158 ワールドワイド・ファイブデイズ
冬休みが明けて高校生活が再開した。
年末年始独特の雰囲気は完全に消え去り、現実が押し寄せてくる。
冬はつとめてなんて大昔の人は言ったけれど、朝は大抵布団にくるまりながら一分一秒を大事にしていたい気分である。
まだ休みボケがなおりきっていない体に鞭を打って、俺は今始業式に臨んでいる。
校長先生には悪いが、彼の話など一切頭に入ってこない。迫りくる睡魔との戦いで精一杯だ。
予定調和な始業式をただ退屈に、時間が過ぎるのを待つだけである。
芸能人の飛び入り参加とか、サプライズが起きないか考えてしまうのは俺だけじゃないだろう。
結局何も起きないまま終わった始業式の後は授業もなく帰るだけである。
せっかく学校に来たのにもったいない気持ちはあるが、早く帰れる日というのは実に平穏だ。
しかし、ホームルームで配布された一枚のプリントが今世紀最大に俺を悩ませることとなる。
「今日はみんなに進路調査のプリントを配ります」
教壇に立つ担任の奥居先生から、進路調査なるものが配られた。
「高校を卒業した後、何をしたいのか書いてもらいます。提出期限は今週末の金曜日、またホームルームで回収します」
教室内がざわついた。
まだ一年生なのにもう将来のことを考えないといけないのか。
プリントに印字された無機質な文字が、避けては通れない現実を突きつけてくる。
高校を卒業した後どうするかって、ぱっと思い浮かぶのは大学進学だ。
それでも文系、理系とか学部はどうするとか考えるべきことは多い。
「まだみんなは一年生で、これからの生活でやりたいことも変わるかもしれません。でも、目標を持つことは大切なのでじっくり考えてみてください」
おお、なるほど。
奥居先生の言葉はすとんと心の中に落ちていった。
おっちょこちょいな先生だけど、頼れる存在である。
帰ったら時間もあるし、大学について調べてみよう。
と、その前に身近な人に聞いてみる選択肢もありかな。
ホームルームを終えた俺は、さっそく秋葉に進路調査をどうするか聞いてみた。
「私は大学に進学するつもり。理系は苦手だから文系ね。でも、何を勉強したいかはまだ分からないなぁ。あ、宏くんと同じ大学に行くのもいいかな♡宏くんは?」
「俺も進学したいけど、その先のことはさっぱりだ」
そうだよな。まだ漠然としか考えられないよな。
いきなり紙を渡されて、将来について書いてくださいなんて難題がすぎる。
小さい頃はパイロットになりたいとかコックになりたいとか、それなりの夢かがあったはず。
でも、鈴木少年の夢は今や遥か遠くの忘却へ消え去ってしまっている。
この件について考えだすときりがない。俺はもやもやを頭に抱えたまま教室を後にした。
玄関に着くと、ちょうど里沙と倉持も帰るところだった。
「宏ちゃん久しぶり」
「冬休み前ぶりとは思えないぐらい懐かしい感じがする」
「もう。私のこと忘れかけてたでしょ?」
「忘れるわけないじゃん」
「本当? このあと里沙とドーナッツ食べに行くけど、宏ちゃんも来る?」
「ごめん。今日は家に帰ってやりたいことがある」
せっかくのお誘いで勿体ないが、今日俺は自分の未来を切り開かなければ。
「やりたいことって何?」
里沙が俺にそう聞いてきた。
「大学について調べようと思っている」
「大学? まさか今日配られた進路調査のこと?」
「ずばりそれだ。この機会に真剣に考えてみたい」
「へぇ。意外としっかりしてるのね」
「意外とって何だ。そういう里沙は高校卒業したらどうするんだ?」
「私も大学へ進むつもり。教育学部に」
「教育学部!? 先生になりたいのか?」
「そうよ」
里沙の返答を聞いた俺は、置いてけぼりをくらった気分になった。
彼女にはしっかりとした夢がある。先生になるなんて、到底思いつかなかった。
意外と言えば意外だが、実際に想像してみると里沙が教壇に立つ姿はとてもしっくり来る。
「なんか焦ってきた。いっそのこと自分探しの旅にでも出ようかな」
「ふふふ。あ、旅って言えば、海外研修の準備は進んでるの?」
「か……海外研修……?」
「どうしたのよ、そんなとぼけちゃって。てっきり行くと思ってたけど」
「待て待て待て待て。何も聞いてないぞ」
「九月ぐらいに説明されたはずよ。一学期の期末試験の成績上位五名は希望すれば行けるって」
「本当に何も聞いてない。なぜだ。そんなこと忘れるはずもないし」
里沙から放たれた衝撃の一言。冬なのに全身から嫌な汗が出た。
今からじゃ遅いよな。そんな機会、滅多にないだろうし。
いろいろ大変そうだけど、海外研修なんて素敵な響きじゃないか。
「そういえば宏介それぐらいに休んでた気がする」
「ひょっとして風邪ひいた時?」
「うん。思い出したわ。確かその日に説明されたはず」
「マジか! 後日説明してくれるとかないの!?」
「私に言われても……。先生に相談してみたら?」
せっかく手にしていた未来へのチケットをこんな形で逃すわけにはいかない。
今すぐに奥井先生に会いに行かなければ手遅れになる気がする。
そうと決まれば、職員室へ急行だ。
続く




