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 掲示用に使う大きな紙を一枚抜いて、梨南はマジックで一文字一文字書いた。オレンジと黒の二色使いで、形の崩れない、きちんと曲がるところは曲がった文字でだった。立村先輩とは違う、読みやすい文字だった。

 内容は「六月学年集会・クイズ大会についての告示」

 他のクラスは、評議委員が朝のホームルームで報告するのだろう。

 それができるならば、楽なのに。一年B組がそんな平和なクラスなわけがない。梨南はこの二ヶ月でほとほと理解していた。理解していない奴がいたとしたら、きっと周りのものが見えないのだろう。

「杉本さん、何を書いているの?」

 昨日かばってくれた花森さんが、梨南の机からぶらさがっている紙をつまんで尋ねてきた。近くに寄られるとシャンプーの匂いが漂う。香りの残るシャンプーがはやっているけれども、まだ濡れているせいかやたらと臭い。でも女子だ、言わないでおいた。朝、お風呂に入ってきたのだろうか。

「昨日、評議委員会で発表になったことを書いてるの。六月の学年集会」

 くき、くきとマジックの擦れる音がする。気持ち悪い擦れ方だ。

「そうなんだあ。でも何で紙に書くの。口で言えば終りなのにね」

 スカートのポケットからリップクリームを取り出し、塗りながらさらに聞いてくる。リップの色は檸檬色。今日のところはまだ口紅塗っていないらしい。口を尖らして塗りながら、

「こういうことをどうして杉本さんばかりやらされてるわけ。新井林にやら せちゃえばいいのにさ。男子って、そういうところやだよね。手伝えっていいたいよね」

「馬鹿に手伝わせたって無駄なだけだもの」

 近くでぎくりと言葉が途切れたような気配。敏感に察知する。すでに男子の数人が教室の隅でくだらないテレビの話をして盛り上がっていた。さっそくご注進されることだろう。梨南は慣れている。どうせ言いつけようとするのだろう。勝手にしろだった。

「そうだよね、杉本さん頭いいから、うちのクラスみたいな馬鹿男子は無視だよね」

「あたりまえ。花森さんに対してあんな失礼なことを言う人は、無視して当然なのよ」

 ここだけは顔を上げて答えた。花森さんは一瞬、リップを塗る手を止めた。唇の真中に、「しーっ」っとするようにリップクリームの先を当てた。

「私にってかあ。なんかちょっと変わってるよね、杉本さんって」

「私、きちがいだっていわれてるから平気」

「そんなんじゃなくって」

 指先がきらきら光っている。清坂先輩よりも桃色の爪だ。絶対、マニキュア塗っているに違いない。普通の評議委員だったら注意するのだろう。規律委員だったら絶対に。でも梨南にそんな趣味はなかった。男子ならともかく、女子だもの、きれいなものは絶対きれいだと思うだけだった。先生にばれなければいい。また花森さんがつるし上げあうかもしれない。

「ふつう、私みたいのって、杉本さんみたいな子って嫌いだ思うんだよね。ほら、杉本さんって評議でしょ。頭いいし、真面目だしね。でも、私とかにはすごく親切だもんね。他の子とかからは『やーい不良』っていわれるけどさ」

 不良とはどういう概念なのだろう。梨南からしたら、花森さんは少々派手な格好をしている印象があるけれども、似合っているから許されるものだと思っている。他の学校に恋人がいるとも噂にきいたけれども、たぶん青大附中一年B組の男子よりははるかにましなのだろう。人を見る目はあるはずだ。「また男子にそんなこと言われたの、花森さん」

「なあに、慣れてるわよ。うちの学校の馬鹿さ加減にはうんざりしてるから。杉本さんじゃないけど、ほんと、ガキっていうか馬鹿っぽいよね」

 もし、花森さんがまた、男子たちに失礼な言葉を投げつけられていたとしたら、梨南は黙っているつもりなんて全くなかった。すぐに学級会を開くことを溝口先生に要求する。そして言った奴をつるし上げる。

「馬鹿はいくらしても馬鹿」

 一番下の行を黒いマジックで書き込み、梨南はゆっくりと発音した。

「どうしてこの紙を作ったかがよくわかるから」

 新井林は鐘が鳴るぎりぎりに教室に入ってきた。鐘が鳴り終わってから微妙なずれで、はるみが後ろのドアに滑り込んだ。たぶん遅刻ではないだろう。入学してからいつもそうだった。

「おはよう、梨南ちゃん」

 しつこい、黙れ。梨南は紙を広げて誤字脱字をチェックしている振りをした。

 ──はるみ、裏切り者としゃべる気なんて、私はないから。

 ──あんたは新井林とだけくっついていればいいんだから。

 くだんの新井林は、タオルで汗を拭きながらじろっとにらみつけている。

 本来だったら梨南も新井林に「評議委員会で決まったこと」を報告し、朝の会で一緒に発言するところなんだろう。申しわけないけれど、そんな気はさらさらなかった。昨日評議委員会に出席したのは梨南ひとりなのだ。新井林の出番はない。

 ──朝は、杉本梨南が仕切らせていただきます。


 大抵授業前、授業後の号令は、男女評議委員が分け合って担当しているらしい。なぜかB組は新井林が一方的に担当している。別に無理にやりたいとも思わないので梨南はそのままにしている。もっとも、号令をかけたってきちんと頭を下げる奴なんて数えるほどだ。女子は立ってこくんと頷くだけだ。口うるさいタイプの先生だと怒鳴ってやり直しさせたりする。もっとも新井林だって、ポケットに手をつっこんだまま「起立、礼、着席」ってやっているのだ。人のことは言えない。

「評議委員会からの報告をしていいですか」

 梨南は「着席」の号令に従わず立ったまま、溝口先生に尋ねた。昨日の今日ということもあり、溝口先生は小さく頷き、教壇を指差した。隅のパイプ椅子に座ったまま、脚を組んだ。

 細長く丸めた用紙を、竹刀のように抱え持ち、梨南は教机に手をかけた。まだ広げない。男子たちの「はやくひっこめ」

「うっとおしいぜ」

「死ねぶす」

の声をBGMに。

「六月の全校集会についての報告です。今回は各クラス対抗のクイズ大会に決定しました。そのことについては、先週報告しました」

 全く静まらない教室。溝口先生が雷を落としたさそうににらんでいる。

「少し静かにしろよ。新井林、少し注意しろ」

 新井林は廊下側を向いたまま、シャープペンシルをくるくる回しているだけだった。

「先生、いいです。私のやり方でやります」

 たしなめるように答え、梨南はさっと紙の竹刀を引き抜いた。  両手一杯に広げても届かない大きさだった。もう一人だれか手伝ってほしかったが、そんなこと求めてはいけない。

「今からこの紙を、一日だけ後ろの掲示板に貼り付けておきます。昨日の評議委員会で決定したことはすべてここに記入されています。このクラスには日本語を読めない人はいないはずですし、この紙を一時間以上かけて読む人もいないと思います。ですから、今日の帰りには外します。もしこれを読んで、文句がある人は私、杉本のところまで言いに来てください。何もなければそのままクラスの人間が全て目を通したということにしますので、ご容赦ください」

 あ、それと。付け加えた。

「なお、私に言いたいことがある人は、一対一ですと証拠が残りませんので、かならず男女一人ずつ証人を用意してください。あとで言った言わないになるのはいやですから」

 新井林は一切黒板を見なかった。

「おい、新井林、お前も評議だろう。何かいいたいことはないのか」

「どうせ昨日は部活だったんで俺は出てねえし」

 言い返す新井林。たぶん、こいつも溝口先生を嫌っているのだろう。頭のよしあしで評議委員を決めると、結局、こういうことになるのだと梨南は思った。

「杉本も、もっと新井林と協力して……」

「不必要です。邪魔です」

「なんだと!」

 初めて新井林の顔がゆがんだ。シャープを投げつけるように机に置いた。

「今回の全校集会については、私が仕切ります。昨日の評議委員会で、そう決まりました」

「どういうことだい?」

 戸惑う表情の溝口先生。そりゃそうだろう。昨日のことで、もっとクラスの男女仲がよくなるはずと信じていたからかもしれない。甘い。そんなに楽だったら、人間じゃない。

「六月の全校集会は、シナリオを私が書くことに決まりました。はっきり言って、男子は邪魔です。手伝いにきませんし、それに二年の先輩達が私を守り立ててくれるからです。頭の悪い一年男子がいるよりはずっとはかどります」

「杉本、言ってもいいことと悪いことがあるぞ。男子に謝りなさい」

「そういう必要はありません」

「人を傷つけてそれでも平気なのか!」

「はい。真実を伝えただけです」 「ならば、聞くが」

 溝口先生が怒ったらしい。髪に手を突っ込んで掻いた。いきなり指をさした。

「昨日も聞いただろう。杉本の言葉で男子がいかに怒っているか」

「理由がある以上当然のことです」

「それはお前の屁理屈だ。今のことにおいては、杉本、お前が一方的に間違っている。謝れ。謝らなければ教室から出て行け」

 顔を真っ赤にして怒鳴る溝口先生。でも梨南は怖くなんてなかった。なに考えているのだろうとじっと眺めて観察するだけだった。


「教室で授業を受ける権利が私にはあります。溝口先生。私がここに立ったとたん、『馬鹿、死ね、ぶす』と叫んでいたあの連中も一緒に、外に出されるのだったらいいのですが、私だけというのは納得いきません。もし出て行くのでしたら」

 梨南はすっと、指先を扉に向けた。目を溝口先生に向けたままだった。

「後ろの三名、名前言えます。一緒に廊下に立たせてください。もしそれがだめだったら、私が教室を出て行きます」  梨南は間違ったことを一言も告げていない。

 溝口先生の額に皺が三本、波打った。

 男子たちと同じまなざしだ。そりゃそうだ。先生だって「男子」なのだから。いまさらながら梨南は気づいて、笑えてきた。

「もういい、席に着きなさい」

「掲示板に張り出してからにします」

 言い返さずに、梨南はそのまま、後ろの掲示板に向かった。まだ金色の画鋲がたくさん刺さっていた。まだこの学校で梨南は刺されていない。言葉は相当なものだけど、実力行使にはまだ誰も出ていないらしい。その辺が「紳士であれ、淑女であれ」たる、青大附属の校訓ゆきわたりしところであろう。

「けっ、ざまあみろ」

「先生に怒られてやんの。ばっかみてえ」

 わかっていない。本当に男子はばかだ。  溝口先生が言い返せないのを気づいていないなんて。

 女子たちはみな、自分たちのおしゃべりに専念しているようすだった。それでよし。梨南は何も言い返すことなどなかった。みんなが好き勝手に、やってくれればそれでよい。クラスのまとまりなんてどうだっていい。

 梨南の目的はひとつだけ。

 ──六月、学年集会は、私のシナリオで仕切らせていただくから。

 ──一年男子たちの手になんて、絶対に落とさないから。

 ──だって。

 真上を見上げた。頭の上、天井は二年教室の床のはずだった。

 ひとつにまとめたポニーテールの結び目がひっぱられて痛かった。

 誰かが軽く、天井からつついているようだった。

 ──立村先輩は、私を指名してくれたんだもの。


 授業は相変わらずだった。梨南にわからないところなどひとつもなかった。前もって予習復習しているし、暇があったら百科事典でいろいろな知識を増やしている。新聞も隅々まで読んでいる。社会情勢も毎朝、両親と話し合っている。女子同士の約束事、おしゃれについても、ちゃんと夕刊に入ってくるデパートチラシでチェック済みだ。その点、梨南はきっちりしている。雑誌こそ買わないけれども、最近はやりのセーラー襟ワンピースが可愛いとか、丸襟のふんわりしたブラウスとか、梨南好みのものにはちゃんと話をあわせている。

「そうだよね、杉本さんってかわいらしい感じの洋服が似合うよね。襟にフリルをたくさんつけた感じで、ジャンバースカートを着たりとか、そういうのが一番よさそう。ほら、ピアノの発表会で着るようなビロードのワンピースってあるじゃない? それを普段着使いにして着ると可愛いよね、杉本さん、髪を下ろしたら絶対可愛いよ」

 花森さんがひとりで梨南の席に近づき、一気にまくし立てた。 「私も、そういうのが好きだから」  残念ながら、今年の流行とは違うことも、ちゃんと調査ずみだ。

 自分の顔が、目をのぞいてぼんやりした雰囲気だというのは、女子たちの態度からもよくわかる。ほどけばたぶん、はるみよりも長いだろう。頭のてっぺんにつき立てて結んだポニーテールは、動くと少し痛い。ひっつめてピンで留め、黒いリボンを大きく結んでいる。梨南が唯一こだわっているおしゃれポイントはそこだった。鏡で見ると、猫の耳に見える。ぴんと立っていて、校則違反をしなくても派手になる。

 花森さんが誉めてくれるのは、正反対のタイプだからかもしれない。

 指先に赤いマニキュアを塗ってみたって、唇にリップを重ね塗りしててからせたって、梨南の好みとは合わないし、たぶん似合わない。

「私、花森さんは自分の似合うもの知っているから、偉いと思う。だからそう素直に言ってるだけ。ばか男子なんかにかまわないで、うまく校則をごまかしていけばいいと思う」  波のない言葉だった。感情がないと罵られること多し。

「ありがと。その言葉、杉本さんにも返してあげるよ。ばか男子なんかに負けるなって。それにしてもねえ、新井林の奴、むかつくよね。なんで自分の彼女のことしか目に入らないかなあ。あんなことしてたら、かえって佐賀さんの立場が悪くなるって気付かないのかな」

 はるみのことを言っているのだろう。

 きっと、花森さんは小学校時代の出来事を知らないのだろう。  梨南も、口には出さない。そこまで最低な人間ではない。

「勝手にすればいい。私、ひとりひとりのことまで思いやる余裕なんてない」

「杉本さんは男子と戦うことで今は精一杯だもん、わかるよ。私だってそうだもんね。負けちゃ、だめだよ。うちのクラスの女子はみんな、杉本さんの味方なんだからね」

 花森さんはリップをポケットにしまいこんで教室から出て行った。エスケープだろうか。そういえば次の時間は溝口先生の授業、理科だった。用意するものは何もない。評議委員としての義務は、新井林が勝手にやってくれている。授業前、先生の教科書を運ぶため職員室に通うのが評議の仕事だが、梨南はこれまで一度も、担当したことがない。気が付いたらすべて新井林がはるみと一緒に運んでくるのだから。出番はなし。


 理科の授業中はみな寝るだけだった。女子たちは罫線が桃色のノートを用意して、破って手紙を書いている。匂いのするカラフルボールペンを駆使して、芸術的な手紙を完成させる。最後に複雑なたたみ方をして、こっそり後ろに渡す。女子の手でお目当ての人のもとへ届くしくみだった。読んだ相手はすぐ、手紙専用ファンシーノートをまた破る。書く。渡す。繰り返しだ。先生たちはそれを見つけるとすぐに取り上げて立たせたりする。梨南はいつも、手紙を経由するだけの立場だからどうでもいい。溝口先生の単調な授業を聞いているよりははるかに大切なことをしているんじゃないかとすら思っていた。それぞれに、言いたいことは、たくさんある。

 前の席。背中を丸めて居眠り寸前の姿勢でいるはるみをちらっと見た。

 右腕が小さく揺れている。

 これは絶対、手紙を書いている手だ。

 でも、B組に現在、はるみが手紙を書こうとする相手、女子の中にはいないはずだ。

 ──新井林に書いてるのかもしれない。

 ──きっと私の悪口を書いているのかもしれない。

 ──それとも交換日記をしているのかもしれない。

 小学校の頃は、梨南にも折り手紙を送ってきた。梨南はめったに返事を書かなかったが。だって内容があまりにも意味のないものばかりだったから。先生に怒られた。お母さんに怒られた。テストができなかった。マラソン大会出たくない。そういうたわいもないことばかりだった。

 ──はたしてそんなくだらないことを、新井林は喜ぶんだろうか。

 ──だから男子はばかなんだきっと。

 梨南は結論付けた後、もう一冊ノートをひっぱりだした。  昨日の帰り、用意した味もそっけもない大学ノートだった。青大附中の校章が浮き彫りだった。白い霜降りの表紙。昨日の夜、十ページ書き込んだ。

 ──立村先輩にもよくわかるよう、きれいな字で書き直したほういいかな。  耳もとのほつれ毛がぴくっと引っ張られた感じ。天井を見上げた。D組の教室の真上に、立村先輩は座っているはずだ。どこの席かわからないけれど、いるはずだ。

 ──はるみよりも、私の方が内容あること書くんだから。内職しても文句いわれないはず。溝口先生の授業聞くよりも、うちで百科事典読んだりしてるほうがずっとましだもの。


 内容は、「青潟大学附属中学 一年学年集会用企画書」

  クイズ大会の内容。

 一年から三年まで各クラス男女一名が壇上に並んで問題を解く。

 司会者は一年評議委員の誰かがなる。

 問題の内容は主に学校内の展示物、文房具、授業道具などの値段を当てるのが中心。ただし、購買部で扱っているような、誰にでも分かる値段のものは使わない。誰もが意識したことのないようなものの値段を当てる方がいい。

 梨南はしばし考えた後、続けて書きこんだ。教科書の表紙を立てて、影を作りながらゆっくりと。

「青潟大学附属中学の制服の価格を、一通り当てること」

 単純で、なにかぴんとこない。鉛筆の先が丸くなったので、携帯用鉛筆削りを取り出してくるくると削った。円錐形のかすがきれいに残った。

 ──私が言いたいのはこればっかりじゃなくって。


「制服の場合、買った店によって値段も違うし、布の感じも全く異なる。特に女子の場合は値段の差が店によって全く違う。そこで、今年の一年生が購入した制服の値段をできるだけたくさん調べて、店ごとの値段を当ててもらう」


 梨南の場合は母がすべてあつらえてくれた。気が付いたらうちに五着くらい、制服が揃っていた。いつも清潔な格好で通えるのが嬉しい。人によっては夏服冬服の二種類しか用意していないということで、近寄るとにおいそうな人もいたからだった。

 でも、他の子たちに聞くと、みなそれぞれが洋品店やデパートで揃えたらしい。確かに細かく観察すると、リボンの色合いや布地の雰囲気、スカートのひだの数、腰のしまり具合、なんとなく違っていた。  たまたま評議委員会の時、清坂先輩と話をしていた際、

「制服って似合う人と似合わない人がいるよね。私、親の行きつけの店で縫ってもらったんだけど、なんか胸ががふがふで変なの。他の子みたいに、もっといいとこで作ってもらえばよかったって、昨日も母さんとけんかしちゃったんだ」

 と、制服談義で盛り上がったことがあった。別に梨南が語ったわけではないし、清坂先輩の一方的なおしゃれリズムに付き合っただけだ。でも、なんとなく言いたいことは伝わった。洋服って似合う形、似合わない形がはっきりしている。そういうのを比較してみたりしたらおもしろいんじゃないか。男子の制服は地味なブレザーとネクタイだけだが、それなりにこだわりポイントもあるのではないだろうか。今度立村先輩にも聞いてみようと決めた。

「ねえ、杉本さん。男子ってやたらと制服着崩しているよね。ほら、うちの羽飛貴史なんか何考えてるんだか、ネクタイ思いっきり緩めてるよね。ズボンも短くはいてるし。あいつ、足短いんだからそんなみじめなことしなければいいのに。何考えてるんだろうね」

 短くはないんだけど、と梨南は思う。一年B組の連中のように、胸をはだけんばかりにワイシャツのボタンを外しているのに比べたら、はるかにましだ。そういうつもりが、別の言葉に化けてしまい、あせったことを覚えている。

「立村先輩は、いつもきちんと着てますよね。汗かかないで、ブレザー着て」

「そうね、立村くんは制服を着崩さずに着て許される、唯一の男子よね。ここだけの話だけど、立村くん洋服にはこだわるよ。秋になったら笑うから。とんびのマント着て学校にきたことあるんだよ」

 いつだったか忘れたけれども、清坂先輩のおしゃれ談義は果てることがなかった。せっかく二年生の女子を援軍につけてもらえるのならば、清坂先輩に思いっきり頼ってしまおう。昨日の夜決めた案だった。一年の同期連中が当てにならない以上、頭のいい二年女子評議のみなさまに案を出してもらおう。一年と話しているよりもずっとそちらの方がよかった。

 はるみが振り返った。まなざしが細い。手紙を新井林に届けてくれというのだろうか。一切無視してやるつもりだった。

 気付かないふりしてノートを埋めつづけた。

「梨南ちゃん」

 か細い声で、耳に響いた。  もちろん先生には気づかれない程度だった。

「読んで」

 緑の罫線がひかれているノートの切れ端だった。おりがみの騙し船をこしらえる要領で織り込まれていた。こんなことのためにわざわざなにをしていたんだろう。

 読んでといわれた以上は、読まねばならない。

 梨南はいったん手を休め、騙し船をもとの紙にもどした。


「梨南ちゃん。二年の評議の先輩のことが好きなの?  私にはわかる。健吾も他の男子も知っていると思う」


 こんな複雑な折り方をして、要件はこれだけか。  端と端をきちんと合わせて折りつづけた。小さくたたんだ。返事は書かなかった。うちで破り捨てよう。学校でうっかり捨てたら、拾われてろくなことにならないかもしれないから。


 ──はるみ、あんたたちとは違うもの。

 ──はるみみたいに、私は男子を顔で決めたりしないもの。

 ──どんなに顔が変でも、ろくに九九が言えなくても、私を認めてくれた先輩だもの、嫌いになんてなるわけないのに。ばかみたい。

 ──嫌いでないことを知って、何自慢できるっていうの。だからこのクラスの男子は頭が悪いのよ。


 はるみからの手紙をしまい終えた後、梨南は企画の続きを綴った。教壇では来週の実験に使う道具について溝口先生が説明している。耳には入ってきた。塩酸を使うらしい。劇薬らしい。飲むなと言っている。そんなことを説明しなくてはいけないなんて、やっぱり一年B組はばかばかりなのだ。結論はいつもそこに行き着いた。  


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