167 空の旅
光村はおにぎり、サラダ、サンドイッチを食べた。彼曰く、朝食を食べてこなかったので腹ペコだという。それでも炭水化物のコンボはパンチが効いている。
俺たち三人は飲み物を買うだけにとどめておいた。この後の機内食が食べられなくなるともったいないからな。
集合時刻になったので、俺たちは搭乗口へ戻った。待合スペースの席が埋まっているほど、他のお客さんもいた。
「10時発、T103便はこれより搭乗を開始いたします。ファーストクラスのお客様よりご案内します」
いよいよ飛行機に乗る時がやってきた。
ファーストクラス、ビジネスクラスの案内が終わると、俺たちの乗るエコノミークラスが搭乗できる。
いつかファーストクラスに乗って優雅な旅をしてみたいが、きっと金額を聞くと驚くべき答えが返ってくると思う。
「お待たせいたしました。ただいまより全てのお客様の登場を開始いたします」
初めての飛行機に高鳴る胸を押さえ、俺は飛行機に乗り込んだ。
機内は思ったよりも広いが、席に座ると少し窮屈に感じた。
席は、窓側にそれぞれ二列席と、通路を挟んで真ん中に三列席がある。俺の席は三列席の真ん中。まさに真ん中の真ん中である。
隣は光村と牧だった。威圧感と威圧感の絶妙なコラボレーションが決まっている。
「うぅ……」
光村はうめき声をあげながら、震えていた。
「だ……大丈夫? 体調でも悪いのか?」
「うぅ……。飛行機が怖い……」
光村の意外な弱点は飛行機だったか。
これは、もしかしてもしかすると、ギャップ萌えというやつか。
「寝たらどう? 気づいたら着いてるよ。たぶん」
「飛行機に乗ってるのに寝れるわけない……」
まだ飛び立つ前なんだが。こんな調子で大丈夫かな?
しばらくすると、光村の心配をよそに、飛行機は動き出した。
「当機はこれより離陸態勢に入ります」
正直、俺も少しだけドキドキしている。
飛行機は滑走路に入ると、ものすごい勢いで加速をした。そして、宙に飛び立った。
浮遊感を覚え、地から離れた瞬間が分かった。飛行機はぐんぐんと上に進んでいくため、身体に重力を感じる。
機体が安定するまでは、軽いジェットコースターに乗っている気分だった。
窓から外が見れないのが残念だが、俺たちはもう雲の上を飛んでいるのだろう。
「すごい景色……!」
「雲がこんなにも近くにあるなんて、不思議ね」
窓側の席の、里沙と大本がはしゃいでいた。
光村は相変わらず震えているし、牧はというと、すでに寝ていた。
ははは。愉快な空の旅になりそうじゃないか。
「この映画みたかったのに字幕が出ないじゃないか!」
お次は前の席に座る山内が、何やら騒ぎ立てていた。
「こっちの映画なら日本の映画じゃナイ?」
山内の隣のアンジェが楽しそうに受け答えしている。
「僕はこの映画が見たかったんだ。結局、映画館に見に行けなかったから」
「ナルホド。そんなに面白いなら見てみるネ」
アンジェは目の前のモニターを操作して映画を見始めた。
飛行機にはそれぞれの席に、一個ずつモニターが付いている。俺の前のモニターには、飛行機がどこを飛んでいるか地図でリアルタイム表示されていたが、なるほど操作すれば色々できるみたいだ。
俺は早速モニターにタッチした。すると、メニュー画面に切り替わった。
「えっと……。映画はこれかな?」
虚しくも独り言を呟きながらモニターを操作する。
邦画も洋画も、それなりの数があるな。どれにしようか。あ、この映画。見たかったやつなんだよ。
俺は、『メン・イン・ブランク5』という映画を選択した。イヤホンを取り付け、準備万端だ。
映画が始まり、オープニングが終わると、いよいよ主人公の登場だ。
「日本語じゃない……。字幕もない……」
俺は、山内と一緒の過ちを犯してしまった。お前の苦しみ、しかと味わったぜ。
気を取り直して、邦画でも見よう。というわけで、今度は『るろうに転身』という映画を選択した。
「日本語じゃない……。字幕もない……」
なぜだ。なぜなんだ!
せっかく楽しめると思ったのに、とんでもない罠が潜んでいた。
「おとなしく寝るとするか」
飛行機の中は意外と涼しい。席に置いてあった薄い毛布を体に掛け、寝る体制へと入った。
朝早かったこともあり、すぐに眠くなってきた。しかし、安眠を妨げたのは飛行機の揺れだった。
すぐにおさまったが、少しだけ上下に揺れた。なんとも言えないふわついた感覚に体が強張った。
「もうだめだ! もうお終いだ!」
光村はこの世の終わりを体験していた。
気持ちは分からないでもないけど、大袈裟すぎやしないか。
牧は何事もなかったかのように寝てるし、カオスな空間になってしまった。
しばらく無心で、時間が過ぎるのを待っていると、機内食の時間がやってきた。
「チキン、オア、ビーフ……。チキン、オア、ビーフ……」
俺はこれから来るであろう試練を頑張って反芻した。
そして、とうとう俺たちのもとまでキャビンアテンダントがやってきた。
「機内食です。申し訳ございませんが、鶏肉しか残っておりません」
「あ、はい。」
全然大丈夫だったし、鶏肉しかなかった。助かったと言うべきか、残念と言うべきか。
「昼飯の時間だ。震えてる場合じゃないな」
光村は機内食を前に平常心へと戻っていた。さっきまでの調子で食欲があるなんて感心するぜ。
「飯は何よりも重い。こればかりは何事にも邪魔されない」
別にカッコいいことを言っているわけじゃないのに、なぜか光村のことが頼もしく見えた。
続く




