい。
中学生になってからもすぐにいじめの対象となった。どんどんエスカレートしていくいじめに耐えかねた牧は、ある日とつぜん爆発した。
牧はいじめの主犯格に向かって椅子を投げ、怪我をさせた。幸い大事にいたらなかったが、顔の傷からしばらく血が止まらなかった。
牧がもともといじめられていたということもあり、その事件は大事にならなかったという。
それから牧へのいじめはぴたりと止まったが、今度はなぜか大本がいじめられるようになってしまった。
もともと牧をいじめていたやつらに加えて、面白がった女子たちまで参加するようになった。
大本は気丈に振舞っていたが、牧は怒り、女子であろうと殴りかかった。
牧は暴力こそいじめを止める手段だと前回の経験から学んでいた。大本はそれをよく思っていなかったが、牧に頼るほかなかったのである。
「牧も大本を守るために強くなってると思うけど?」
「俺はただ暴力に逃げていただけだ。それこそが強さだと信じていたからな」
結果としていじめは無くなったが、次は喧嘩をふっかけられることが多くなった。
牧の噂は一人歩きし、各校の不良たちから狙われるようになったのである。
牧は喧嘩にあけくれた。勝つために喧嘩の方法を学び、実践を繰り返していくうちに、いつしか負けないようになっていた。
こうして牧は最強を求めるようになった。なぜなら、誰にも喧嘩で負けないことこそ正義だから。他者を恐怖で制圧するしかなかったから。
「これが俺の人生だ。おかしいと思うか?」
「おかしくない。俺と住む世界が違いすぎて、いまは話をのみこむだけで精一杯だ」
「この話をしたのは鈴木が初めてだ。なんでだろうな。自分でも心境の変化に驚いてる」
俺は、牧の話を聞いて里沙のことを頭に思い浮かべていた。
「鈴木は不思議なやつだよ。俺はお前を見て変わりたいと思ってしまった」
「変われるさ。実際に変われたやつも知っている」
「そう言ってくれて助かる」
俺はついでに牧が海外研修に参加した理由も聞いてみた。
「それは教えない。絶対に」
「えー。気になる」
「しつこい男は嫌われるぜ……」
牧はどうしても教えてくれなかった。俺の理由も教えたが、だめだった。
なぜそこまで秘密にするか分からない。
気になる。とても気になるけど、気になり出したらキリがないので俺は考えるのをやめた。
他にも他愛のない話をしていたら、いつの間にか夕食の時間になっていた。
夕食はホテルの外で食べることになっている。今日は夜市という屋台がたくさん出ているところへ行く。
ロビーに集合した俺たちはさっそくバスに乗って出かけた。
出発してから20分ぐらいだろうか、俺たちは夜市に到着した。
入り口には鮮やかなネオン輝く看板が設置されている。屋台が並び、多くの人々が行き交う夜市はお祭りのようだった。
地下にもまだお店がたくさんあるらしく、はやく行ってみたいという気持ちでいっぱいだ。
「はい、じゃあ2時間後に入り口集合で。みんな自由に食べてきて! あ、夜市からでちゃだめだからね」
奥居先生の合図で俺たちは未知の領域へ放たれた。
人々の食欲と、食べ物の誘惑で構成された夜市にいちはやく飛び込んで行ったのは光村だった。
女子たちはスイーツを中心に回ると息巻いて行ってしまった。残された俺たち男子は光村のあとを追った。光村の嗅覚に任せれば美味しいご飯をいただけるはず。
光村はさっそく地下へ向かったようだ。
俺たちも地下へ降りると、少し進んだところで光村を発見できた。
光村は手にタピオカジュースを持っていた。
その光景を見た牧は思わず口を開いた。
「初っ端からタピオカ飲んでるのか!?」
「喉を潤しておかないと」
光村はそう言ってタピオカごとジュースをごくごく飲んだ。
サイズは、日本で言うMサイズの二倍はあると思う。
これはお腹もいっぱいになってしまいそうな量だ。それでも光村なら余裕で飲んでしまうに違いない。
続く




