13 世界の中心で愛を包む
収まりのつかなくなった状況を打破する方法は1つ。
逃げるしかない。
俺と里沙がこの場にいる限り、皆んな騒ぎ続けるだろう。
逃げるは恥じたがなんとやら。
逃げるんだよォォォーッと、とっておきのやつだ。
そうと決まれば。ままよ! 後のことは後で考えよう!
俺は里沙の腕を掴み、引っ張って強引に帰ることにした。
「ちょ、ちょっと!」
しまった。思ったより力んでしまった。
突然強い力で引っ張られた里沙は、その場で躓くと俺の方へ倒れてきた。
「ごめん! あ!」
里沙が転ぶのを阻止した俺は、必然的に里沙を抱きしめる形となってしまった。
「急に何よ……って、え!?」
里沙は自分の置かれている状況を理解したようだ。
また辺りは静寂に包まれたかと思うと……。
「きゃああああああああああ!!」
一斉に、特に女子の黄色い声、叫び声が上がる。
その歓声は学校中に響きわたったのではないだろうか。
「やっぱり君たちは! 見せつけてくれるじゃないか!」
山内が煽ってくる。
「ちが……! 里沙もなんとか言ってくれ!!」
里沙は何も言わず俯いている。
「お前らしくないな!」
よく見ると顔が真っ赤だ。耳まで赤くなっている。
そして弱々しくこう言った。
「ね……ねぇ。いつまでしてるの?」
あ。
俺はなぜかずっと里沙を抱きしめたままだったのである。
もっとこう、「何してるのよ!」とか怒りそうだと思ったが、しおらしい反応だな。
「うわー、熱々……」
倉持は、いけないものでも見てしまったかのように手で顔を覆いながら、そう呟いた。
結局この後、周りの鋭い視線を背にあくせくと学校を去った。
男子からブーイングが起こっていたのは、気にしたら負けだと思う。
俺は例によって、里沙と倉持と帰路についている。
「その、なんだ。本当にすまなかった」
「いいわ、気にしていないから」
そう言いつつ、俺に目を合わせようとしない。
「あ、里沙照れてる〜」
倉持が横槍を入れる。
「ちょっと咲、からかわないで! もう……!」
「えへへ。ごめんごめん」
倉持はニヤニヤしながら謝った。こいつ、最大限に楽しんでやがる!
それから少し歩くと、里沙がきわどい発言をしてきた。
「私だって、その……一応男の人に抱きしめられたのなんて初めてだから」
一応ってなんだ!
でも、そう言われると一段と恥ずかしくなってきたぞ。
俺だって初めてなんだから。
「そ、そうなんだ……。 本当に悪かった!」
「だから気にしてないわ。でも、初めてが宏介で良かったかも」
え!? またとんでもないことを言い放ったな。
そして俺は里沙といえど、その言葉にドキッとしてしまった。
「あ、変な人じゃなくて良かったってことね!」
「あ……ああ。そりゃどうも」
不覚。俺の心臓は2速、いや、3速にギアを上げていた。
またまた倉持が横槍を入れる。
「で、宏ちゃんと里沙は付き合わないの? お似合いだと思うけど」
「な……!? 付き合うわけないでしょ!」
そうはっきり言われると傷つくもんだぜ。
「おう。その通りだ。」
少し意地になって俺もそう答えた。
確かに里沙のことは幼馴染の友達として好きだが、恋愛的な好きという感情はない。
それは里沙も同じだろう。
「ちぇー。つまんないの」
倉持は口を尖らせて、ぶーたれた。
こうして波乱の期末テストがひと段落し、いよいよあと1週間乗り切れば夏休みだ。
その後の土日は特に変わったこともなく、疲れを癒すべく過ごした。
ちなみにSF研究部は基本的に土日の活動をしない。
皆んなでどこかへ行くことがたまにあるみたいだが。
そして、今日月曜日はSF研究部の夏休み対策ミーティングとやらが開かれることになっている。
そのことで頭がいっぱいであったのだが、朝、里沙と倉持の顔を見たら、先週の出来事をはっきりと思い出してしまった。
教室の扉を開けると、すでにいたクラスメイトたちは俺の方を見てヒソヒソと話し始めた。
「おはー!」
「うっす」
笹川は今日も元気だ。
「さっそく噂になってるぞー」
「だろうな」
「で、本当はどうなの?」
「だから、誤解だって!」
「ふーん」
笹川はジト目で俺を見ている。絶対に怪しんでいる。
笹川は髪をファサッと手で撫でるとフッと笑った。
「ふっ。まあ私はどんな時でもお前たちの味方だからなー」
まるで悪者みたいな言い方だな。
そうか、高嶺の花との恋は、禁断の恋という認識があるんだな。
やはり里沙と付き合う男は相当苦労するだろう。
「おはよう。さっそく噂になっているようだね」
「おう! 予想どおりだ……」
山内が朝から煽ってくる。
多分、本人は煽っているつもりはないが、なぜかそう聞こえてしまう。
「本当になんでこうなったんだろうな」
「僕は鈴木君のことが羨ましいよ、あんな可愛い彼女がいて」
「だから彼女じゃないって! それに、お前こそ本当に彼女がいてもおかしくないと思うんだが」
「いないさ」
山内ほどのイケメンだったら本当にいてもおかしくないはず。
モデルとかイケメン俳優になっててもおかしくないぐらいイケメンだと思う。
「付き合ってもすぐに別れちゃうんだ。中学時代も3人付き合ったんだけど、長続きしなかった。なぜだろうね」
あっ。これ以上の詮索は止そう。
イケメンが台無しになるかもしれない。
席に着くと、秋葉にも聞かれてしまった。
「ねぇ……鈴木君って7組の関野さんと付き合ってるの?」
皆まで言うな!
「違うからな。な。秋葉なら信じてくれるだろ?」
俺は勢い余って、グイグイと秋葉に迫った。
「わああ……。顔が近いよ」
「すまん」
慌てて体勢を戻した。
「とにかく信じてくれ」
「……」
なんてこった! 秋葉までジト目をしてきやがる。
そして、授業も終わり放課後になると、俺は途中に偶然合流した里沙とDルームへ向かった。
Dルームへ到着し、中に入るやいなや部長が開口一番野次を飛ばしてきた。
「よっ! 仲良し夫婦!」
メガネを輝かせ、楽しそうに宣っている。
「部長!!」
俺と里沙はまたまたハモりながら大声を出した。
「ははは! 息ぴったりエクセレント!」
「からかわないでください!」
里沙は頬を膨らまし、反抗した。
「やっぱり2人ともそうなんだ」
「だから誤解だって!」
先に来ていた笹川も冷やかしを入れる。
朝もこんなやりとりしなかったっけ?
「私はお似合いだと思うな。記念にこのハート型のサボテンあげよっか?」
結構です。柚子先輩までも言ってくるとは、悲しいなぁ。
「すごい噂になってるよ。皆んなの前で抱きしめあってキスしたとか」
とんでもねー噂に仕上がっておる。誰だそんな嘘を混ぜたのは!
「き……キス!? 私と宏介が!?」
「うむ。俺たち2年の間でも瞬く間に噂が広がったぞ。ま、この学校で知らない生徒はいないだろうな」
部長は終始、ニヤニヤしている。この人も悪い人だな。
「それにしてもお前たちも隅に置けないな。俺たちは気にしないから存分にいちゃついてくれ」
「だから付き合ってません! キスもしてないし!」
「そうです! 私と宏介がキスなんて……!」
何でそこで恥ずかしがってんの!? しっかり否定してくれ!
「とにかく、宏介とはただの幼馴染で他の皆んなより少し仲が良い程度ですし、抱きしめられたのも事故なんです」
「ほぉ〜。でも一つ屋根の下、鈴木の家で夜遅くまで一緒に密会を開いたそうじゃないか」
何でそうなるの! ってかそんなところまで噂になってるのかよ。
「それはあくまで勉強会をしただけです。俺の妹も一緒にやってました」
「はいダウト」
「本当ですって!」
部長、柚子先輩、笹川は俺と里沙を終始ニヤニヤして見ていた。
噂話にはとんでもない尾ひれまで付いているようだし、もう手遅れかもしれん。
そんなこんなで気をとりなおして、部長以外席に着くと、いよいよミーティングが始まる。
「よし! それじゃあ夏休みの計画を練りねりするぞ〜」
部長はそう言うと、ホワイトボードを机の前に持ってきた。
そして、何やら記入を始めた。
『2017年夏! SF研究部はどこへ行く!?』
ホワイトボードにはそうデカデカと描かれている。
続く




