143 ぼくたちのクリスマスイブ
「柚子、例の品は用意してあるな?」
「はいはい」
俺たちは机を元の配置に戻して、柚子先輩がどこからか持ってきた袋を慎重に机の上に置いた。
その周りにはジュースや紙コップ、紙皿、フォークまで用意された。
袋から取り出されたそれはクリスマスケーキの入った箱だった。
「シンプルなケーキにしてみたの」
柚子先輩は勿体ぶるようにゆっくりと箱を開けた。
中から出てきたのは大きな苺とサンタクロースの砂糖菓子が乗ったショートケーキだった。
「美味しそうー!」
笹川は思わず椅子から立ち上がって目を輝かせた。
「落ち着くんだ。まずは切り分けからいく」
ケーキの切り分けは重要だ。
なぜなら苺のサイズや砂糖菓子がのったところ等、違いが出てくるからだ。
切り分けられたケーキを見て誰も何も言わなかったが、どこを持っていくか高度な心理戦が繰り広げられている。
「あの、サンタさんは柚子先輩のところは柚子先輩が持っていってください」
最初に口を開いたのは里沙だった。
「それもそうだ。柚子にはこのケーキのために一役買ってもらったからな」
「それは私がこのケーキを選んだからだよ」
なんと柚子先輩はケーキのために朝早くから寒い中、行列に並んだという。
「それに亮君も付き合ってくれたでしょ」
「確かにそうだが……。俺は砂糖菓子が苦手だ」
佐々木部長、それは嘘だって俺ですら分かります。
あなたは本当に優しい人だ。
「もう取り分けてしまう!」
佐々木部長は手際よくケーキを分けるとサンタクロースがのったケーキを柚子先輩の前へ配った。
「じゃあお言葉に甘えて貰うね」
全員が頷いた。
ああ、何て平和なんだ。
俺の家だったら亜子が真っ先に持っていくだろう。
「いただきます!」
笹川は手を合わせた後、いの一番にケーキを口に運んだ。
「美味しい〜!!」
笹川はとても幸せそうな表情を浮かべた。
こんなにいいリアクションをしてくれてケーキ職人も満足だろう。
俺も彼女の後に続きケーキを口にした。
「マジで!? うますぎる!」
思わず心の声が口から飛び出した。
さすが行列のできるケーキ屋だ。
人生で食べてきたケーキの中で一番美味しい。
甘すぎず、でも心を満たしてくれる甘さに加えて溶けるようなスポンジが次の一口へ誘う。
俺はこのケーキなら永遠に食べることが出来そうだと錯覚を起こした。
「ほへ〜」
笹川は気の抜けたような声を出して椅子になだれ込んだ。
「突然どうした?」
「ケーキが美味しすぎて全身の力を持っていかれた」
「気持ちは分かる」
「なー。美味しすぎるって。ああもう、さっきから美味しい美味しいって私の語彙力が悔やまれる」
この世で一番美味いケーキを堪能した俺たちは次のクリスマスパーティープログラムへ移った。
「さあ本日のメインイベントがやってきたぞ!」
俺ら一年生たちはメインイベントなるものを聞かされていなかったので、少し緊張感が走った。
「その前に、部屋の片付けをするぞー」
焦らされた俺たちは椅子から転げ落ちたような気分だった。
「片付けですか?」
「おう。今日はもうこの部屋に戻ってくることもないし」
「え!? それってどこかに行くってことですか?」
「ふふふ。メインイベントこそSF研究部に欠かせないのだ」
「勿体ぶらないで教えてください」
「ふふふ。行ってからのお楽しみだ」
果たして、どこへ連れて行かれるのか。
里沙、秋葉、笹川ともに期待と不安の入り乱れた顔をしていた。
柚子先輩はどこへ行くのか知っているみたいだが、口を開かなかった。
学校から出ると駅まで向かった。
それから電車に乗らず、バス停でバスを待った。
行き先の地名は聞き覚えのない場所だ。
そこにクリスマスっぽい何かがあるのかと問いかけたくなる。
バスに乗り揺られること約三十分、景色も代わり映えすることなく目的地に着いた。
地面を踏みしめ見渡した景色は住宅街だった。
「ここから少し歩くことになる」
佐々木部長の後ろについていき辿り着いた場所は、住宅街から少し離れた池だった。
池のすぐ側にモミの木と鐘が備えられている。
確かにクリスマスっぽい。そのわりに他に人はいないけど。
「あっ!」
里沙が何かに気づいた。
「そんなに驚いてどうした?」
「どこかで見た風景だと思ったら、部室に飾ってある絵と同じですよね?」
佐々木部長はよく気づいたという表情で頷いた。
そういえば飾ってあったな。完全に背景の一部と化してた。
「関野の言う通り。あの絵はSF研究部歴代部長の誰かが描いたらしい。クリスマスイブにあの鐘を鳴らしたら部の存続危機から救われた記念に絵を描いたと言われている。それからは、SF研究部の聖地として毎年クリスマスイブに巡礼をするのがしきたりになっているのだ」
なんだかあの鐘が神聖に思えてきた。
きっと当時のドラマが詰まっているに違いない。
なんてロマンチックなんだ。
「じゃあ私は恋愛成就をお願いしようかな」
秋葉はこちらを見ながらそう行ってきた。
「じゃあ私も……」
里沙も続いて発言したが途中で辞めてしまった。
「私も何をお願いするんだ?」
「何だっていいじゃない!」
里沙は顔を赤らめそっぽを向いてしまった。
一体どうしたというのだろうか。
俺には里沙が何を考えているのか分からなかった。
「そんなにツンツンしなくてもいいだろ?」
「別にツンツンしてないわ。ふふ」
今度は笑い出したぞ。
こらがツンデレというやつか。いや、きっと違うな。
続く




