140 寄り道
どれぐらいの時が経ったのだろうか。
俺はパイプ椅子に座り、こくりこくりとうたた寝をしつつ、ベッドの横で秋葉が目覚めるのを待っていた。
保健室の中は快適な温度でとても心地が良い。
「あれ? 宏くん?」
「おお、目覚めたか」
目覚めた秋葉は俺を確認し、驚いていた。
そして、彼女は時計を確認し、さらに驚いた。
「もうこんな時間だよ! ひょっとして待っててくれたの?」
「おう。秋葉のことを放っておけなくて。もう体調は大丈夫か?」
「うん! 宏くんのおかげでバッチリ!」
「俺のおかげ……?」
「そう! 寝てる間にまた宏くんの夢を見ていたの」
また俺の夢だ。
どんな内容だったかは恐ろしくて聞くことができない。
「部活は行かないの?」
「今日はいいかなって。佐々木部長にも連絡しておいた」
「そこまでして私の側にいてくれるなんて……」
「ほら、まあ、秋葉のことが心配だったし」
「宏くん……!」
秋葉は嬉しそうにベッドから起き上がり、上履きを履いた。
そして、俺の手を握ってきた。
「秋葉……?」
「嬉しい。宏くんの想い、届いているよ」
俺の想い……。
秋葉に対する俺の想い?
それは一体どのような感情なのだろうか。
その想いについて考えようとすると、なぜか秋葉以外に里沙と由香の顔が思い浮かぶ。
前にもこんなことがあったような気がする。
ああ、だめだ。頭がこんがらがって息も詰まりそうだ。
「今度は宏くんが辛そうだけど、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
「私のこと考えてたの!?♡」
「まあそんなところだ」
「うふふ。これからも私のことだけ考えててね♡」
そう言って俺を見つめる秋葉の目は燃えているかのようにギラついていた。
この目力の強さ、彼女の調子はしっかりと元に戻っているようだ。
「今日は帰るか」
「うん。そうしよっか」
「じゃあ蓮木先生にお礼を言って出よう」
「うん! やったぁ。宏くんとお帰りデートだよ」
秋葉ははしゃぎながら蓮木先生にお礼を言っていた。
俺たちが保健室を出る時、先生はウインクをした。
確かにそれは俺に向けられていたと思うが、なぜ先生がウインクをしたのか分からなかった。
俺たちは、机に置かれた鞄を取りに教室へ戻った。
教室は暗く、誰もいない。いつもと違う景色に少し緊張しながら足を踏み入れた。
電気を付けるといつもの教室がはっきりと目に入ってきたが、ここには俺と秋葉しかいない。
「早く片付けるからちょっと待っててね」
秋葉は机まで駆け足で向かうと、急いで片付けを始めた。
「そんなに慌てなくても……」
「えへへ。何だか学校に取り残されちゃう気がして」
まだ部活は行われているし、校内には先生たちも残っておりそんなはずはないが、夕暮れの教室は世界から取り残されている気がした。
焦燥感に駆られながら学校を出ると、冬の寒さが一気に俺たちを世界へ引き寄せてくれた。
「何だか今日のことは夢みたい」
「秋葉が体調崩すなんて珍しいよな」
「保健室なんて初めて使ったよ。おかげで宏くんとの距離がもっと縮まった気がする!」
秋葉は前髪をクルクルと手で弄りながら少し下を向き、歩きながらそう話した。
歩く速さはいつもより遅かった。
「あの快適な空間は居心地が良すぎた。調子が悪くなくても行きたくなる」
「サボりはダメだよ♡」
「うっ……! サボるつもりはないさ」
「私も連れて行ってくれるなら一緒にサボってみたいなぁ♡」
秋葉はこちらを向き少し微笑んでそう言った。
彼女の綺麗な瞳に俺の顔が反射している。
足取りはなお遅い。
「ねえ、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
「いいけど、体調は大丈夫か?」
「私のこと心配してくれてありがとう♡ 少しだけだから大丈夫だよ」
果たしてどこに寄って行くのだろうか。
ゲーセン、カフェ等、そういった長居するような場所ではないらしい。
その後は秋葉の先導で足を進めた。駅を過ぎ、住宅地へと進んで行く。
とうてい何かありそうな場所に思えないが、目的地は近いとのこと。
「ここだよ!」
秋葉が勢い良く指を指した先には小さな神社があった。
石畳の道の先には五段ほどの階段、そしてその先には社がある。
社の正面向かって左手には背の高い木に囲まれた公園があった。
「ここ、たまにお参りに来るの」
「へぇー、何でここに?」
「小さい頃お母さんに連れてきてもらってて、思い出の神社なんだよね」
「あっ! そうか親父さんがこのあたりの医者だからか」
「うん。病院に寄った後にここの公園で遊んでたんだよ。今はお参りしかしないけど」
「信仰深いんだな」
「落ち着きたい時は学校帰りに寄ったりしてるの。昔からお世話になってるみたいで、特別な場所なんだよね」
秋葉はそう言うと、社に向かって足を進めた。俺も彼女の後に着いていく。
何本かたてられた街灯のおかげで足元はよく見える。
先に見える社は小さくも荘厳で、まるで異界へと繋がっている入口のようだった。
そして、その前には年季の入った賽銭箱があった。
「五円玉あるかなぁ……」
秋葉は鞄から財布を取り出し、五円玉を探していた。
俺も釣られるように財布を取り出したて一緒に五円玉を探した。
続く