131 行きたくなった場所がある
家の片付けが終わる頃、空はすっかり暗くなっていた。
行きと同じように親父の車に乗り込み、家へと帰った。
帰りの車内では疲れからか、皆眠っていた。
「お前は疲れていないのか?」
俺もうつらうつらとしていたところ、不意に親父が話しかけてきた。
「疲れた。半分寝てたかも」
「やっぱりな。かくいう俺も眠い」
「親父! 起きてくれ!」
「ははは! 冗談だ」
「笑えないぜ……」
「運転手たるもの皆の命を預かっているからには、気を抜けん」
脅かしやがって。
その意気込みで最後まで頼みたい。
「そういえば開かずの間は、あのまま?」
「そうだ。その代わり家の価格が少し落ちたがな」
「へぇ。あんな部屋があっても売れたんだ」
「まぁ、気をつけて使うからいいらしい」
酔狂な人もいるもんだ。
その後、俺は今日あった出来事に思いを馳せながら眠りについた。
次に目を覚ましたのは途中で寄ったサービスエリアだった。
他の皆も目を覚まし、お手洗い休憩となった。
「お母さんにお土産でも買っていこー!」
亜子は元気よくお土産コーナーに突っ走っていった。
目覚めてすぐに元気な妹だ。俺もあれぐらいの活力が欲しい。
俺はお手洗いを済ませると、景色の見渡せるベンチに腰掛けた。
山の中にあるサービスエリアからは町の夜景が一望できた。
「へぇ……。こんなところに良い場所あるじゃん……」
思わず呟いた。
「そうね。夜景がこんなに綺麗……」
俺の独り言に反応しながら里沙が隣に腰掛けてきた。
「なんだ。居たのか」
「なんだとは何よ。私だってロマンチックな気分になりたい時だってあるの」
「ロマンチックね。里沙に似合うのか似合わないのか分からないぜ」
「馬鹿にしないでよ」
里沙は肘で軽く俺の体を押してきた。
「ごめんって」
「心がこもってない……」
ほんのすこし沈黙が続いた。
「あははは……!」
「ははは……!」
それから俺たちは笑い合った。
「きっとこの雰囲気が私に似合わないことを言わせたのよ」
「この綺麗な景色だ。無理もない」
たまにはロマンチックになりたい時だってあるさ。
ほら、町はこんなにも綺麗で幻想的だ。
「私たちの住んでいる町もこんなに綺麗かしら?」
「そういえば普段から気にしたことがないな」
「だったら見に行ってみない?」
「ああそれもいい…‥。って本気か?」
「本気よ。今日の夜、丘の上に行くの」
「今日!?」
「今日よ。夜ご飯を食べた後、マンションのロビーに集合」
里沙は行く気満々だった。
マンションから見える景色で良さそうだと思ったが、そういう無粋なことは言わないことにした。
「少し距離があるから自転車で行くわ」
「了解」
「夜景シリーズ第二弾ね」
「第二弾……?」
「忘れたの!? 蛍を見に行ったわ」
「ああ! そういうことね!」
「もう……!」
サービスエリアでの休憩を終え、車は再び走り出した。
全員が完全に目を覚ましたので、家に着くまで賑わしい車内となった。
家に帰るとちょうど母さんがテーブルに皿を並べていた。
ベストタイミングで帰ってこれたようだ。
「お疲れ様。今日はお腹も空いてるでしょうからトンカツにしたわ」
油物の香ばしい香りがリビングに漂っていた。
匂いだけでお腹がさらに減るぜ。
俺は手洗いを済ませ、席に着いた。
まだ湯気の出ているトンカツにソースをかける。湯気に乗ってソースの酸っぱい香りが鼻をつく。
俺の正面では親父がビールを缶からコップに注いでいた。注ぎ終わると、すぐにコップの半分ぐらいビールを喉に流し込んだ。
俺はその勢いに押されるように、トンカツを一切れ口に入れた。サクッと衣の音を立てながら肉を噛む。熱い肉汁が口の中に流れ込んだ。
肉も柔らかく、すぐに平らげてしまいそうだ。
「お母さんのトンカツが一番だね〜」
「まあ、亜子ったら。明日もトンカツにしようかしら」
亜子がいつもの調子で料理を褒める。
彼女のおかげで同じメニューが続くことがたまにある。
その度に亜子が「また同じメニュー!?」と文句を垂れ、母さんに「作るのだって大変なんだから」と怒られる光景はもはや名物だ。
そんないつもの食卓から俺は早めに離脱をした。そして自転車の鍵を手に取り、母さんに一言「ちょっとそこまで行ってくる。すぐ戻るから」と伝えロビーに向かった。
里沙はロビーのソファーに座り、俺をすでに待っていた。
「ようやくね。さあ、行くわよ!」
「本当に大丈夫か? 高校生の女の子がこんな時間に」
「私を女の子扱いしてくれるの?」
「そ……そりゃそうだ」
「ふーん……。大丈夫よ、思い立ったらすぐ行動しないとね」
俺と里沙は、さっそくロビーを出て駐輪場へ向かった。
そして普段あまり乗ることのない自転車に乗ると、慣れない操作で漕ぎ始めた。
夜の寒さが身にしみる。マフラーを着用しておいて正解だった。
「丘まで結構あるよな」
「ええ! あとは寝るだけなんだから大丈夫でしょ?」
俺たちが向かったのは、マンションから自転車で20分ほどの記念碑が建てられている丘だ。
運動不足の俺にとっては少々堪える距離である。明日の学校に響かないか心配だ。
「このことは誰にも言ってはダメよ」
「なぜだ……?」
「何でも! 綺麗な夜景の見える場所だったら隠れスポットにしたいの」
そこまで丘から見える景色に期待をしているのか。
とにかく、自分たちで確かめてそれが心に響く場所だったら素晴らしいことじゃないかな。
俺たちは白い息を置き去りにしながら、自転車をこぎ続けた。
続く




