161 ワケあり
牧は次にやって来た山内のことも睨みつけていた。
怖っ。触れるもの皆傷つけるジャックナイフという言葉がぴったりだ。
「ひぃ! 牧君は会うといつもそうやって僕を睨むんだから」
「ははは! 挨拶代わりみてーなもんだ」
彼なりのジョークだったみたいだ。それに、山内とは仲が良さげである。どうやら普通に人とコミュニケーションが取れるみたいで安心した。
まあ、俺の誤解はゆっくり解いていけば良い。間違ってもタイマン勝負なんて受けた日には、吹っ飛ばされて終わりだろう。
説明会の開始時刻ちょうどに奥居先生が講堂へ入って来た。少し重そうな段ボールを抱えてステージへ続く階段を上がっていく。転んでしまわないか見ていて心配だ。
最終的に集まった生徒は俺と里沙、牧、山内、アンジェ、それから初めてみる二人の合計七名である。他クラスも混ざっての海外研修となると、新鮮な気分だ。
「はい。じゃあこれから説明会を始めます。あ、牧君! 学校でピアスはダメだよ」
一瞬、空気が張り詰めた。牧は不服そうな顔をしている。
「これはお洒落でーす。別に迷惑かけてるわけじゃないんだから良いじゃん」
「規則なの。不必要なファッションは時として風紀を乱します。規則を守れない生徒は海外研修のメンバーから外れてもらうから」
奥居先生からの厳しいお叱りの言葉。普段の彼女からは想像ができないほど、目が真剣だ。こんな一面もあるんだな。
牧は「ちっ……」と舌打ちだけしてピアスを外した。彼にとっても海外研修に行けなくなるのは駄目らしい。
「というわけで、みんなも気をつけてね。海外研修は学校の代表として行くんだから、それなりの覚悟と責任を持ちましょう」
分かりました。いつもと違う雰囲気の奥居先生が格好よく見える。小動物系のか弱い先生かと思っていたが、そうではないらしい。
これがギャップ萌えというやつか、いや違うか。
「じゃあ本題に入る前に一人ずつ自己紹介しましょう。座ったままでいいからね」
げっ。何も考えてないぞ。この人数ではすぐに順番が来てしまう。
自己紹介は里沙から席順にということで、俺はめでたく二番目だ。
「関野里沙です。よろしくお願いします」
里沙はとても簡潔な自己紹介をした。特に意気込みとか一言はなかった。
なんだ。そんな簡単な自己紹介で良いのか。
俺は里沙に続いて名前を言うだけにしておいた。助かったぜ。里沙に救われた。
こうしてすぐに全員の自己紹介が終わった。
牧の他に今日初めて見た生徒の名は、大本あゆみ、光村陸という名前だった。
その後は順調に説明会が進んだ。台湾研修は合計五日間で、主に台玄市という首都を中心に活動を行うということだ。
息抜きの観光もところどころに散りばめられている。ハードスケジュールではあるが、楽しそうな研修になりそうだ。
一通り説明が終わった後は目標を書いたプリントを提出し、その代わりに研修についての冊子をもらった。
そして、説明会が終わったのは17時過ぎのことだった。今からSF研究部に行っても仕方ないので、俺は家へ帰ることにした。
「鈴木。この後時間あるだろ?」
無事帰れるわけなかった。牧は俺の前に立ちはだかり、帰宅を阻止してきた。沙は俺に手を振って講堂を出て行ってしまったし、逃げ道はなさそうだ。
「時間はあるけど……」
「ふん。さあ、俺とサシで勝負だ」
「ちょっ……いきなり話が飛躍しすぎだって。俺は学校を牛耳ってなんかいないし、最強でもない」
「あぁ!? ごちゃごちゃ言ってないで表でろよ」
初対面の人にこんなに絡まれる俺ってある意味才能あるのかな。ああ、早く帰りたい。
「ちょっと! 何やってるの!?」
俺と牧の間に突然大本が割り込んできた。
「ちっ。真面目な委員長の登場かよ」
「ごめんね、鈴木君」
「あゆみには関係ないんだけど」
「関係あります。この前もう暴力的なことはしないって約束したでしょ!?」
「そんな約束してねーよ。てかお前は俺の母親か!?」
「私は達徳の幼馴染み。あなたが暴走しないように見張る義務があるの」
「そんなの勝手なお世話だろーが。とにかく、俺とお前は関係ない」
「何よ、昔は何かあるごとに泣きべそかきながら私のとこに来たくせに」
「おい! 余計なこと言うな!」
俺は二人の勢いあるやり取りに面食らっていた。夫婦漫才を見ている気分だ。
それに、牧にも触れられたくない過去があるらしい。まるで、俺のよく知っている元不良のようだ。牧の場合は逆パターンだけど。
さて、この勢いに任せてオレはおいとまさせていただこう。
「あの、鈴木君」
「ん、何か?」
「この後時間あるかな?」
結局帰れないじゃん!
そう来たか。まさか大本もそう来るとは。
「あるけど……。どうして?」
「ちょっと話したいことがあって」
大本は神妙な面持ちでそう言った。
「はぁー、冷めた。俺は帰る」
そんなのありですか。
けっこう気分屋というか、わがままな野郎だぜ。
「おい鈴木、あゆみに手をだしたらぶっ潰す」
「え……? 二人はそういう関係?」
「ちげーよ。そんなんじゃないけど、とにかくぶっ潰す」
牧はそう言うと、講堂から出て行ってしまった。
ずいぶんと破天荒そうな男だ。それに、去って行く牧を寂しそうに見つめる大本の表情。これは何か分けありに違いない。
続く




