104 ガチ泣き
次回から週に1〜2回程度の更新になります。
更新日の指定もありません。あしからず。
俺が教室へ戻ると同時にチャイムが鳴った。
セーフ! 遅刻は免れた。
まだ昼休みの名残で私語が目立つ中、席に着くと、後ろの席の秋葉からこそっと話しかけられた。
ちなみに、先生はまだ来ていない。遅刻である。
「どうだった?」
「最悪だった」
「何があったの?」
「うーん。話すと長いから後でな」
「へぇ。そんなに……。大変だったね」
「ああ。全くだ」
しばらく秋葉と話していると、ようやく先生が入ってきた。
「遅刻〜」
「おそーい」
等々、クラスからのヤジを受けながら先生は教壇に立つ。
そして、頭をぼりぼり掻きながら悪びれる様子もなく授業を始めた。
午後の授業が終わり、放課後になると秋葉は続きを催促してきた。
「それで、大丈夫だったの?」
「大丈夫……じゃないかな……」
「やっぱり。何かされたの!?」
「いや、そういうのじゃないけど……。まず、奴の正体は里沙のファンクラブ会長だった」
「関野さんのファンクラブ……? 本当にあるんだ」
「あったな。そして、例の噂によって勘違いした会長が暴走していたわけだ」
とても手短にまとめたが、趣旨は伝わるだろう。
「そっかぁ……。じゃあ私と付き合えば解決だね♡ そうすれば噂も消えて、ウィンウィンでしょ?」
「ええっと……。その解決策はできないかな」
「ああん。宏くんに振られちゃった。でも、宏くんと話せるだけで幸せ……! はぁ、はぁ」
秋葉は頬を赤らめ息を切らした。
これはヤバい。今度は秋葉が暴走しそうだ。
「何かされたら言ってね。私がすぐに天罰を下すから」
ヒェ。秋葉の目は本気だ。
これ以上相談すると、世にも恐ろしい状況になりかねない。
それに、女子に頼るのは情けないからな!!
「心配してくれてありがとう。だけど、自分の問題は自分で解決するよ」
「はぁい。宏くんかっこいいよ♡」
先に部活へ向かった笹川に続き、俺と秋葉も教室を出た。
そして、廊下に出るとすぐに内田の姿が目に入った。
ストーカーのお出ましだ。ああ、気が滅入る。
「鈴木。待っていたわよ」
鞄を背負うスタイルで、腕を組み、堂々と立っていた。
「俺は待っていてくれなんて頼んでないが?」
「私は鈴木に会いたかったの」
秋葉は俺の制服の袖を掴むと、後ろに引っ張った。
秋葉は俺を自分の後ろにやると、内田をまっすぐ見つめた。
「宏くんに迷惑かけないで」
「ふん! あなたは秋葉奈美恵ね。よく鈴木と一緒にいるみたいだけど、どういう関係なの?」
「私は……!」
俺は秋葉の肩に軽く手を乗せ、早くも選手交代の合図をした。
これ以上は、話がややこしくなりそうだ。
「大丈夫。先に部活へ行っててくれ」
「でも……」
「俺一人で何とかしたいんだ」
「宏くんがそう言うなら……」
秋葉はこちらを気にかけながら、部活へと向かっていった。
これで俺と内田の一騎打ち。
「それで、何の用だ?」
「今から私とデートしなさい」
「は!? 正気か!?」
「厳密に言えば、実地試験だから。お姉様を楽しませるデートができるかどうかテストしないと!」
だめだこいつ。早く何とかしないと。
全くもって言っていることの訳がわからないよ。
「意味がわからない。第一、内田と一緒に出かけたくない」
「正直ね。それに、私を振るとはいい度胸!」
「俺の品定めをするなら迷惑をかけずに勝手にやってるといい」
俺は内田の言うことを聞かずに、部活へ向かうことにした。
「じゃあ、もう行くから」
「何ですって!?」
俺は勢いよく歩き始めた。
そして、彼女の横を通った瞬間、腕を掴まれた。
「何をする」
「行かせない。私と一緒に来て!」
「部活に行きたいんだが」
「なら今日は欠席!」
「行くったら行く!」
「そんなに私とが嫌なの!?」
「そうだ」
「……。そう……。そんなに私が嫌なんだ……」
内田は俺の腕から手を離すと、先までとは一転、急に萎れてしまった。
「うぅっ……。ぐすん……」
彼女の目から涙が一滴頬を伝ったかと思うと、顔に手を当て泣き出してしまった。
マジで!? 俺が泣かせたってやつ!?
「ひっく……。うううっ……」
声にならない声をあげ、泣いている。
……。なぜだか罪悪感が込み上げる。
周りの冷ややかな視線が突き刺さる。
泣くのは卑怯だぜ。こうなってしまうと、男はどうしようもない。
「その……すまん……。確かに言い過ぎた。デートするから。な、頼むから落ち着いてくれ」
「……。本当……?」
「ああ、本当だ」
内田は、ハンカチを取り出そうとしたのかポケットに手を入れた。しかし、忘れたみたいだ。
しょうがないな。幸い、本日出番のなかった俺の綺麗なハンカチを内田に差し出す。
「ほら、貸すよ」
「いいの……?」
彼女はハンカチを受け取ると、涙を拭いた。
「その……ありがとう……」
「お礼は言うんだな。素直に受け取っておこう」
「当たり前でしょ。私だって血の通った人間なんだから。ハンカチは洗って返すわ」
「おう分かった。待ってるぞ」
「ふぅ……。それじゃあ行きましょう……」
こうして、まだ調子の戻ってない内田と一緒に高校を後にし、デート? をすることになった。
正直気は進まないが、あの涙は嘘じゃない。
俺の中で、内田に対する同情が少しだけ芽生えたのかもしれない。
校門を出る頃には、彼女の目の赤みは引き、調子もすっかり元どおりになったようだ。
「さあ、デートの始まりね。まずは、お姉様をどこに連れて行くの?」
「ええ!? 俺が決めるの!?」
「男性がエスコートしなきゃ」
そうだなぁ……。出来るだけ疲れないところにしよう。
「映画でも観に行くか」
「映画……? 不合格!」
「なぜだ!?」
「じーっと映画を見てるだけでは、お姉様を楽しませるなんて程遠い」
「里沙ならきっと大喜びだぞ」
「どこに根拠があるの?」
「それは内田も同じだろ……」
俺はとある案を思いつき、スマートフォンを取り出した。
「映画の予約でもする気?」
「違う。今から里沙も映画に誘う」
「馬鹿っ! 今すぐその手を止めて!」
内田の制止を無視して里沙にメッセージを送る。
もう勢いだ。俺の手は誰にも止められない。
『今から映画に行く。一緒に行かない?』
『行く。今どこにいるの?』
早っ! 送ってものの数秒で返信が来た。
『校門前で待ってる』
『了解』
俺はスマートフォンから内田の方へ顔を向けると、ニヤリと思わず顔が綻んだ。
「来るって。良かったな」
「あぅぅ……。そんな! お姉様と会うなんて……! 何て顔をすれば良いの!?」
「笑えば良いさ! ははははは!」
内田は里沙が来ることを知ると、慌てふためき始めた。
明後日の方向を見ながら、ブツブツと呟いている。
「どうすればいいの? お姉様と会うなんて絶対に緊張する……! ああ! どうしよう。どうするの私!?」
内田はひとしきり悩んだ後、結論が出たようで、その場で固まった。
そして、震え声でこう言った。
「私、帰る。家に帰ります」
「待てい! 今さらそれはないだろ!」
「だって! お姉様と会う覚悟ができてない!」
「里沙は女神か何かか!」
「そう! お姉様はまさしく女神様!」
内田の帰宅を阻止しつつ里沙を待つ。
本人の口から噂を否定してもらえば、騒ぎもおさまるだろう。
「お待たせ! ……って彼女は?」
さあ、里沙お姉様のお出ましだ。
当然、里沙は内田のことを聞いてくる。
「急に悪いな。こいつは、内田。俺たちと同じ一年だ」
「宏介の友達? 私は関野。よろしくね」
「あああ!! 眩しすぎます! お姉様!」
内田は里沙を直視しないように目をそらし、悶えた。
「お……お姉様……?」
「ああ。里沙お姉様だそうだ」
「どういうこと? 私は彼女と初対面よ」
悶えながら独り言を唱える内田を横目に会話は続く。
続く




