10 ヒミツの約束
ある晴れた土曜日の9時30分。
俺は長谷駅の赤時計前に来ている。
倉持との約束の時間は10時。まだ30分もあるな。
何というか、張り切りすぎた。友達との約束で、それなりの近場で、30分前に来る奴なんてどこにいる?
俺ぐらいでしょうね。
倉持の知る里沙について話を聞くということで、これはデートではない。断じてそうではない。
あくまで話し合いだ。
と、自分に言い聞かせ落ち着きを保つ。
しかし、女子と2人きりで出かけるのは初めてで、緊張しているのも事実。
妙に意識してしまう。髪型は大丈夫だろうか、服装はダサくないだろうか。
周りを見渡すと、他にも待ち合わせをしているであろう人々がいる。俺と同じ歳ぐらいの男女、大学生と思しき人、スーツを着たビジネスマン、はたまたお年寄り。老若男女で溢れかえっている。
なんと言っても長谷駅は、俺の生活圏内でそこそこの主要駅だ。
休日となれば、朝から人でごった返している。
大きな百貨店もあるし、本屋もある。他には色々とグルメスポットもある。ここに来れば何でも揃っているという具合に、とにかく他の駅とスケールが違う。
ひたすら待つこと20分。集合時間まであと10分だ。
「あ、いたいた!」
倉持も少し早めに来るタイプなんだな。
「おう! 早いな」
「そういう宏介君も!」
倉持は薄青の半袖トップスに、青色の夏用カーディガンを羽織り、下は白のパンツとかなり大人めな爽やかコーディネートだ。
イメージしていた倉持と違う。いい意味で。
「えへへ。どうかな〜?」
「お……おう。似合ってるんじゃないかな」
「ホントに? ありがとう! それじゃ、早速カフェいこっか」
「そうだな。誘っといてあれだがいいとこ知ってるか?」
「それだったら、少し歩いたところにある月夜珈琲がいいかも」
「へぇ。行ったことないな」
「スフレが美味しいの! 行ってみようよ」
「そうだな」
俺たちはスイーツ博士倉持のオススメするカフェへ足を運んだ。駅の構内を出て、少し行ったところにある奇妙な形の建物の地下にそれはあった。
月夜珈琲までの道中、周りから見たら俺たちは……なんて思っていたことは内緒だ。
「いらっしゃいませ!」
店員の元気の良い声で出迎えられた俺たちは、ちょうど外の見える窓際の禁煙席に座らされた。
女の子とお店に入って、お互い椅子に座る形だったら、女の子の椅子を先に引いてあげるのがコツ。
とかいう、いつかテレビで聞いたコツを実践してみた。
いや、何のコツだよ。
「宏介君て紳士なんだ〜」
倉持はへぇーと言うような顔をしている。ちょっぴり嬉しそうだ。
うおお!? 思ったより反応あるじゃないか。なるほど。こういうコツか!
こうして席につき、俺たちは注文をした。
「俺はアイスコーヒーで」
「私もアイスコーヒーで。それとスフレを1つ」
注文を終えると、さっそく本題に入った。
「今日は急な呼び出しですまない」
「うん」
「それで昨日の続きなんだが……」
倉持はスマートフォンを取り出し、例の写真を開いた。
やはり、手が震えている。
そして俺が問いかけるまでもなく、倉持は語り始めた。
「この写真は私が中学2年生の時に撮ってもらったの。当時いじめられっ子だった私を助けてくれた時にね」
おお。里沙が人助けをするとは。ただの女番長じゃなかったんだ。
「ちょうど塾に行く途中だったんだけどね。たまたま会った、いつも私をいじめてくる不良たちに絡まれてたの。それからしばらくして、また別の知らない不良がやって来て恐かった。茶髪だし、すごい睨みを利かせてたし。最初は不良の先輩でも来たかと思った。でも制服が違ったし、別の中学校の不良仲間かなと思ってたら、最初に絡んできた不良たちをやっつけてくれたの。そう、彼女こそが里沙だったの! 私を助けてくれた! それからいじめもなくなったしね」
俺は心の中で里沙のことをかなり見直していた。そんな一面もあったとは。
「名乗るほどじゃないって名前は教えてくれなかったけど、じゃあ写真だけでもってお願いしたら快くオーケーしてくれたの。だからこの写真は宝物。そして私は里沙に憧れて、高校に入ると同時にイメチェンしちゃった」
写真はいいのか。基準が分からないが、まあ優しいじゃないか。
さらに、それが人様の宝物になるなんて素晴らしいことだ。
「なるほどな。でも、その時の茶髪女子が里沙だってよく気づいたな」
「里沙と同じ高校で同じクラスになれたなんて奇跡的だもん。最初は私も分からなかったよ。何回か顔を合わせるうちにどこかで見た顔だな、もしかしてって思って。それで写真と見比べたら、イメージは全然違うけど間違いなく里沙だって気づいたんだ。里沙本人は全く気付いてないみたいだけど……。たぶん憶えてないと思う」
「そういうことか……。で、里沙にそのことは言わないのか?」
「言うわけないよ。里沙だって、頑張って自分を変えようとしているって見れば分かるし。本人から言わないってことは、そういうことでしょ。そこに過去のことを持ち出して水を差すなんてできないよ」
倉持の言葉が俺に刺さる。
お前はなんていい奴なんだ。
俺は自分が惨めに思えてきた。
そして、里沙に対する印象も倉持のおかげでかなり変わった。
次は倉持が問いかけてきた。
「この前の質問の続き、私に昔の里沙を教えてよ。もっと彼女のことを知りたいの。こんなこと宏介君にしか聞けないよ!」
少し涙ぐんでいた。
そうか、倉持は友達のことで熱くなれる人間なんだな。
加えて自分の過去も話してくれた。相当勇気を出したはずだ。
俺は確信した。倉持になら話してもいい。こいつなら他の誰かに絶対言わない。間違いなく里沙の味方だ。
こうして俺は、昔の里沙について倉持に語った。話を聞いている時の倉持の表情は真剣で、食い入るようだった。
一通り話すと、倉持は優しく微笑んでいた。
「話してくれてありがとう。里沙のことを知れて嬉しい」
「どういたしまして」
「私決めた! 里沙のこと全力で応援する! あ、ばれないようにね」
そういうと倉持はクスリと笑った。
「あー、憧れの存在と奇跡的に友達になれたなんて幸せすぎ!」
倉持は本当に幸せそうだった。
「今日のことは、私と宏介君だけの秘密ね」
「そりゃあもちろん」
「はぁ〜あ、全部出し切って安心したらお腹すいちゃった。そろそろ食べよ!」
あ。気づかないうちに注文したメニューが来ていた。
俺は、コーヒーにガムシロップだけ入れた。フレッシュは入れない派だ。
「フレッシュ使わないならもらうね〜」
「いいけど……」
倉持はガムシロップに加えフレッシュを2つも入れている。
えええ。そんなに入れて美味しいのか? ってか絶対健康に悪いだろ!
これで太らないって、陰で相当の努力をしているな。
コーヒーを飲みながら倉持の食べるスフレを見ていたが、ふわふわだな。
今にもとろけそうだ。
「ん? 一口あげよっか?」
マジで!? 間接キスじゃん。
思わずコーヒーを吹き出すとこだった。
「い、いや大丈夫だ」
「遠慮しなくていいから〜」
倉持は語尾に音符がつきそうな口調でそう言うと、スプーンでひとすくい、俺の口元までスフレを運んだ。
「え!?」
「はい、あ〜ん」
嘘だろ!? おいおい、マジか!?
嬉しいけど、恥ずかしい。
「あはは! なに恥ずかしがってんの? ほら、早く」
うおおおおおおおおおお!
「……っむ」
美味い! 美味すぎる!!
俺たちは会計を済ますと、店の外に出た。
さっきのあ〜んの余韻がまだ抜けていない。顔が沸騰しそうだ。
扉から出て少し歩いた店の前で立ち止まると、倉持は俺の方向へ手を伸ばし、じゃんけんのグーを向けてきた。
「どうした?」
「宏介君もグーを作って、私のグーと軽くぶつけ合うの」
「こうか?」
俺はグーを作り、倉持のグーに軽くぶつけ重ね合った。
「はい! これで同盟が結べたね!」
「同盟?」
「そう。里沙を陰ながら応援する同盟!」
「無条件か!」
「いいでしょ? 私と一緒に何があっても秘密を守り抜くの!」
「まあ文句はない」
俺がそう言うと、倉持はニコッと笑った。
「これからよろしくね、宏ちゃん!」
続く