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清楚な幼馴染なんて存在するはずがない!  作者: えすけ
恋の刺客と愛の資格編
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133 灯火

 高台に登ってからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 このまま暗闇に溶けて街に吸い込まれそうな気がした。

 ああ、何だかこのまま天国に行けそうだ。


「宏介、ここで寝たら凍死するわ」

「はっ……!」


 俺はあまりの居心地のよさで睡魔に襲われていた。


「そろそろ帰る? 冷静に考えて朝までいたら風邪を引いちゃうわ」

「風邪で済めばいいけどな、ははは……」


 俺たちは重い腰を上げ、高台を後にした。

 少し名残惜しかったが、来ようと思えばいつでも来られる。

 自転車に乗り、行きの道を戻って帰る。あれだけの坂道が今度は下り坂だ。


「こっちから見るとすごい下り坂ね。躊躇っちゃうぐらい」

「一思いに行くか?」

「ううん。ゆっくり降りるわ」


 自転車のブレーキをフル稼働させながら俺たちは坂を下った。

 冬の夜風にマフラーが靡き、寒さに身を震わせた。


「寒い! また体が冷えてるぜ」

「ふふ。もう一回登る?」

「そ……それは辞めておこう」


 これ以上は明日に響く。

 特に足の筋肉が悲鳴をあげそうだ。

 もはや帰りの道のりでさえ俺の体に影響を及ぼすのではないかと心配だ。


「自転車を漕いでいたらお腹減っちゃった」

「確かに……。小腹が空いたな」


 俺たちは虫のように灯りに吸い寄せられ、コンビニエンスストアへ入った。

 入店音と共に「イラシャイマセー」と片言の日本語が聞こえた。

 俺たち以外に客はいない。それでも営業を続ける夜中のコンビニは異様な輝きを放っていた。

 里沙は店内を見回ることなくレジへ直行した。俺もその後に続く。

 そしてお互いに肉まんを購入し、外へ出た。

 まだ湯気の出ている肉まんを一口かじって冷えた体に流し込む。


「美味しい。コンビニの肉まんってクオリティ高いよ」

「そうね。久しぶりに食べたけど、この味が癖になりそう」

「こんな時間にガツンと食べて大丈夫か?」

「気にしたら負けよ。それに1日ぐらい不摂生しても平気」

「その油断がお肌の敵だぜ」


 里沙の口が一瞬止まったが、再びすぐに動き出した。


「今、後悔した?」

「してない。明日ニキビができたら宏介のせいだから」

「何でだよ! 理不尽すぎる!」

「ふふふ。きっと大丈夫よ」


 里沙は楽しそうに笑っていた。

 それにつられて俺も笑った。

 この時間が永遠に続けばいいのにと心の底から思った。

 しばらくして肉まんを食べ終え、再び家に向かって自転車を漕ぎ始めた。

 マンションに帰った頃には、良い感じの疲れ具合だった。今夜はぐっすり眠られそうだ。


「ふぅ……。ちょっと休憩」


 里沙はロビーのソファに勢いよく座った。

 そして、俺にも座るよう促した。

 俺は、彼女の指示通りソファに座った。


「今日は付き合ってくれてありがとう」

「俺で良ければいつでも呼んでくれ」

「そうね。今度また咲も一緒に遊びに行きましょ」

「倉持か。最近会ってないんだよな」

「それなら尚更ね。そうと決まれば早いわ。明日さっそく誘ってみる」

「マジか! 頼んだ!」


 マンションのロビーは特に暖かいわけではなく、外にいるよりかマシな程度だった。


「それと……。次の夜景シリーズは何にしようかしら?」

「もう第三弾を決めるのか!?」

「そうよ! 思いついたらすぐ行動よ!」


 蛍、街の灯りと来たら次は何だ?

 経験の乏しい俺には全くロマンチックなことが思いつかない。


「次は何を見に行くんだ……?」

「季節は冬。そして、何を隠そう12月よ!」

「お……おう。それで……?」

「ピンと来ないの!?」

「残念ながら来ないんだなこれが」

「そう……。残念ね」

「全くだ。それで、一体どこなんだ」

「さあ、家に帰るわよ」


 里沙は急に立ち上がり、エレベーターに向かい始めた。


「待て待て! 結局どこへ行くんだよ!」

「どうしても知りたいの?」

「ああ、どうしてもだ」

「12月といえばクリスマスでしょ? クリスマスといえばイルミネーションね」

「ああ〜。そういえばそうだ」

「だから早めに日程を決めないと終わってしまうのよ」

「じゃあベタにクリスマスの日なんてどうだ?」

「へ!?」

「ははは。何だその返事」

「ご……ごめん。いいわ! 今年のクリスマスは宏介とイルミネーションを見に行く」


 勢いで言ってしまったが、内心バクバクだ。

 収まりきらない感情を散らすために、このまま自転車に跨り、スプリンターのように街を突き抜けたい。


「あとは場所だけだな」

「それは私が決めても大丈夫?」

「うん、任せる」


 クリスマスの約束を果たした俺たちは今度こそ家に帰った。

 家に帰るなり亜子がちょっかいをかけてきた。


「お兄ちゃん、どこへ行ってたの?」

「ん? ちょっと野暮用でな」

「へぇ〜。里沙姉と一緒なのに野暮用なの?」

「何で知ってるんだ!」

「あ! やっぱりそうなんだ!」


 亜子のやつ、カマをかけやがったな。


「別に隠すことないじゃん。それで、どこへ行ってたの?」

「どこへ行ってたかは里沙の命令で言えないんだ」

「本当に〜? 後で里沙姉にも聞いてみよっ!」

「悪いことは言わない、やめとけ。シバかれるぞ」

「里沙姉はそんな酷いことしないもん!」


 あの場所は里沙と俺だけの秘密。誰にも教えるわけにはいかない。

 だって俺たちの心をほんのすこし置いてきたような、心の故郷になるような、そんな場所だから。

 街の灯りは今日も輝き続けているだろう。俺たちに生を語りかけ、愛の資格を与えてくれる灯火が。


続く

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