134 ヤンデレちゃんはあわてんぼう
ある日、俺に渡された一つのプレゼントがきっかけだった。
期末テスト後のホームルームを終え、席に座ったまま開放感に浸っている最中、秋葉から声をかけられた。
何だろうかと思い後ろの席にいた秋葉の方を向くと、彼女は鞄の中を探っていた。
そして、リボンのアクセントが可愛らしい赤い袋を俺に渡してきた。
「はい、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
へ!? クリスマスプレゼント!?
その時、俺も含め世界が一瞬固まったような気がした。
そして、俺たちの様子を見たクラスメイトたちが騒ついた。
「あ……ありがとう。いいのか……?」
「うん! 私が愛情込めて編んだマフラーだよ。使ってね」
マジか……? マジっすか!?
女子の手編みマフラーという魅力的な言葉を聞いた俺は、色々な意味で動揺していた。
「あ……え……ええ!? マフラー!?」
「本当はもっと早く渡したかったけど時間がかかっちゃった」
俺はなんて幸せ者なんだ。
秋葉が愛情を込めたマフラーを……。
……愛情を込めた?
それって……?
俺はこのマフラーを受け取って良かったのだろうか。
いやいや、秋葉がせっかく編んでくれたマフラーだぜ。受け取るしか選択肢はないじゃないか。
「気に入ってもらえると良いな♡」
「大切にするよ」
俺はマフラーを鞄にしまった。
秋葉はとても嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「その……関野さんとか、他の誰かからクリスマスプレゼントは貰ったの?」
「貰ってないな。まだ時間があるし、秋葉がちょっと早すぎるのでは?」
「そっか。私が一番ってことだよね?」
「まあ、そういうことだな」
「私が一番……♡ えへへ」
秋葉さん……? こっちの世界に帰ってきてください。
彼女は赤くなった頬を押さえながら、どこか遠くの世界を見ていた。
「鈴木! 何を貰ったんだ?」
俺たちのやり取りを見ていた笹川がちょっかいをかけてきた。
「内緒だ」
「教えてくれてもいいじゃん!」
「私が編んだマフラーだよ」
俺の代わりに秋葉が答えた。
今度は秋葉の笑みが怖く見えるぜ。
「本当に!? なみっちすごいじゃん! 私にも編んでよ」
「宏くんにだけ編んだから、真美ちゃんには渡せないかな」
「あ、嫉妬しちゃう!」
「そうだ! SF研究部の皆で今度プレゼント交換会しようね」
「賛成! 楽しみになってきたぞ〜。それに、良いことも聞いたし……」
笹川は俺の肩を軽く叩いてきた。
一体何の合図だ?
「じゃ、そういうことでー」
今日は部活も休み。
笹川は足早に教室から出て行ってしまった。
「嵐のような奴だな」
「真美ちゃんはいっつも元気だね」
その後、俺たちも教室を後にして帰路に着いた。
今回のテストも上出来だったな。里沙先生のもとスパルタ教育を受けたわけだが、これまた重要なポイントが抑えられており非常に役立った。
塾に行く生徒もちらほらいるみたいだが、里沙先生がいてくれれば俺と亜子に怖いものなどない。
俺は、一旦家に帰り着替えるとプリンを買うために外へ出た。向かった先は駅前のカフェだ。以前に里沙と訪れたことがあり、ミルクプリンが美味しい。
男一人では少々入りづらい雰囲気だが、お礼のために勇気を出して入店した。
そして、綺麗な店員のお姉さんへの注文に緊張しながらプリンを買う。
俺に向けられた営業スマイルであろう魔性の笑顔は、他の客も魅了してきたに違いない。
さて、無事プリンを買い終えた俺は里沙に連絡を入れ、届けに向かった。
チャイムを押すまでもなく、家の前に到着した時には里沙が待ち構えていた。
「はい、お礼のプリン。今回も助かったぜ。ありがとう」
「お礼なんていいのに。結果発表が楽しみね」
「里沙のおかげで自信はあるけど、やっぱり心配でもあるな。そういうお前も一位は取れそうか?」
「当たり前でしょ。私が一位じゃなかったら誰が一位なのよ?」
おお、自信満々。
一体その自信はどこから湧いてくるのか不思議だが、里沙にはとってもお似合いのセリフだ。
「それと、クリスマスプレゼントを貰ったらしいわね?」
「えっ!? なぜそれを!?」
「真美から連絡が入ったの」
「ま……まあ、クリスマスも近いからな。プレゼントの一つぐらいあってもおかしくないだろう」
「ふーん……。何を貰ったの?」
「マフラーだ」
「そう。分かったわ。私もプレゼントを贈るんだから」
「へ!? 里沙もくれるのか?」
「皆でする交換会とは別にね。私と宏介だけのプレゼント交換会よ! あと、イルミネーションのこと忘れてないわよね?」
「もちろんだ。ばっちり覚えている」
おいおい。今年のクリスマスは忙しくなりそうだぜ。
俺の心の中は期待でいっぱいだ。すでに破裂寸前の風船のように膨らんでしまっている。
テレビでクリスマス関係のコマーシャルが流れる度に反応してしまう自分が恥ずかしい。
そんな心持ちの中迎えた休み明け、誰もが師走の雰囲気に当てられる中、俺も落ち着かない心持ちで学校へ向かった。
秋葉に貰ったマフラーが、冷たい風から俺を守ってくれている。
「おはよう! 今日も寒いね」
校門を過ぎた直後、俺たちに声をかけてきたのは秋葉だった。
「おはよう、秋葉さん」
「おはよー! 秋葉ちゃん!」
里沙と倉持の明るい声が響く。
俺も挨拶をと思ったが、秋葉の姿を見て言葉が出なくなってしまった。
「あれ? 秋葉さん、そのマフラーって宏介と一緒の……?」
「えへへ。そうなんだよねぇ。宏くんとお揃いだよ」
秋葉の首にはプレゼントで貰ったマフラーと全く同じマフラーが巻かれていた。
続く




