153 ハッピーニューイヤー
夕食の時間がやって来た。
大晦日には年越しそばを食べるのが、鈴木家恒例である。
かき揚げと刻みネギが入ったそばは出来立てで、湯気が立っているほど熱々だ。
テーブルの上には七味が置かれているが、親父以外は使わない。
いただきます、と箸でそばを持ち上げ、フーフーと息をかけて熱をさます。
そして、ズルズルと音を立てながら、そばを啜った。
そばを噛んだ瞬間、香りが口の中に広がる。
これだ、そばの香りは心を落ち着かせてくれる。
「美味しいー。今年のは一段と美味しい気がする」
亜子が感想を述べると、母さんが反応した。
「今日のそばはいつもより奮発したのよ。少し余ってるから、おかわりなら作ってあげる」
ラーメンの替え玉みたいな感覚で行ってるが、温かいそば二杯は飽きてしまうだろう。
「え、私は一杯でお腹いっぱいかな。なんちゃって」
亜子がおやじギャグを飛ばすと、親父は口からそばを飛ばした。
「ぶっ。俺はそういうのに弱いんだ……」
俺も危うく笑いそうになったのだけは黙っておこう。
それにしても、亜子は先から音を立てずに上品にそばを食べている。
「亜子、珍しい食べ方してるな」
「うん。こうやって音を立てずに食べるのが上品なの」
「そうか? あまり聞いたことないけど」
「スプーンを使わず食べたり、音を立てずに食べるのがマナーなんだって」
「それってフランス料理とか海外のマナーじゃあ……」
「よくわかんないけど、友達から聞いたからそうしてるの」
確かにそうかもしれないけど、日本における麺類は思いっきり啜ってもらえば大丈夫だ。
その後、夕食を食べ終えた俺たちはテレビでお笑い番組や歌番組を、行ったり来たりで見ながら過ごした。
そうこうしていると、年明けまであと少しになっていた。
母さんに促されて風呂を済ませた俺は、再びリビングに戻ると、テーブルの上にあったみかんを食べ始めた。
すると、ツキミがテーブルに上がり、山盛りになったみかんの匂いを嗅いだ。
「こらこら、テーブルの上は行儀が悪いぞ」
そう言いながらツキミの背中を撫でたが、お構いなしでみかんに興味津々だった。
俺は一粒取ったみかんをツキミに近づけたが、彼女はそれを一瞥してテーブルから降りてしまった。
悲しくなった俺はみかんを無心で食べながら、再びテレビを見ることにした。
お笑い番組もそろそろ終盤に差し掛かった頃、亜子も風呂から出てきた。
親父と母さんはもう寝るらしく、リビングから出て行った。
「亜子も早く寝たほうがいいんじゃないか?」
「まだお兄ちゃんと一緒にテレビ見てるの」
時刻は零時の少し前。
俺がソファに腰を移すと、亜子も隣に座ってきた。
「あはは! 面白すぎてお腹痛い!」
亜子はお笑い番組を見て抱腹絶倒している。
確かに面白いが、そこまで笑えるなんて羨ましいぜ。
「はぁ……。今のギャグ最高だった」
「そうか? 俺は一個前の方が面白いと思う」
「お兄ちゃんと私の笑いのセンスは違うのかな」
「それはあるかもな」
「兄妹なのに?」
「双子じゃないし、違いくらいあるさ」
「えー。お兄ちゃんと一緒がよかった」
亜子は優しい微笑みを浮かべながらそう言った。
何気ない一言だったが、俺は嬉しかった。
「まあ、笑いのセンスが違っても似てるとこぐらいあるって」
「例えば?」
「そうだな……。一番好きな食べ物は?」
「ハンバーグ!」
「……。好きなお笑い芸人は?」
「ガウンカウン!」
「……。好きな映画は?」
「フリー・コッター!」
何一つ一致していない。
質問が悪いのか?
「お兄ちゃん何も答えてないけど、私と違うんでしょ」
「うっ……それは……。あっ! 苗字が一緒だ!」
「それは家族なんだから当たり前でしょ!」
「そうだ。俺たちは、一緒の家族。ほら、同じところあったじゃん」
俺がそう言うと、亜子は満面の笑みを浮かべた。
「そっか……。そうだよね! えへへ。私とお兄ちゃんは同じ家族!」
どうやら亜子の中でクリーンヒットしたらしい。
彼女は、しばらく鼻歌を奏でながらテレビを見ていた。
「あ、あと数分で今年も終わりだよ!」
亜子はそう言うとソファから立ち上がった。
そして、どこへ行くこともなく、その場で立ったままだった。
「何してるんだ?」
「年越しの瞬間はジャンプするの」
出た出た。
クラスに一人いるやつだ。
「ジャンプして、年越しの瞬間は地球にいなかったとかいうやつか?」
「そうだよ。そっちの方が面白じゃん」
やれやれ。楽しそうで何よりだ。
ここで理屈を言うのは無粋だな。
「じゃあ俺もその案に乗るか」
「本当? 一緒に年越しジャンプだね」
俺もソファから立ち上がった。
時計を見ると、あと数秒で年が明ける。
亜子はすっと、俺と手をつないできた。
「えへへ。こうすると昔を思い出すね」
そういえば、小さい頃は亜子を引っ張って公園に遊びに行ったりしたっけな。
なんだか懐かしくもあり、どこか恥ずかしくもある。
「あ、もうすぐだよ」
秒針が一月一日零時を刻んだ瞬間、俺と亜子は一緒にジャンプした。
「あけましておめでとう」
亜子は着地するやいなや新年の挨拶をしてきた。
「おう。あけましておめでとう」
「えへへー。いい年越しだね」
こうして、今年の年越しは亜子と一緒に地球にいなかったという形で幕を閉じた。
いや、幕を開けたと言った方が幸先は良さそうだ。
続く




