120 水族館デート
水族館に到着した俺たちは、列を作っているチケット売り場を横目にそのまま改札へと進んだ。
里沙にもチケットを渡し一緒に入場をした。
入ってすぐ目にしたのは魚のトンネルだ。熱帯魚であろう鮮やかな色をした魚たちが何百匹、いや何千匹も泳いでいる。
「わぁー、綺麗……」
里沙は立ち止まり、上を向きながらそう呟いた。
今にも降ってきそうな水の中で虹を描くようにして魚たちが回遊している。
俺は、迫力ある水槽に囲まれて水の世界と一体化しているんじゃないかと思うほど不思議な感覚になった。
トンネルを抜けると、壁一面に備え付けられた巨大水槽が俺たちを待ち構えていた。
先ほどまでの小さな魚たちとは違い、マグロやら鮫らしき生物もいる。
どうやらここは、巨大な魚たちの水槽みたいだ。
その後も俺たちは書の内容各場所で足を止めては進み、世界中から集められた魚を楽しんだ。
途中、俺たちの背よりも低い細長い水槽が現れた。大人も子供もその水槽の周りに集まり楽しそうに騒ぎながら手を水の中に入れている。
どうやら、水槽の中に入っている生物を触れるみたいだ。
そこにいた係りの人に「お兄さんたちもどうぞー」と言われ、体験してみることにした。服の腕をまくり恐るおそる水の中へ手を入れる。
何がいるかというと、ヒトデや貝といった触られても平気そうな生物が中心だ。一匹異彩を放っていたのは、小型のサメである。凶暴ではないだろうが、姿形が恐怖心を与えてくれる。
「見てみて! このヒトデ可愛い」
里沙はヒトデを手のひらの上に乗せると、それは手のひらの上で少しだけ動いた。
確かに里沙の気持ちも分かるが、どちらかというとグロテスクだな……。
「こっちの方が可愛くないか?」
俺はヤドカリを手のひらに乗せると、足を忙しく動かし手のひらの上で踊った。
「ヤドカリも可愛いわね……」
里沙はヤドカリの貝殻をちょんと指で軽く突いて見せた。
ふと視界に入る里沙の横顔にドキッとしたことは内緒だ。
「お兄さんたちはどこから来られたんですかー?」
生物との触れ合いをひとしきり楽しみ、次へ進もうとした時、係りのお姉さんが話しかけてきた。その質問に対して里沙が答える。
「嵐ヶ丘から来ました」
「あ、結構近いですね〜。これからも気軽にお越しください。ところで、今日はカップル向けのイベントも開催しておりますがご存知でしょうか?」
「し……知らなかったです」
「普段はお目にかかれない生態をご覧いただけます。この時期限定です! 別料金がかかりますが、ぜひ二階の特別展示室へお立ち寄りください」
「はい……!」
係のお姉さんと会話を終え、こちらを向いた里沙の目は輝いていた。
「カップル向けだけど……。どうする?」
「あ……ああ……。良いんじゃないか。せっかくだから行ってみよう」
「うん! 行きましょう!」
二階に上がると全体的に薄暗く、名前も知らないような珍しい魚がたくさんいた。
アマゾンから来た魚とかメコン川から来た魚とか。彼らもまさか日本で泳ぐなんて思ってもなかっただろう。
命の保証だけは完璧で狭い水槽の中で泳ぐか、サバイバルだが故郷の川で広々と泳ぐか、果たしてどちらが幸せか彼らに問うてみたい。
そんな中、少し進んだ先に特別展示室はあった。
入り口に立てられた看板を見ると、『つがいの生態』というテーマが掲げられていた。
カップル向けってそういうことね。魚の世界にも恋愛という感情は存在するのかな。
入り口で別料金の500円を払い、特別展示室へ入った。
別料金なだけあって中にいる人は少なく落ち着いて鑑賞できそうだ。
「わ、すごい!」
里沙が声を上げるほど驚いたのは、ジュゴンのつがいだ。
お互いに顔をくっ付けあって水槽の底でくつろいでいた。
何と表現すべきか。ジュゴンのような生物なんて普段は見ないうえにラブラブなところを見せつけられている。
照明のせいもあってか妙に神々しく神秘的に見える。
「珍しいな。初めて見た」
「私も初めて。そもそもこの水族館自体初めてよ」
「へー。友達とか家族と来ていたかと思った」
「宏介が初めてよ」
良かった。実は何回も来ていて飽き飽きしていたとか言われなくて助かったぜ。
「これがカップル向けのコーナーか。面白いな」
俺は魚を見ながら、里沙にそう感想をつぶやいた。
「カップル向け……。私とじゃなくて恋人と来たかった?」
「え……? そういう意味じゃ……」
「ふふ。気を使わなくてもいいわよ」
「いや、本当にそうだって。むしろ里沙と来れて良かった」
「……。どういうことよそれ?」
「里沙が楽しそうにしてくれて俺は満足だよ」
「何それ。変なの」
里沙は俺から視線を外すと、目の前に浮かぶタツノオトシゴのつがいを見つめた。
偶然にもくっつきあったタツノオトシゴはハートの形をかたどっていた。
「とてもロマンチックね……」
「見事なハートだな……」
俺たちが生命の美に見とれていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「お! お前たちじゃないか!」
振り返れば、佐々木部長と柚子先輩がいた。他のSF研究部メンバーは見当たらない。佐々木部長たちも二人で来たようだ。
「佐々木部長! 偶然ですね。デートですか?」
「デート? そんな大層なものじゃ……」
「デートだよ」
柚子先輩が佐々木部長の発言を遮るように答えた。
なんとまあ大胆に宣言してくれる。
「ゆ……柚子!?」
「たまにはいいでしょ? 私とデートするのが嫌?」
「そんなことはないけど……」
「けど……?」
「そういう風に言われるとさすがの俺も恥ずかしい」
柚子先輩にデート宣言をされ、佐々木部長はかなり照れていた。
人のことはよく弄るくせして自分のことになるとすぐ照れるんだから。本当に面白い人だ。そんな佐々木部長のこと、俺は大好きですけどね。
続く