129 秘密の胸中
俺は鍵を由香に渡すと、彼女は大事そうに鍵を鞄にしまいこんだ。
「それで、何の鍵だ?」
「ししし、内緒ー。」
由香はいたずらな笑みを浮かべて俺たちを焦らした。
里沙と亜子には、鍵について心当たりがないようだ。
タイムカプセルをひとしきり楽しんだ後は、親父のもとへ戻った。
片付けはまだまだ終わっていないようだが、予定通りまずは皆んなで昼食を食べに行くことになった。
歩いていくことができる近所の喫茶店へと、俺たちは足を運んだ。
もちろんお店の人とは顔見知りである。
喫茶店の扉を開けると、カランコロンと優しい鐘の音がした。
お店のおばちゃんはこちらを見て、あいさつをした。
「いらっしゃい。……って久しぶりじゃない!」
「半年以上ぶりかな。調子はどう?」
「鈴木さんたちが来てくれないから商売あがったりよ」
「ははは、手厳しいな」
「うふふ、冗談よ。宏介君に亜子ちゃん、それから見覚えのある美少女が二人もいるわよ」
「里沙ちゃんに由香ちゃんだ。二人とも綺麗になったさ」
「本当にね〜。それに随分と大人しくなったように思えるわ。昔は……」
「おばちゃん、その話はまた今度で」
昔話に入りそうになったところで、里沙が待ったをかけた。
気になる。おばちゃんの口からどんな傍若無人エピソードが飛び出すのか、いつかは聞いてみたい。
俺たちは席に着き、メニューを眺めた。
一通り食べたことがあり、どれも美味しくて迷ってしまう。
うーん……。久しぶりに来たし、名物を頼んでみよう。
俺はイタリアンスパゲティという一風変わったスパゲティを注文した。
熱々の小さな鉄板の上に玉子が敷かれ、さらにその上にケチャップで味付けされたスパゲティがのっている。
濃い味でボリュームがあって、老若男女から愛される一品だ。
美味しく昼食をいただいた後は、いよいよ家の片付けだ。
親父曰く細かい物の整理はほとんどできていないらしい。
全部捨ててしまおう、そういうわけにはいかないのだろうか。
家に戻り玄関に入ると、突如表現のし難い感覚に陥った。
皆んなが家に上がっていく中、俺だけその場で立ち尽くしていた。
「お兄ちゃん、ボーッとして何してるの?」
「え……? ああ、ちょっとな」
亜子に声をかけられ現実に引き戻された。
その感覚の正体が切なさや寂しさなのか、俺には分からない。
さて、ひとまずリビングで作戦会議だ。
親父から各部屋を見て回り、使えそうな物と処分する物を分けるようにと指令が下った。
実に大雑把な指令である。使えそうかどうかは各個人の判断に任せるという。
俺と亜子はともかく里沙と由香に任せて大丈夫だろうか……。
とまあ、俺は不安を残しつつ片付けに向かった。
もちろん向かう先は自分の部屋だが、残した物はなかったはず。一応確認をしに行くわけだ。
二階に上がり自分の部屋の扉を開けると、空っぽの空間が現れた。
俺は、ほら何も残っていない、と安心しつつ部屋に入った。
「へー、空っぽじゃん」
「宏介の部屋ってもともとはこんなに広かったのね」
「お兄ちゃんの部屋だー」
待て待て待て。なぜお前たちまでいる!?
「綺麗さっぱりだけど、面白くないわね」
里沙が部屋を見渡し、そう感想をつぶやいた。
悪かったな、つまらなくて。
「まだ未確認の場所があるよー」
由香が指差したのは押入れだった。
残念、そこも片付けてある。俺に死角はない!
亜子が勢いよく押入れの扉を開けた。
そこに現れたのは何もない真っ暗な空間。
「えー! 何もない!」
「ちょっと待って!」
押入れに上半身を入れて覗き込む由香から申し出があった。
イタチかゴキブリでもいたか?
由香は、押入れの奥底から何かを引っ張り出してきた。
「面白そうなもの発見! 押入れの奥で眠ってた」
「クッキーの缶……?」
由香が手に持つ缶を里沙が不思議そうに見つめる。
そして何かに気づいたのか、勢いよく缶を由香から奪い去った。
「急にどうしたの?」
「ちょ……ちょっとね……」
里沙はかなり動揺していた。
見られたらいけない物でも入っているのだろうか。
ちなみに俺は押入れにその缶を入れた覚えはない。
「里沙〜! そう言われると気になるでしょ?」
由香は今にも、里沙に襲い掛かりそうだ。
「とりあえず帰ったら私だけで中を確認するから。話はそれから……」
空を裂く音が聞こえた。
由香は里沙から缶を奪い去ろうと勢いよく手を伸ばしていた。
しかし、里沙はすかさずそれを避けたのだ。
恐ろしく早い攻撃、俺だったらやられているな。
「渡しなさい、里沙! これは先輩命令よ〜」
「くっ……。脅迫だわ……!」
「えいっ!」
里沙と由香が対峙している間に亜子が死角から缶を取って見せた。
「隙ありっ!」
「あっ!」
亜子はそのままの流れで缶の蓋を開けた。
すると、中には一枚の折りたたまれた紙が入っていた。
「あっ! 開いちゃダメよ」
「そう言われると開きたくなるのが私なんだよね〜」
亜子は紙を開くと、まず自分一人で何が書いてあるのか確認した。
衝撃的な内容だったのか、とても驚いた顔をした。
「こ……これはっ……!?」
「幼い頃の過ちよ」
亜子は慎重に紙を折りたたむと、ポケットの奥に、落ちないようにしまい込んでしまった。
「ずるい! 何が書いてあったの!?」
「衝撃的すぎて忘れちゃった。てへぺろ」
絶対嘘だ。
俺と由香に見せられない内容とは一体。
「ふふふ。亜子は良い子ね。後でアイスクリームを買ってあげる」
「やったー!」
完全に買収されやがった。
俺も由香も一旦諦めて家の片付けに戻ったが、絶対に確認しようとお互いアイコンタクトで示しあった。
続く




