123 今日という日は終わらない
佐々木部長と俺がキスのことで盛り上がっていると、柚子先輩がお手洗いから戻って来た。
「あ、宏介君。また会ったね」
「どうも。今タツノオトシゴフィギュアについて聞いていたところです」
「へ!? そ……それを知っているってことは二人も……!? ……って里沙ちゃんは?」
柚子先輩はかなり動揺した様子であった。さすがにキスとなれば恥ずかしいよな。
「里沙とはぐれてしまいました。お土産コーナーのどこかにいるはずです」
「一緒に探そっか?」
「大丈夫です。お二人の邪魔をするわけにはいきませんから!」
俺は佐々木部長にアイコンタクトを送った。もちろん、お二人でごゆっくりという意味を込めて。
「ははは。何だその目は」
「何って……。そういうことですよ」
渋い顔をしている佐々木部長の隣で柚子先輩は頭上にはてなマークを浮かべ意味が分からなさそうにしていた。
「ひょっとしてどこにキスしたか話したの!?」
「は……話してない! ただ、鈴木がしつこいだけだ」
「このことはまた後日に話しましょう」
「えー。教えないよ。お互い秘密ってことで」
照れ臭そうに微笑んだ柚子先輩の笑顔は相変わらず天使のようだ。
佐々木部長、この天使を泣かせるようなことがあったら俺たちは総出であなたをしばきますからね。
お土産コーナーから去る二人を見送った後は里沙を探した。
ちょうど、ぬいぐるみなどが置いてある所に彼女の後姿を発見した。
魚の形をしたふかふかの帽子を試着しているようだ。
俺はすかさずスマートフォンを取り出し、写真を撮った。
大きな音でパシャリと鳴った音に里沙が気づき、こちらに振り返った。
「似合ってるぞー」
「今撮ったわね?」
里沙は帽子を急いで頭から取って棚に戻した。
そんなに焦らなくてもバッチリその勇姿は写真に収まっているわけだが……。
「内緒だ。その帽子が欲しいのか?」
「絶対に撮った……。欲しくはない。ちょっと試してただけ。さ、亜子へのお土産を買わなきゃ!」
そして里沙は何事もなかったかのように振る舞った。
ははーん。心の中で気にしている感じだな。
「里沙船長! あの帽子、似合ってたと思います!」
「……。ふざけてるの?」
里沙は冷ややかな視線を俺に送ってきた。
「そんなわけないさ。可愛かったぞ。ささ、亜子に何を買おうかな〜」
「本当、都合がいいんだから」
結局、亜子へのお土産としてクッキーを買った。
魚の形をした可愛らしくて美味しそうなやつだ。
水族館を後にした俺たちは昼食場所を探したが、特に周辺に飲食店があるわけではなかった。
仕方なく嵐ヶ丘駅まで戻ってからお店を探すことにした。
時刻は12時過ぎ。お腹もペコペコですよ。
さて、嵐ヶ丘駅まで戻って来たぞ。何を食べようか。
「里沙は何が食べたい?」
「そうね……」
俺と同じく、里沙も悩んでいるようだ。
詳しいようで詳しくない地元駅の界隈。たまには開拓もいいじゃないか。
「回転寿司なんてどうだ? 新鮮なお魚を……」
「ちょっと! 水族館に行ったばかりでお寿司なんて食べられるわけないでしょ!」
「はは……。そりゃそうか」
水族館で見たマグロとかタイとか、食用にもなる魚に俺の胃袋が反応したのはここだけの話にしておこう。
駅の構内から出てお店をしばらく探したが、無難なファミレスにしようという案に落ち着いた。
昼食を済ました後は家に帰った。まだ夕方にもなっていないため、物足りない気はしたが、幼馴染の美少女とこうして遊べているだけでも贅沢だ。
マンションに着き、部屋の前で里沙とバイバイをして別れた。
扉を開け「ただいまー」と言うとすぐに亜子が駆けつけて来た。
「おかえりー! どうだった?」
「まあ待て。こんなところで何だからリビングでな」
「はーい!」
リビングは静かだった。テレビもつけられていなければ、電気さえもついていない。
親父と母さんは二人で買い物にでかけたらしい。
俺は亜子にお土産を渡した。
「わーい! ありがとう!」
「里沙が買ってくれたキーホルダーも入っているからな」
「え!? 里沙姉も!? お礼を言ってこなくちゃ!」
亜子はお土産を受け取るやいなや、ドタバタと部屋を出て、隣の里沙の家までお礼を言いに行った。
さっきから忙しいやつだ。パワーに満ち溢れている。
しばらくして戻って来たかと思うと今度は突拍子もないことを言い始めた。
「お兄ちゃん! これから里沙姉と一緒にカラオケに行くよー!」
「はぁ!? 何がどうなったらその展開になるんだ!?」
「細かいことは気にしないの! ほら、今日はまだ終わってないよ」
何でこうなるの! 嫌じゃないけどさ、せわしないぜ。
カラオケと言えば、以前秋葉と行った時がデビュー戦だっけ。里沙の前で歌うなんて緊張するなぁ。
俺は軽く咳払いをして喉の調子を確かめた。幸いコンディションは良い感じだ。
こうして、俺と亜子と里沙の三人で嵐ヶ丘駅前のカラオケに向かった。
道中、俺と里沙はルンルン気分で歩く亜子の後に続いた。
「どうしてこうなった?」
「私のお願いよ」
「ええ!?」
「お土産のお礼に何でもするって亜子が言ったから、じゃあ一緒にカラオケに行ってとお願いしたら……」
「そういうことね」
「まさか今すぐにだとは思わないでしょ」
亜子の行動力は、無限に湧き出る井戸水のように溢れ出ている。
我が妹ながら感心だ。将来有望なこと間違いなし。
「里沙がカラオケなんて珍しいな」
「実は私、カラオケに行ったことがなくて……」
「へぇ〜。意外だな。倉持とかとバリバリ行ってそうなイメージだった」
「そんなことないわ。だから、最近気になってたの。宏介は行ったことあるの?」
「ある」
「誰と?」
「一回だけ秋葉と行ったことがあるんだ」
「秋葉さんと!?」
「おう。学校帰りにな」
「そうなんだ……。置いてかれた気分……」
「うっ……。何だか悪いな」
俺が謝ると里沙はくすっと笑い、亜子の隣に駆け寄った。
そして、不思議そうな顔をする亜子の隣で里沙は俺に向かってあっかんべーをした。
続く




