107 ご無沙汰ミッドナイト
『今日はありがとう。いろいろあったけど、感謝してる』
サークルを起動すると、内田からのお礼メッセージが目に飛び込んできた。
ほっ。一言目が罵倒だったらどうしようかと思ったぜ。
『どういたしまして。楽しんでもらえたようで何より』
俺は当たり障りのない返事をした。とりあえず、様子見ということで。
しかし、なぜだろうか。高校生になって、里沙と再会して、女子に対する免疫はついたはずなのに、お互い離れたところでのコミュニケーションは少し緊張する。
相手の表情を確認できないことが大きな一因かな。特に内田の場合、どこに地雷が潜んでいるかわからない。
あの時流した涙も不意打ちだった。あれは絶対に演技じゃない。何か訳ありとみている。
『よく大木に行くの?』
『よくは行かないけど、何回か行ったことがある』
『了解。だったら明日は私に任せておいて! お姉様を満足させてみせるから!』
やる気十分。
内田は常連さんということで、大木の町には詳しいらしい。
またまだ俺も知らないディープな世界があることだろう。
他には、里沙と高校になって再開したことなど、秘密は隠しつつ、俺たちの生い立ちを内田に伝えた。
『鈴木が羨ましい。お姉様とそんな関係だなんて!』
『世界は狭かった。ちなみに2年の黒坂由香も俺たちの幼馴染で同じような関係だ』
俺が由香のことも伝えると、メッセージは少しの間止まった。
そして、何事も無かったかのようにやりとりは再会した。
『黒坂先輩ってあの歌姫の?』
『そうだ。俺たちは3人、結局出会うというわけだ笑』
『そうなんだ。それよりお姉様の好きな食べ物って……』
由香に対してあまり興味がなさそうだ。里沙にだけ夢中ということか。
恋のライバルではないが、恋の刺客のような存在だ。
まずは内田に認めてもらわなければ、か。おお、なんと理不尽なこと。
その後も明日のお出かけの打ち合わせを行った。
完璧な段取りで里沙を満足させられること間違いなし! イレギュラーさえ起こらなければ、最高の一日になるはずだ。
内田とのメッセージを終えると、ゲームを再開せずに天気など、念には念を入れて調べ尽くした。ふふふ。我ながらここまで出来るとは。
時刻は23時。俺のお腹は限界を迎えていた。
ぐおおおおおおお。お腹の奥底が地獄と繋がっているかのような唸り声をあげる。
何か悪いものでも食べてしまったか。だが、心当たりがない。
夕食なら一家全滅のはず。今の所家の中は静かだ。
寝ようとして包まれていた布団から飛び出ると、トイレに向かった。
全ての無駄を排除した動き。今なら世界最速を狙えそうな気がする。
トイレの扉を開けようとしたが、開かない。
そして、中から亜子の声が聞こえた。
「誰? 入っているよ」
「うおおおおおおおおおお!!」
「お兄ちゃん!?」
マジですかああああ! こういう時に限ってタイミングが悪いってやつですな! くそっ! かくなる上は!
お手洗いを済ませた俺は、最高に清々しい気分で手を洗っていた。
結局、マンションのロビーまで最速で移動し、そこにあるトイレで事なきを得た。
助かった。このマンションの設計者は神様です。誰だか知りませんが、あなたの事は一生忘れません。
トイレから出ると、ちょうど見覚えのある男の人がロビーに入ってきた。
スーツを着て、少し疲れた顔したその男の人は、紛れもなく里沙の父親だ。
背が高く、昔から変わらないオールバックの髪型はとても厳ついが、中身は優しい人だ。
里沙にはこの父親由来の天然成分が含まれている。
こんな時間まで仕事をしていたのか……。日本の会社は恐ろしい。
おじさんとは久しぶりに会う。引越してきた時に話したのと、何回か顔を合わせただけだ。
何から話せばよいのか。
「やあ。宏介君じゃないか。久しぶり」
「どうも。あまり話せなくてすみません」
「はっは。それはこちらのセリフじゃないか」
「ははは……。お忙しいですか?」
「うむ。最近、部下が一人入院してしまった。その分のフォローで2倍働いているかな」
「大変そうですね……」
おじさんの声も昔と変わらず、心が鎮まるようだ。
包容力のある男の人って感じかな。
「それよりそんな格好で何をしているんだい?」
「え……? あ……」
何振り構わず家を飛び出して来たため、パジャマ姿にサンダルだ。
誰かに遭遇することなど、少しも頭になかった。
「ひょっとして家を追い出されたのかい? こんな時間だが、家で話は聞いてあげられるよ」
「いえいえ! そんなんじゃないです。お腹の調子が悪かっただけです」
「……? お腹の調子が悪くてここにいる方が不思議だね」
「まあ、色々あったんです」
「よく分からないが、追い出しをくらってないのなら何より」
「むしろ自分で飛び出して来ました」
俺とおじさんはロビーにあるソファに隣り合わせで腰掛けた。
周りの静けさがそれらしい雰囲気を醸し出しており、まるで世界で一番大切な会話に思えてくる。
「時に宏介君。里沙とは最近どうかな?」
「そうですねぇ……。家も隣同士で、高校も同じ。部活も一緒ですし、楽しい毎日です。それに、昔より優しい関係になりました」
「そうか……。優しい関係か……。昔は色々と迷惑をかけていたね。里沙に代わって謝るよ」
「謝らないでください。今ではいい思い出です」
「そう言ってもらえて助かるよ。これからも里沙のことをよろしく頼む」
「はい。仲良くしていきたいです」
おじさんによろしく頼まれてしまった。あなたにそう言われると、嬉しくて士気があがります。
「さて、そろそろ帰ろうか。引き止めて悪かったね」
「久しぶりにおじさんと話せて良かったです」
「また今度、里沙と一緒にご飯でも行こうじゃないか」
「是非行きましょう!あ、ちなみに明日は里沙も一緒に高校の友達とお出かけします」
「お、良いじゃあないか。いってらっしゃい」
おじさんとの会話を終えると、2人でエレベーターに乗り、一緒に家まで向かった。
そして、お休みの挨拶を交わし、お互い家の中に入っていった。
さあ、明日に備えて寝ますか。
続く




