111 燻るライバル
会場に着くと、先程とは違い、多くのコスプレイヤーと観客でごった返していた。
筆で『第一回世界コスプレ大会』と書かれた看板が、ステージ上で堂々と構えている。
見回してみると、外国人のコスプレイヤーもちらほらいるようだ。
「すごい……。この人たちに勝たないといけないのよね……」
「自分を信じて! 応援しているから!」
里沙は、参加する人々の多さに動揺していた。どう見てもネタ枠から、ガチ枠まで、何でもござれ。この中を勝ち抜いていくには、それ相応の覚悟が必要だ。
「でも……。いけない、怖くなってきちゃった」
「ああ! 怯えるお姉様も可愛い!!」
グロッキーで、敵に勝てそうもない様子の魔法少女と、にやけ面で臨む女。目の前に広げられた異様な光景を救うのは、俺しかいない!
「なぁ、優勝しなくてもいいんじゃないか?」
「え……? どういうことよ?」
「負けても俺たちは笑わないし、優勝賞品だってそこまで欲しいわけじゃないからさ。もっと楽に行こうぜ」
「本当に……?」
「ああ。里沙は優勝しなくても、既に世界一可愛いじゃないか」
ボッ、と、そんな音がしたような気がするほど、里沙の顔は急速に赤くなった。
あれ? 何かおかしいことを言ってしまったか?
「鈴木……。あんたって奴は……」
内田は少し、呆れた様子だった。
「なぜそんなに照れる!?」
「ああもう! こうなったらやけくそよ! あなた達に証明してみせる!」
先ほどまでとは一転、里沙の目に闘志の炎が宿った。
里沙を安心させるつもりが、滅茶苦茶やる気にさせるてしまった。
うむ。結果オーライというやつだ。
俺たちは受付に行き、出場準備を始めた。
呼子をしていたメイドが、今度は案内係をしている。
「あ! さっきの可愛い子達! とても様になってますねぇ! 頑張ってください!」
「はい。どこに行けばいいですか?」
「出場者はステージ裏にお願いします。付き添いの方は、開始の5分前まで同行できます」
せっかくだから、付き添いますか。
コスプレ大会の審査方法など、詳細を聞いた後、3人でステージ裏へ向かった。
パイプ椅子がいくつも並んでおり、休憩できるようになっているが、ここも例外なく混み合っており、席は埋まっていた。
「メイドも言っていたが、キャラになりきることが大切だ」
「えぇ。漫画を読んでおいてよかった」
「決め台詞は……」
持て余した時間で入念な準備をした。
ほんの数秒だが、各個人アピールタイムがあるらしく、そこではいかにキャラになりきるかが大事ということである。
俺たちが余念なく、賑やかにしていると、いつか見たもう一人の魔法少女が話しかけてきた。
「宏くん……? こんなところで何してるの?」
「秋葉! 偶然だな。ここにいるってことは、参加者なのか?」
「もちろん! 宏くんには内緒にしてたけど、見つかっちゃったね」
秋葉は髪を指でくるくると触りながら、はにかんだ。
「この人って……」
そして、秋葉は内田について不安げに聞いてきた。
「ストーカー女子だ」
内田は下を向いて、秋葉と目を合わせなかった。
「それに、コスプレをしているのは、関野さん?」
「そうよ、秋葉さん。今回はライバルね」
秋葉は、なぜストーカー女子が一緒にいるのか、なぜ里沙がコスプレをして大会に参加しているのか、理解ができていない様子だ。
「宏くん、この状況が分からないの」
「色々あったんだ。ストーカー女子とは、今は友達さ。なあ、内田?」
内田は目を泳がせながら秋葉に話した。
「お、おかげさまで。い、今は仲良くしてもらってるの」
「……。私だけ蚊帳の外にして……」
秋葉はジト目で俺に向かってそう言った。
「ごめん! そんなつもりじゃないんだ」
「ふふふ、分かってるよ♡ 宏くんはそんなことしないもんね」
秋葉は、俺の元へにじり寄ってきた。
そして、俺の手を握りしめてこう言った。
「私、宏くんにふさわしい女だって証明するために、優勝してみせるから」
それは、優勝宣言だった。
ひええ。まさかの一触触発ですか……。
おそるおそる里沙の方を確認すると、微笑みを浮かべていた。
「ふふふ。秋葉さん、私も優勝を目指してるから、勝負ということね」
「だよね……。うん、今日はライバル同士! 私だって、ウィッチメントのコスプレなら誰にも負けないんだから」
里沙と秋葉はお互いに宣戦布告を行った。この勝負、とても複雑な心境で見守らなければならない。
どっちが勝っても恨みっこなしで頼む。
いよいよ開始時刻になった。俺と内田は観客席に座っていた。
手元には、リモコンのようなスイッチがあり、それで投票するシステムだ。
まずはAブロックからEブロックまでの予選、その後に決勝戦という流れで大会は進む。
里沙はBブロック、秋葉はCブロックで、決勝戦に進めれば直接対決となる。
「みなさ〜ん! お待たせしました! ただいまより、大会を始めます!!」
例のごとく、メイドが司会を務めるようだ。ひょっとして、人手不足? 何でもこなせる彼女のおかげで大会は成り立っているに違いない。
ルールの説明と、お笑い芸人によるちょっとした前座の後、本番を迎えた。
「それでは! Aブロックのみなさーん! お願いしまーす!!」
メイドの合図と共に、ステージへコスプレイヤーたちがぞろぞろと上がってきた。
「うおおおおおおおおお!!」
観客席から歓声も上がった。
およそ10人がステージ上で、異彩を放っている。
誰も彼も、クオリティが高く、この中から1人だけに票を入れるのは、難しい。
中でも、特に目立つ人がいた。
見たところ外国人のようだが、エルフのコスプレをしている彼女は、まるで何かの作品から飛び出してきたかのようだった。
「ねえ……。あのエルフの人、完璧すぎない?」
内田も同じことを思ったらしく、俺にそう問いかけてきた。
「完璧だな。この大会、やはり一筋縄じゃいかないのか」
はやくも暗雲立ち込める。
そのエルフのコスプレは、反則級だ。
続く




