121 キス・ザ・キッス
「それじゃあ亮君、二人の邪魔しちゃ悪いし行こっか」
「お……おう。そうだな!」
柚子先輩は俺たちに手を振りながら佐々木部長を引っ張り、特別展示室を出て行った。
その後ろ姿はいつになく輝いており、天使の羽を軽やかに羽ばたかせているような気がした。
きっと彼女も佐々木部長とのデートを邪魔されたくないのだろう。柚子先輩、頑張ってください。俺は応援しています。
「こんなところで遭遇するなんてね……」
「すごい確率だよな。でも、確かに柚子先輩は動物も好きだから通ってそうなイメージがあるかも」
「ふふ。面白い先輩たち」
柚子先輩たちと別れた後、俺たちは特別展示室を一周して全てのつがいを観た。どの魚たちも仲良しで、そこはまさしく愛の巣であった。
特別展示室を出て次々進んでいくと、いよいよペンギンの展示室へとたどり着いた。
以前、里沙が雑誌でペンンギンの赤ちゃんが生まれたという情報を見たことは覚えているぞ。
「ねえ! ペンギンよ! 赤ちゃんいるかな……」
里沙は子供のようにワクワクした様子で巨大水槽のガラス前まで近づいた。
俺も遅れて里沙の隣まで向かった。
そして、しばらく無言でお互いに水槽の中を見回す。
しかし、赤ちゃんらしき小さなペンギンは見当たらない。
「い……いない……」
里沙はガクッと肩を落とし、ショックを受けていた。
見落としているかもしれないと思い、俺は必死に探し続けた。
すると、大人ペンギンと変わらない大きさだが、明らかに毛並みの違うペンギンが一匹いることが分かった。
「あのペンギンじゃないか?」
里沙は俺が指差す方を確認した。
「あっ……! 他のペンギンと色が違う」
「そうだよ! 大きさは違うけど、毛の生え方が写真で見た時と似ているな」
「わぁ……。可愛い……」
数秒前まで落ち込んでいたとは思えないほど、里沙の顔に輝きが戻った。
「ペンギンの成長って早いんだな」
「何だか不思議……。今度来た時は大人になってるわ、きっと」
「そうだな……。って、また来るつもりか!?」
「嫌かしら?」
「嫌じゃない。嫌じゃないさ! また来よう」
絶対に。まさか里沙の口からまた来ようなんて言ってもらえるとは思ってもなかった。
お目当てのペンギンも観れたし、大満足だ。
亜子にも良い報告ができそうだな。今日のお土産は奮発してやるか。
水族館を堪能しきり、いよいよ出口でその先にはお土産コーナーといったところまで来ていた。
楽しかった水族館デートも終わりに差し掛かりとても心苦しい。
俺は牧歌的デートの思い出を心に刻み込んでいたが、ここに来てこの日最大のイベントが起こったのである。
「本日だけ開催のカップル限定イベントはこちらでーす!」
魚の被り物をした案内のお姉さんが呼び込みをしていた。
カップル限定か。残念だが参加できそうにない。
「今日だけ……。限定……」
里沙は何やらぶつぶつ言いながらイベントスペースをじっと見ていた。
「里沙……? さすがにそれは参加できないと思うが……」
「うん……。でも、気になる……」
里沙は諦める様子がなく、その場から離れなかった。
「カップルのふりをしてみない?」
「え!?」
「ほら、今なら私と宏介だけで他に知り合いもいないし」
「い……いいのか……?」
「面白そうだし、ふりをするだけだからいいでしょ! さ、行くわよ」
妙に積極的な里沙のもと、カップル限定という甘美な響きに誘われ俺たちはお姉さんに話しかけた。
「すいません」
「はい! あ! 参加しますか?」
「参加してみたいんですが、どんなイベントですか?」
お姉さんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに説明を始めた。
「今開催しているのは、カップル限定イベントです。題してスキスキ大好きキスザキッスです!」
何やらキラキラした名前が飛び出したぞ。
「恋人同士のお二方に愛の証を見せていただきます!」
「愛の証ですか……」
「はい! タイトル通りキスをしていただきます!!」
は!? 聞き間違いじゃなければキスって言ったよな!?
「見事愛の証を示していただいたお客様にはタツノオトシゴツインフィギュアをプレゼントいたします。二つのフィギュアをくっ付ければハートの形が完成します!」
へー、可愛らしいフィギュアじゃないか。それは記念に欲しい……って待て待て。里沙とキスなんて出来るわけがない。
「そこにある魚のキスがキスをしているパネル写真の前でキスをしてもらいます」
ああ、いけない。さっきからキスという言葉が飛び交い頭がくらくらしてきた。
残念だが、やっぱり俺たちにこのイベントは無理だ。
「里沙、諦めよう……。って……!」
俺は里沙にそう言ったが、彼女はガチガチに固まって俺の発言など聞いていなかった。自ら進んで参加しようとしたはいいけど、地雷を踏んでしまったようだな。このまま放っておいたら別の世界へ行ってしまいそうだ。
「おーい、戻って来い」と里沙の腕をツンツンすると、彼女はピクリと体を反応させこちらの世界に戻ってきた。
「キスなんて出来るわけない!」
「全くだ。諦めよう……」
俺たちが諦めムードでいるとお姉さんは煽るように問いかけてきた。
「やめてしまうのですか? 今日を逃したらフィギュアは手に入りませんよ。お兄さんたち以上にお似合いの二人は見たことがございません」
そう言われましても、そもそもカップルじゃないからなぁ。嘘をついてごめんなさい。
「今日を逃したら手に入らない……? ……。はっ!? そうよ! きっとそうよね!?」
里沙は何か名案を思いついたらしく、俺に向かってすごい目力をもって訴えかけてきた。
「キスと言っても口と口でする必要はないわ」
「ああ、確かに……」
俺たちはお姉さんの方を見た。
「そうでございます。公衆の面前でマウストゥマウスが恥ずかしいのであれば、キスの形は問いません」
おお! 里沙の言う通りだ。
何も唇に触れる必要はないんだ。しかし、そうであればどこにキスをすれば良いのか。あれ? そうは言っても、どちらかがどちらかの体に口づけをするのって恥ずかしくないか? キスという行為に変わりはない気がするが……。考えたら負けだろうか。
続く




