157 にゃんだふるフェイト
林の道を歩いていると、「にゃあ」と猫の鳴く声がした。
姿はどこにもないが、全員がその声を聞いた。
「この声ツキミじゃない?」
「正直わからん。猫の声なんて大した違いはないだろうし」
「もう、お兄ちゃんは鈍いんだから」
さきからいったい何が起きているのか。
意味のわからない訴えかけをするのではなく正々堂々、俺たちの前に現れたらどうだ。
そしたら、もふもふと撫でてやる。この世の果てまで撫でくり回してやる。
「にゃ……にゃお……」
お次は、俺の殺気に近い撫で殺す気を感じたのか、若干引き気味の鳴き声が聞こえた。
そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。とにかく前進あるのみだ。
林の道を抜けると、そこには池が広がっていた。
周りには木ではなく、竹が生えており苔むした岩が池に点在している。
植物が水面に浮かんでいて、鯉が数匹泳いでいる。
思わぬ光景に俺たちは息を呑み、見惚れた。
「うわぁ、綺麗」
第一声をあげたのは由香だった。
まるで絵画の世界に出てきそう池だ。
俺たちの他にも数人の人がいる。みんな池を眺めてのんびりしているようだ。
そのおかげか里沙も恐怖心を忘れ、緩んだ表情を見せている。
ちょうど俺たちの近くで掃除をしていた神社の人に亜子が質問をした。
「すみません。今、黒猫がここらへんに来ませんでしたか?」
「おや、来てないねぇ。でもそういう質問はよくされるよ。風来神社では猫を飼っていないんだけどね」
「私たち、その猫を追ってここまで来たんです」
「僕はその猫がこの神社の守神だと信じているよ。いたずら好きな猫神様さ」
猫だけど、狐につままれたような話だ。
きっと綺麗な池を自慢したかったに違いない。
「この池は月見乃池と言う名前で、ちょっとした言い伝えがあるんだ」
「月見乃池!? 家の猫もツキミって言うんです」
「それはそれは。奇遇だね」
亜子が興奮気味に反応した。
ここまで来ると、俺たちは必然的にツキミという名前をつけたような気がした。
これは偶然ではなく、運命なのかもしれない。
神社の人が話してくれたのは、千年以上前から伝わる話だった。
もともとこの池にはとても美しい女性が住んでいたそうだ。ちょうど俺たちがいる反対側に家があったらしい。
早いうちに両親を亡くしてしまい、伴侶もいなかった。そんな中、一匹の猫が彼女の支えになっていた。
その猫は、ある日弱り切った状態で女性の前に現れ、彼女が保護をしたおかげで元気を取り戻し、一緒に暮らしていた。
現れたのが突然なら、別れも突然やってくる。ある朝目を覚ました女性が猫を呼んでも姿を見せない。周りを探してもいない。
しばらく池の前で立ち尽くしていると、優雅に池の水面を歩く猫を見つけた。しかし、猫を見つけたのも束の間、水の中を泳ぐのではなく歩いている姿に女性は驚きを隠せなかった。
それから猫は女性の足元までやってきて喋り始めた。
「私を助けてくれてありがとう。私は神の使い。あなたに恩返しがしたいです。何か願い事を叶えましょう」
そう言われた女性は、すぐにこう言った。
「あなたが側にいてくれるだけでじゅうぶんよ」
猫は嬉しかったが、困った。神様の元へ戻らないといけなかったから。
「私は一緒にいれないけど、いつでも見守っています。それでは、あなたの最愛の人を」
そう言うと、猫は光の粒子となって消え去った。
女性は猫がいなくなってしまった悲しみで泣き、途方にくれた。
しかし、翌朝目覚めると、両親が当たり前のように生きていて、それから幸せな日々を送った。
それからここは猫を祀る場所となり、やがて神社になった。現在、神社を切り盛りする神主はその女性の子孫だとか。めでたしめでたし。
とまあ、おとぎ話を信じる俺じゃないが、ここは信じておきたい。
神社の人にお礼を言った後、しばらく池にとどまった。記念写真を撮ったり、鯉を眺めたり。
不思議な感覚がする。ここまで俺たちを連れてきたのは話の中に出てきた猫だと思わずにいられない。
実はツキミも人間界に迷い込んだ神の使いだったりして。
「お兄ちゃん、お守り買って帰ろう。ツキミの分も」
「そうだな。ツキミには健康のお守りを買っていこうか」
そういうことで、俺たちはお守りを買いに行った。
亜子は安全のお守りを、由香は縁結びのお守りを買った。
里沙は開運のお守りと学業のお守りのどちらにするか悩んでいたが、由香の「両方買ったら?」という言葉に乗せられていた。
俺はツキミの分と、それからの自分のはどうしようかな。
「はい。宏介もこれ」
「これは……。由香と一緒の縁結びのお守り」
「悩んでるなら、これ買っておけば間違いなよ」
俺は由香に勧められるがままに縁結びのお守りを買った。
こうして、初詣を満喫した俺たちは帰路へと着いた。
家に帰ると時刻は夕方で、夕食の匂いが玄関まで漂っていた。
「ただいまー! あー、お腹空いた」
亜子は一目散にリビングへ向かい、母さんに手洗いうがいをしなさいと怒られていた。
さっきまで色々食べていたはずなのに、そんなにお腹が空いているとは恐れ入る。
俺もリビングへ入ると、ツキミがソファの上でのんびりしている。
「みゃーお」と優しい声で話しかけてきた。
俺は神社で買ってきたお守りを出し、ツキミの前に置いた。
「ほら、お土産だ」
「にゃあ」
ツキミはお守りの匂いを嗅ぐと、口にくわえてどこかに持って行ってしまった。気に入ってくれたようで何よりだ。
それからしばらくして、またソファの上でくつろぎ始めた。
俺は、ツキミの頭を撫でながら話しかけた。
「お前も神の使いのか?」
「みゃあ」
ツキミは一言だけ鳴いて顔を撫でた後、仰向けになってこちらを見た。
どうやら撫でて欲しいみたいだ。
「そんなわけないか」
俺はツキミの腹を撫でると、今度は腕にしがみついてきた。
そして、やめろと言わんばかりに猫パンチをお見舞いされた。
けっこう痛いんだなこれが。この気分屋さんめ。
猫の気持ちはしばらく分かりそうにない。
続く




