165 いつまでも桃源郷
翌日の放課後、俺はSF研究部へ向かった。海外研修に向けた課題は残っているが、やっぱり放課後に行き着く先はここだ。
「鈴木ー! ずいぶん久しぶりじゃないか! もう戻って来ないかと思っていたぞ」
「大袈裟すぎますよ。ここに来た時の安心感は一番です。あ、でも海外研修に行くので二月までは参加できる日が全然少なくなります」
「ぬおお! そうだよな。我が部から三人も行くとは。少しの間寂しくなるなぁ」
佐々木部長は今日も元気だ。この人がいるだけであたたかく、いや、熱くなることができる。
「鈴木も関野も海外の人か……。アンジェはもとより海外の人……。みんなどこか遠くへ行ってしまいそうだ」
「ふふふ。お土産買って、必ず帰って来ますから期待しててください」
「うう〜。関野。俺は何て良い後輩を持ったんだ!」
柚子先輩とアンジェは一緒にサボテンを愛でている。秋葉と笹川は楽しそうに会話している。
ここは桃源郷だ。いつまでもこの空間が存在して欲しいが、いつかは終わりを迎えると思うと切なくなる。
「宏介君、台湾ではサボテンをアイスクリームにして食べるって聞くんだけど。機会あったらサボテン買ってきてくれない?」
柚子先輩の目がぎらついている。彼女の目からサボテンの針が飛んできそうなぐらいの目力を感じる。
「ゆ……柚子先輩!? たぶん植物は持って帰って来れないと思いますよ!?」
「そっかぁ。そうだよね。残念……」
柚子先輩が落ち込んだのと一緒にサボテンもしょぼくれてしまったような感じがした。
「よし! 今日は三人の門出を祝して盛大にパーティをするぞ!」
佐々木部長は大量のお菓子を取り出すと机の上に散らかした。柚子先輩は紙コップを人数分取り出すと、ジュースを注ぎ始めた。
「日本のお菓子はサイコー!」
「分かるー!」
アンジェと笹川は楽しそうにお菓子を頬張った。この二人を見ていると仲の良い留学生たちにしか見えない。
笹川はチョコレートを食べながらアンジェに質問をした。
「アメリカではどんなお菓子が売ってるの?」
「チョコレートとかクッキーとか、日本とそんなに変わらないヨ。あ、でもアメリカのお菓子のほうが激アマ!」
「マジか! 私もいつか食べてみたい」
「真美もいつかアメリカ来てよ! 私が案内するネ」
いつかこのメンバーでアンジェの国に遊びに行けると良いな。
アメリカは台湾よりもずっと遠くだけど、色々とスケールがでかそうだ。
「私は西海岸のロスセイルス州にズット住んでるの。アミューズメントパークとか、いろいろ楽しいトコあるよ」
俺には海外なんて無縁だと思ってたけど、この勢いで全世界を旅して回りたくなって来た。
できれば向こうの人々の暮らしが実感できるような、そんな旅がしたい。
「真美ちゃんはアメリカ行ったことないの?」
「それが行ったことなくて。お父さんがなかなか帰省しないから着いていけないんだよなあ。なみっちは海外旅行行ったことある?」
「私は何回か……。パリとかヨーロッパの方が多いかな」
「マジで!? いいなー」
秋葉はサラッと海外旅行の話をしてくれた。
さすが医者の娘だ。俺たちとは生活のスケールが違う。
「宏くんさえ良ければ、私たちの旅行に着いて来てくれて良いんだけど」
「家族水入らずを邪魔したら悪いから遠慮しておくよ……」
「そっかぁ。残念♡」
ええい、語尾にハートをつけるな。
このままでは、いつもの秋葉節が始まってしまう。
というわけで、秋葉の様子がおかしくなる前に、俺はお手洗いへと逃走した。
廊下を歩いている途中、窓から綺麗な夕日が差し込んでいるのに気付いた。そしてしばらくの間、眩しいのを我慢して夕日を眺めた。
世界中の人が同じ太陽を見ていることを考えると、不思議な気持ちになった。
飛行機で空を飛んでも太陽には近づけない。海の向こうへ渡っても太陽との距離は縮まらない。
俺たちを照らしているあの光は、遥か遠くからやって来る幸せの使者なのである。
などと、柄にもなく物思いに耽ってみたりして。
海外研修という未知の世界を前にして心が揺らいでいる。期待と不安が入り混じって、感傷的になっているのが自分でも分かる。
続く




