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 カール

作者:藤村綾
 カーテンに差し込む朝のひかりがいやにほの暗い。雨はまだ降っていないようだけれど頭がひどく痛い。いわゆる頭痛。
 低気圧の関係で頭が痛くなるのだけはもう辞めてほしい ー幼い頃からそういうたちー 
 なおちゃんは全く頭痛知らずなので、あたしの気持ちなどちっとも理解はしてくれない。きのせいだよ、きのせい、まるで人ごとだ。
 洗濯をしたかったけれど、その考えは一瞬にして壊れ、あたしはお鍋に水を入れ、湯を沸かす。

 今朝なおちゃんはおそろしく不機嫌だった。あたしとなおちゃんは今の一度もけんからしいけんかなどはしたことがない。けんかかしら? などというあやふやなことはよく ーそんなにもないかー あるが、今朝はあからさまに不機嫌だった。
「コーヒーがない」
なおちゃんは6時に起きる。真冬の6時はおもては真っ暗だけれど、最近はおそろしく明るい。え? もう昼? くらいな明るさである。
コーヒーがないという声はあたかもあたしに向けて発した感だ。なにせ、昨日のメールのやり取りで、
《カールあったよ》
  最近たちまち品薄状態になったカールを見つけメールをしたのだ。夕方4時に。勤務時間は急を要するとき以外はメールはしてはダメ。なおちゃんはぶちょうらしいので、メールは部下の手前打てないという理由らしい。
ー返信はあとでいいのー
ーいちおうの連絡だからー
 などと言いつつ、週に2、3回はメールをしてしまう。業務報告という名のなおちゃん病。
  1時間後に返信があった。定時の時間だ。なおちゃんはぶちょうらしいので定時には帰れない。と、いつもぼやく。
《あったんだ。よかったね。あと、いつもの種類のインスタントコーヒー買っておいて。今朝で終わりだったから》
  確かにコーヒーが切れていた。
 昨日、あたしもコーヒーがなくて近所のローソンにカフェラテを買いに行ったのだった。
《ハイ》
 絵文字などは使わない。至極シンプル。あたしとなおちゃんはシンプルイズベストである。
 カールに気を持っていかれ、コーヒーを買うのを忘れたのだ。毎朝水のように薄いコーヒーを啜りながら、ぼーっとする些細な時間が好きだと豪語するなおちゃん。
 どうしょう。寝たふりをしているが、起きて謝るべきか、今は機嫌が悪いので、帰って来てから謝ろうか。
 結局後者の、帰ってきてから、に決めて寝たふりをした。
 たばこを吸い、ややしてから、玄関の方に足音が去ってゆき、あたしは胸があつくなった。
 いつもは会社に行くまえ、必ず寝ているあたしの頭をそうっと撫ぜてから会社に行くのに。毎日していることをしてくれなくなるという寂寥感はたちまちあたしの心をかき乱した。
 なかなか玄関の開く音がしないので、そうっと布団を捲り、目を薄くあける。
「あ!」
 あたしは驚いて大きな声をだした。なおちゃんがあたしの真上にいたのだ。
「あ!」
 なおちゃんも驚く。目をパチパチとさせて。
「行ってきます」
 いつもの口調で言いながら頭を撫ぜた。なぜなぜ。2回。
「いってらっしゃい」
 小声で見送る。コーヒー買っとくね、ごめんなさい。は、言うのは辞めた。なぜならなおちゃんの方から、
「コーヒーなかったから買ってくるね。カールは4袋買ったからコーヒー忘れたんだね。きっと」
 とてもあたしの性質を理解している。憤怒を通り越し、呆れ寄りになっている。
「わかったわ。ごめんなさい」
 あたしは肩を竦めながら布団に潜った。
 鍵のかかる音がして、車のエンジンがかかり、なおちゃんは会社に行った。

 うちにはポットがない。なのでコーヒーなどを飲むときは鍋で湯を沸かす。あたしはたっぷりと沸かし、コーヒーとクリープとお砂糖2本を入れた100均で買ったデカいクマの絵柄のマグカップに並々注ぐ。それでも余るのであとは、覚まして白湯として飲む。白湯はただのお水を湧かした分なのになぜこうも美味しいのだろう。白湯が好きだなんで誰にも言えない。なんだか貧乏臭い感じだから。
 デカいマグカップでカフェオレを飲んでいるときが世界で唯一無二に素敵な時間だ。
 今日はコーヒーがないので、白湯を啜る。
 パートを辞めてしまって ー貧血で倒れたー 
 今は在宅ワークをしている。家の平面図をトレースし専用のソフトで書いてゆく仕事だ。
 なので、結果在宅なのでおもてにも買い物以外でないし、仕事の依頼も全部メールなのでなおちゃん以外最近口を訊いてない。
 けれど、全く孤独にも感じないしあたしはもともとそういう性質なのだろう。
 やっぱりコーヒーが飲みたいのでパーカーを羽織り、ローソンに行こうと決める。

 グレーの空。分厚い雲。今にも雨が降ってきそうだ。アスファルトから立ち上る独特の匂い。淀んだ空気。
「早く降ってくれたらいい」
 あたしは天井を仰ぐ。
 先刻なおちゃんの顔を見たけれど、もうあいたくなっている。あたしはあの人をどんだけ好きなのだろう。
 ローソンのイートインに腰掛けホットカフェラテを啜る。
 ついでにスコーンも買った。
「あ」
 窓に雨粒がい1つ打ち付ける。また1つ、また1つ。傘は持ってない。
 あたしは急いでローソンから踵を返す。家帰ったら仕事しよ。頭はすっかり痛くなくなっている。

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