148 夕日の友情
「この辺、ちょっと怖いわ……」
「そ……そうだな。高校生が来るような場所じゃないかも」
「早く出るわよ」
怪しげな雰囲気に圧倒された俺たちは足早に路地を出ようとした。
しかし、あと少しで元の通りというところで後ろから悲鳴が聞こえた。
振り向くと俺たちのいる場所とは反対側でどこかの不良と、どこかのカップルが何やら揉めていた。
「てめー何だこの野郎! 俺にぶつかるとはいい度胸してんじゃねぇか!」
「ごめんなさい! わざとじゃないんです」
「あぁ!? 謝罪がたりねぇだろ!」
「私からも謝りますから、許してください」
マジか。
とんでもない場面に遭遇してしまった。
「おうおう、そっちのお姉ちゃん。よく見りゃ美人だな。ちょーっと俺に付き合ってくれたら許してやろうかなぁー」
嘘だ。
誰がどう聞いても許してくれるわけがない。
「本当ですか!?」
彼氏は目に希望を宿し、不良にそう聞き返した。
彼氏ならそこは守ってやれよ。
「ちょっと! どういうつもりなの聡四郎!?」
カップルの彼女は彼氏の足を踏んづけた。
それよりも、今、聡四郎って言ったよな。
「痛ぁい!」
「もう知らない!!」
彼女は怒ってその場を去ってしまった。
俺の隣で様子を見ている里沙も唖然としている。
「お……おい! いいのかよ?」
「そんなぁ……! 振られてしまった……」
思わず不良も同情するほど情けない。
私服姿のためすぐに気付かなかったが、間違いなく我らが委員長の山内だ。
「ねぇ、あの人って……」
俺と同じタイミングで里沙も気づいたようだ。
「里沙の想像通り、山内だな」
「どうするの?」
「どうするも何も、助けに行くさ」
「へぇ。宏介も男を上げたわね。あんな不良、私にかかればイチコロよ」
そうだった。
俺の隣にいるのは、かつて最強だった女。
牙の抜けた今でも眠れる力を解放したら恐ろしいはず。
しかし、不良から卒業した里沙をその道に戻すことはさせない。
「里沙の力は借りない。ここは俺が男らしくガツンと行く!」
俺は覚悟を決め、山内の方へと向かった。
「本当に謝罪の気持ちがあるなら、どうすればいいかわかるよなぁ!?」
「ひぃぃっ! 分かりません!」
「鈍いヤツが! こうなったら……!」
不良は拳を振り上げた。
山内万事休す。急げ。
「ちょっと待った!」
間一髪、不良の拳が山内の顔を捉える前に俺は仲裁に入ることができた。
「誰だテメェ!?」
「そいつの友達だ。一部始終を見ていたが、暴力はいけないだろ」
「鈴木君!」
山内は迷わず俺と里沙の後ろに隠れた。
「残念だが、悪いのはぶつかってきたそこのクソ野郎だ!」
「わざとじゃないだろう? だったら謝ってるし許してやっても……」
「うるせぇ!」
刹那、俺の顔に男の拳が降りかかった。
豪速球のドッヂボールがぶつかったかのような衝撃。
俺は勢いよく地べたに尻餅をついた。
痛い。頬が風船のように膨らんでいるかと思うぐらいの違和感を覚えた。
痛い。痛い。痛い。
「ちぃ……」
不良は俺を殴った後、煮え切らない様子で去って行った。
俺は絶え間なく降り注ぐ苦痛に、顔の歪みを抑えきることができないでいた。
「宏介! 大丈夫!?」
「鈴木君! 大丈夫かい!?」
耳は無事なはずだが、二人の声が遠く聞こえた。
俺はなんとか立ち上がり、大丈夫と笑ってみせた。
「まさかいきなり殴られるとはな。情けない……」
「そんなことない……!」
里沙は震える声でそう答えた。
そして、気付くと彼女は目に涙を浮かべていた。
「泣くことないじゃん」
「だって……! 宏介が心配で。ヒョロヒョロの体で吹っ飛ばされて、骨でも折れたんじゃないかと……」
心配してくれたのは嬉しいが、ひどい言われよう。
日頃から筋トレした方が良さそうだな。
「鈴木君ありがとう! 本当にありがとう!」
「いいって。困ってる友達は放っておけないだろ?」
「鈴木君! 君ってやつは!!」
山内も半泣きで俺に感謝をした。
「それよりも、いいのか? 彼女に逃げられて」
「もういいよ。鈴木君の姿を見て自分は何て情けないんだろうって思った。今の僕に彼女と付き合う資格なんかない」
山内は寂しそうにそう言った。
「それよりも、もっと良いものを手にしたよ」
「どういうことだ?」
「鈴木君の熱い友情さ」
沈みかけの夕日を背景に、山内は爽やかな顔つきでそう言った。
何て臭いんだ。臭い夕日に臭い言葉。
それでも、山内の言葉は俺の心に染みた。
殴られた痛みなど吹っ飛んでしまうぐらい、彼の言葉が心に突き刺さったのだ。
「ああ、ありがとな」
「ありがとうなんて言わないでよ。それは僕が言うべき言葉じゃないか」
「山内のおかげで勇気を持つことができた」
里沙はいつの間にか泣き止んでいて、俺たちの熱いやり取りを受けクスクス笑っていた。
その笑い声からは幸せの音を感じ取れた。
ああ、とても爽やかで清々しい気分だ。
「思ったより腫れてないわね。ちょっと頬が赤いだけ」
里沙はそっと優しく俺の頬に手を触れた。
彼女の手は冷え切った外にもかかわらず暖かかった。
「おっと、お礼はまだまだ足りないけど、これ以上はお邪魔みたいだね。また学校で!」
「ああ、さっきの不良ともう会わないようにな」
「今日はもうまっすぐ家に帰るよ」
山内は駆け足で去って行った。
おいおい、そんなに急ぐとまた誰かにぶつかるぞ。
「さてと、俺たちも気をとりなおしてご飯を食べに行こうか」
「そうね。夜ご飯は私が奢るわ」
「え!? いいよ、普通逆じゃないか。それに、お小遣いの遣り繰りも大変だから割り勘にしようぜ」
「いいから! 宏介への労いなの! 今日は黙って奢られなさい。私の命令に逆らう気?」
「滅相もございません」
結局、夜ご飯はその辺りで有名な中華料理屋へ入った。
寒空の下、少しばかり並んだが、その価値があるほど味はピカイチだ。
初めて食べたが、ここの炒飯は世界で一番美味しいと思う。
続く




