103 愛の奴隷への一歩
次の更新は3/17(土)です。
難しい内容が散りばめられた本に目を向けながら、頭では秋葉の捜索が気になってしょうがない。
俺を監視する物好きな奴の正体を早く知りたい。そして、何が目的なのか早く問い詰めたい。
言っておくが、探偵を雇われるほどの愚行はしていないし、犯罪の疑いがあるわけでもない。
秋葉が犯人を探しに行ってから数分、少し遠巻きに、「きゃあっ」と、女性の小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
まさか捕らえたのか!?
今にも飛び出しそうな声を抑えながら、秋葉の連絡を待つ。
『犯人見つけたよ♡ どうする?』
でかした! さすが秋葉だ。
『図書館で騒ぐのはまずいから、廊下で合流しよう』
『はい』
急ぎ足で図書館を出ると、秋葉と、初めて見る女子が立っていた。
彼女が犯人か。第一印象は、ストーカーなんてする人には見えないけどな。
整った顔立ちからクールな印象を受ける。よく手入れされたであろう潤い十分の髪から清潔感が漂う。
しかし、その手には双眼鏡。なるほど、マストアイテムというわけか。
ストーカー女子は俺を見るなり、驚いた顔をして、秋葉を強引に振りほどき、走って逃げ出してしまった。
「あっ!」
秋葉も一瞬の出来事に、呆気なくストーカー女子を逃してしまった。
「ありがとう! ここからは俺一人で何とかする! 約束は絶対に守るからな!!」
「はぁい♡ 宏くん頑張って!」
俺は遠目になってしまったストーカー女子を追うために、駆け出した。
廊下は走っていけませんという声が聞こえてきそうだが、お構いなし。
秋葉が繋いでくれたチャンスを棒に振るわけにはいかない!
ストーカー女子は時折、振り返りながら俺が追ってきているかどうか確認している。
残念だが、逃がさんぞ。地の果てまで追ってやる。
……って、あれ? これではどちらがストーカーか分からないじゃないか!
ええい! 細かいことは気にするな。とにかく捕まえて話を聞こう!
階段を駆け上がり、西校舎から東校舎へ走り抜ける。
はぁ、はぁ! 一体どこまで逃げるつもりだ!?
グングンと進み、さらに階段を駆け上がる。
結局、行き着いた先は屋上だ。
ここも見慣れたものだ。俺は屋上と縁が深い。
「はぁ……はぁ……! やっと話せるな……!」
校舎内を全力疾走。怒られなかったのが奇跡だが、俺の足は確実に悲鳴をあげていた。
筋肉痛間違いなしだ。今日の帰りに湿布でも買って帰ろうかな。
「近寄らないで変態! そんなに興奮して……!」
「違う! 疲れて呼吸が乱れてるだけだ!」
このやり取りは、最近誰かさんとあったはず。
なぜこうなってしまうのだろうか。
「ふうん。こんな体力も根性もない男だったんだ」
「待て待て。確かに体力はないかもしれないが、根性は関係ないだろう?」
「ある! 女の子に私を捕まえさせるなんて情けなくてしょうがないでしょ?」
「くっ……!」
「あはは! 図星ね!」
「初対面の人に向かって失礼な!」
「私は最近ずっと貴方のことを見ているから、完全な初対面ではなくてよ」
全然クールじゃなかった。なんだこの性悪っぷりは。自己中心的。傲慢。人を見下す。全ての悪口の生みの親になれそうだ。
はっきり言って、第一印象は最悪だね。
そもそも名前も知らなければ、先輩かどうかも分からない。
仮に歳が上でも今の所、敬意は払えない。
「よし……! 一旦冷静になって話そうじゃないか」
「ふん」
落ち着け。色々ムカつくことはあるけれど、話し合いが大切だ。
「名前は何て言うんだ?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀でしょ?」
「むっ……! 俺は1年の……」
「鈴木宏介」
自分で名乗るより先にストーカー女子に名前を言われた。
「知ってるじゃないか!」
「当たり前よ。これといった趣味はなし。SF研究部所属に所属。クラスで仲がいいのは山内聡四郎、秋葉……」
「怖いわ! 詳しすぎないか!?」
「それも当然。私は鈴木のことを調べてるから。あら、鈴木って呼び捨てにしちゃった」
「わざとらしい。そもそも何が目的で俺をストーカーしてるんだ?」
「ストーカーじゃない。監視」
「どっちも一緒だ」
「まあいいわ。こうなったら教えてあげる」
ストーカー女子は一拍おくと語り始めた。
「私は内田麻衣子。鈴木と同じ1年よ。そして、里沙お姉様のファンクラブ代表を務めているわ」
「何だって!? ファンクラブ……!?」
「そう。私は里沙お姉様をこよなく愛しているの」
ええ。そういう趣味ですか?
女子がファンクラブの会長。そういうパターンもあるのか。
「あっ、憧れているってことね。まあ里沙お姉様になら……いいかもしれないけど……」
ストーカー女子、いや、内田は顔を赤らめていた。
噂に聞くファンクラブの会長が目の前にいる。ここはガツンと聞いてみるか。
「里沙のどこがいいんだ?」
「全て。語りだしたらきりがないもの。初めて見た時の衝撃は忘れられないわ。そして、すぐさまファンクラブを作ってしまうほど惚れ込んだの!」
「なるほどね。実際に話したことはあるのか?」
「ない。私は遠くから見守るだけで十分。それに、話しかけるなんんて緊張して無理!」
へぇ〜。ピュアなとこもあるじゃないか。
「それで、俺を監視することと何の関連性が?」
「大アリよ。だって鈴木はお姉様の彼氏なんでしょ? 私たちにとってはお邪魔虫以外のなにものでもないわ!! でも、お姉様の決めたことに異存はない。……ないけど、お姉様にふさわしいかどうか見極めなきゃ!」
あー。噂のせいだ。
こういう弊害も出てくるのか。色々と苦労しそうだ。
「一つ、勘違いしているみたいだが……」
「勘違い?」
「おう。俺と里沙は付き合ってない」
「呆れた……。そんな嘘ついてどうするの!?」
「嘘じゃない!」
「私たちを欺こうとしても無駄よ。この数日間、鈴木とお姉様のやり取りを見ていれば分かるに決まっているから」
「あいつとは幼馴染で、他の友達より仲が良いだけだ」
「贅沢な身分だこと。私と入れ替わってくれない?」
「それは……!」
「ふふ。決まりね」
何が決まったかよく分からないが、内田はドヤ顔をしてビシッと俺を指差してポーズを決めた。
「……。あの、それはそうと監視はやめてくれないか? 気が散ってしょうがない」
「しょうがないわね。ただ、いつでも私は鈴木のことを査定しているから」
意外とあっけなく監視の中止が決定した。しかし、本当かどうかきになる。
何か引っかかるところはあるが、とにかく気が散ることはないことを願っておこう。
「じゃあサークル交換しましょう」
「え!?」
「今後も色々と聞きたいことはあるから、連絡先を交換しておかないと」
教えても大丈夫だろうか。
逆恨みでSNSとか闇のサイトにばら撒かれないだろうか。
「大丈夫。別に鈴木に危害を加えるようなことはしないから」
警戒心は解けていないが、興味本位でサークルの連絡先を交換した。
ま、大丈夫だろう。きっと、交換したのはいいけど実際には連絡を取らないリストに入ることが容易に想像できる。
スマートフォンで時間を確認すると、授業開始の5分前だった。
「そろそろ戻らないと」
「見つかった以上は、積極的に絡んでいくからよろしくね」
「必要最低限で頼む。はっきり言っておくが、第一印象は最悪だ」
「ふん!」
こうして、俺と内田は出会ったわけだが、お互い犬猿の仲という表現がしっくり来る。
まさか女子と仲の悪い関係になる日が来ようとは。
教室に戻るまでの間、俺と内田は一言も交わさなかった。
やれやれ。これからのことを考えると先が思いやられる。
それと、皆んなには何て報告したらいいのだろうか。
正直、これは予想外の展開である。
続く




