125 約束のソング・フォー・ユー
「お兄ちゃん! 私たちの間に隠し事はなしでしょ!?」
「別に隠していたわけじゃ……」
「今の女の人は誰? まさかお兄ちゃん、年上のお姉さんと付き合ってたなんて……!?」
「話が飛躍しすぎ! 秋葉繋がりの知り合いってだけだ」
「秋葉さんって前お見舞いに来てた人だよね?」
「おう、そうだ」
「そっかぁ……」
亜子は「なぁんだ、つまんない」とでも言いたげな顔をした。
噂好きのおばちゃんが抱くような期待に応えられなくて悪いな。
高橋さんは、亜子よりの人間に違いない。きっと仲良くなれるはずだ。
「じゃあ、今から懐かしい歌を披露しまーす!」
亜子はそう言って立ち上がり、熱唱の準備をした。
流れてきたメロディーに俺は衝撃を受けた。
「この曲は……!?」
すっぽり抜けていた記憶がパズルのように頭の中に当てはまる。
何か、とても重要なことがあったはずだ。
「懐かしい。由香が大好きだった曲」
そうか。俺たちが小学生だった頃に活動をしていたロックバンドの曲だ。まさかこんなところで思い出すことになるとは。
由香がバンド活動を始めたのも、このバンドや曲の影響があったからかもしれない。
俺は懐かしい思いを胸に抱き、亜子の歌う曲を聞いていた。
色々あったけど、何だかんだ当時のことはいい思い出だな。
そして曲中盤の歌詞を聞いた時、さらに衝撃が走った。
「昔君から借りた本に今更だけど手紙を挟んで返すよ」
亜子は何気なく歌ったが、俺はいてもたってもいられなくなった。
文化祭前、由香から返却された本のことが気になってしょうがない。
歌詞通りであれば、あの本の中に手紙が入っているはず。
「どうしたの? 急に真剣な顔つきになって」
里沙が俺にそう問いかけた。
「昔の懐かしい思い出が一気に呼び起こされて疲れた……」
「そんなに?」
「由香との思い出は一つひとつが濃いからな」
「確かにそうかも……」
里沙は優しい笑みを浮かべた。
彼女は由香のことが大好きなのであろう。
亜子は歌い終わるとフライドポテトをつまんだ。
美味しそうに、「ここのフライドポテトは塩が効いていて美味しいんだよね」と感想を述べた。
「よく覚えてたな」
俺は、フライドポテトを食べている亜子に向かってそう言った。
「普通覚えてるよ。何で忘れるか不思議〜」
なぜその曲を忘れていたのか、自分でも不思議だ。
そして、約束のこともはっきり思い出した。
当時、この歌に憧れた由香が俺から半ば強引に本を借りたんだ。それから何年も先に歌詞通り本を返すと約束した。
結局、由香は転校してしまい、その約束が果たされることはなかった。
しかし、高校になって再会した今、俺に本が返却された。後は俺が本の中の手紙を読めば約束が果たされる。
返してもらった時に少しでも本を開いていたらすぐに思い出せたに違いない。
俺はフライドポテトを食べ、ジュースを流し込み、ごちゃごちゃになった頭をリフレッシュさせた。
家に帰ったらすぐに確認しよう。それまではカラオケに集中だ。
「さぁさぁ! お兄ちゃん! 十八番はないのかな?」
「俺? 十八番なんてないぞ。カラオケは今日で二回目だし……」
「じゃあこの曲で!」
亜子は俺の歌う曲を勝手に入れた。
流れてきた曲は国民的アイドルグループの曲だった。
曲自体は知っているため、俺は最後まで歌いきることができた。
「うーん……。何だか違う」
「そうね……。宏介はこっちの曲の方が似合いそう」
今度は里沙が勝手に曲を入れた。
少し昔に流行りまくったポップだったが、これもまた知っているため歌いきることができた。
「上手いけど、十八番じゃないわね」
「ね。あ、これなんか良さそうじゃない?」
「待て待て! お前ら俺で遊んでないか!?」
二曲連続で歌うのって意外と疲れるな。
ライブで歌いまくる歌手たちはさすがプロだ。俺なら途中で声が出なくなるね。
「遊んでなんかないよ。楽しませてもらってるんだよ」
「亜子……! 物は言いようだ!」
「えへへー。バレちった」
里沙は俺たちのやり取りを聞いてクスクスと笑った。
うむ。里沙が楽しそうで何より。
その後もカラオケを思う存分楽しんだ俺たちは帰宅した。
家に帰ると丁度夕食の準備がされていたが、飯を食ってる場合じゃねぇと心の中で叫び、すぐさま部屋へ向かった。
そして、本棚の中で眠っていた例の本に手をかけた。
その瞬間、俺の部屋の扉が勢いよく開いた。扉を開けたのは亜子だった。
「お兄ちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」
「ん? ちょっと思い出したことがあってな」
俺は本に手をかけたまま、顔だけを亜子に向けてそう答えた。
「そんなにエロ本のことが気になってたの!?」
「ばかっ……! 声がでかい! それにエロ本じゃない!」
「じゃあ何?」
「由香に返してもらった本のことを思い出したんだ」
「そうなんだ……。後で報告してよね」
「後でな」
亜子はそれ以外何も言わず、扉をそっと閉じた。全く、驚かせやがって。
俺は今度こそ本を取り出し、手のひらに乗せた。
何かが挟まっているのか、隙間のできているページを発見した。
ふぅと一呼吸置き、高鳴る心臓を感じながらそのページをめくった。
すると、一枚の紙が本から溢れ、宙を舞い床に落ちた。手紙……? ではなさそうだ。
破れないように優しく紙を拾うと、そこに書かれた文章を確認した。
続く




