164 隠れオタク
「ねえ、なんで私たちこんなにコソコソしてるの?」
「それは……。なんでだろうな」
大本の気持ちはわかるが、牧が話しかけるなオーラを出しすぎている。ううむ、なかなか話しかけるタイミングが掴めない。
そうこうしているうちに牧はCDショップの中に入っていった。俺たちもすかさずお店に入る。そして、棚に隠れながら様子を伺う。店員さんに変な目で見られたことは言うまでもない。
牧は一枚のCDを手に取った。彼が真剣な眼差しでジャケットを確認しているCDは、あのクロウズのCDだった。
マジか。マジなのか。牧も俺や秋葉と同じ類いの人間なのか!?
このご時世にわざわざCDを買いに来ているあたり、そこそこのファンだと思われる。
「ちょっと行ってくる」
「あ、鈴木君! 待って」
俺と大本は今だと言わんばかりに、牧のもとへ近づいた。
「それクロウズだよな。牧も好きなの?」
「ああ。最近出たばかりのアルバム……。って、なに自然な感じで話しかけてきてんだよ」
「偶然でさ、思わず話しかけてしまった」
「ちっ。あゆみまで……」
牧はCDを棚に戻すと、俺たちに背を向けてお店から去ろうとした。
「買わないのか?」
牧は一瞬足を止めたが、またすぐに歩き始めた。
「特典付き、これで最後みたいだけど本当に買わないのか?」
新アルバムには、初回限定特典としてウィッチメントの短編アニメDVDが付いている。これでしか見れない超レア物だ。
「っ……! てめぇ……!」
牧は俺たちのところまで戻ってくると、CDを棚から取った。そして、レジへ向かい購入した。
「牧もいろいろと好きみたいだな」
「ちっ……。悪いかよ」
「俺も好きなんだ。ウイッチメントもクロウズも」
「何だと!?」
「少し前にクロウズのライブも行ったことがある」
「お前それ! 俺がチケットを取れなかったライブじゃ……!」
牧は少し悔しそうだった。しかし、いつもの冷たい様子とどこか違っていた。
「牧、この後は帰るのか? 駅に行くまで歩きながら話そうぜ」
「勝手にしろ……」
こうして俺たちは三人でお店を出た。近寄るなぐらい言われるかと思っていたが、案外すんなりと受け入れてくれて一安心だ。
「牧はアニメとか好きなの?」
「ああ。お前も俺がアニメ好きなことバカにするのか?」
「まさか。俺も好きだし、色々語れそうで嬉しいよ」
このなりでアニメ好きというのはギャップを感じるが、それこそが偏見なのだろう。
「クロウズにウィッチメントっていうんだ……。私も見てみよっかな。あ、達徳が買ったCDもそのうち貸してよ」
「しかたねーな。ついでに今度、漫画も貸すから」
「うん! 絶対だからね」
良い感じにことが運びそうで良かった。俺はてっきり牧もいわゆるオタク文化を嫌う側の人間かと思っていたが、とんだ勘違いだったようだ。
「俺は人の趣味を否定しないし、自分の好きなものぐらい自分で決める」
俺は牧が言ったその一言に救われた気がした。
「これからよろしく」
俺がそう言って手を差し出したら、牧も手を差し出してくれた。こうして、俺たちは熱い友情の握手を交わした。
その後、牧と大本を駅の改札まで見送り、俺は家路に着いた。改札を抜けてホームへ向かっていく二人の後ろ姿を少しの間眺めていたが、なぜか輝いて見えた。他にも人はたくさんいる。しかし、彼ら二人だけが周りよりも、くっきりと濃い色で描かれているような気がした。
俺は思わずスマフォを手に取り、その情景を写真におさめた。とても良い写真だ。何かの賞に出したら最優秀賞まちがいなしだと自画自賛しておこう。
続く




