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 本条先輩が心配そうな顔で、梨南を呼び止めたのは次の日だった。

「杉本、下駄箱にはできればラブレターにしてほしかったんだが」

「どうせそれならお捨てになるでしょう」

 軽くあしらい、梨南は回れ右して本条先輩の方を見た。

「手紙の件なんだが。お前、新井林にはもう伝えたのか」

「いいえ、これからお付き合いしていただきます。教室までいらしてください」

 有無を言わせず梨南は一年B組の教室内を片手で示した。中にはまだいるはずだ。新井林がはるみを待ちわびて歩き回っているはずだ。誰もからかおうとしないのは、奴に何をされるか、つるされたら怖いか、わかっているからだろう。現場を捕らえたら梨南もかばってやっただろうが、無理に自分の仕事を増やす必要はない。本条先輩は天井を見てふうっとため息をついた。天に吹き出した。半そでのシャツと、ゆるんだ襟もと。ネクタイを軽く調えて、

「おーい、新井林、ちょっと来い」

 一声かけた。

「先輩だめです。直接、たくさん人がいるところで、きちんと話をしないと、握りつぶされます」

 仕方なさそうに本条先輩はドアから体を滑り込ませた。新井林がちょこんと頭を下げようとしているが、梨南を見るや顔をしかめた。

 慣れている。いつものことだ。おびえはしない。

 はるみがかばんに教科書を詰め込んでいる。今日は辞書が入りきらなかったようで、難儀している様子だ。教室にはまだ、一年B組の男女が各三名程度、うろうろしていた。花森さんが梨南を待っているのか、化粧に専念していた。

「とりあえずだな、新井林。現状を打破するために、杉本から話し合いを持ちたいとの連絡をもらったんだ。お前のことだ、いろいろ言いたいことあるだろう。な」

 がしっと肩を抱くようにして、本条先輩は立っていた新井林を座らせた。この格好、よく立村先輩にもしている。「本条・立村ホモ説」はカモフラージュで、実は「本条・新井林ホモ説」が本当のことなんじゃないだろうか。梨南の推理を補強する行動にほくそえんだ。

「この女とこれ以上何話せって。本条委員長、冗談じゃねえ」

「最初で最後。あんたとはもう二度と口を利く気もないわ」

 ローエングリン人形に話し掛けているつもりで梨南は答えた。 

 人形と感情は別物だから。

「まあまあ、とにかく落ち着けよ。お前、男だろ。これで最後だって杉本も言ってるんだ。もちろん俺が立ち会う」

「けっ」

 鼻を鳴らしてあごを上げた。

「本条委員長じきじきのお裁きってことっすか」

「そうだ、俺が名奉行だ」

 あくまでも冗談めいた雰囲気が切れないように、必死に本条先輩は続けてくれた。ひいきしてくれている本条先輩ですら、新井林を説得するのが骨なのだから、梨南ひとりではまず無理だっただろう。

 計画はやっぱり、正確だ。

「一度、冷静にお前らの話し合いを聞いてみたいって気は、俺もあるぞ。おいおい、いいか、新井林。お前くらい気骨のある奴だったら」

 小さい声で耳もとにささやく。きっと梨南の悪口だろう。目の前でささやくのだから、本条先輩も度胸あるものだ。

「……わかりました」

 数秒、黙りこくった後、新井林は本条先輩の顔をちらっと見て、頷いた。

 完全にネクタイをとっぱらっている。前髪がつんつんしているところは相変わらずで、今日はやたらと前髪がてかっている。整髪料の使いすぎだろう。

「じゃあ、話し合いは明日だ。俺の教室だ」

 三年A組を決闘の場所と定めた後、本条先輩はひょいと梨南の顔を見上げ、立ち上がった。

「というわけで、杉本明日頼むぞ」

「あの、すみません」

 新井林には聞こえないように、もうひとつお願いした。

「なんだ?」

「立村先輩には、言わないでください。フェアな形での話し合いにしたいので」

「奴にか? いや、フェアとかそういう問題じゃないと思うけどな」

 背中を向けたとたん、わざとらしく笑い声が響いた。新井林ではなく、残っている三名の男子連中だった。

 きっと、「立村先輩に杉本梨南が振られた説」を鵜呑みにしている奴らだろう。

「はい。正当な判断をしてくださるのは、本条先輩のみだと思います」

 首をひねる本条先輩だが小さくあご先を動かして、仕方なさそうに頷いた。。

「一年同士の話し合いだもんな。二年を混ぜてもしゃあねえか。わかったよ。杉本」


 本条先輩がいなくなった後、梨南はきびすを返して教室を出ようとした。

 その時、いきなり新井林の怒鳴り声が響いた。

 立ち止まる。

「おい、ちょっと待てよ」

 てっきり自分に向けられたものかと思った。振り返りにらみ返そうとした。奴のまなざしは違う方向に向けられていた。

 梨南がいつも座っている席の、ひとつ前。 

 まだ机の上にはかばんが載っている。はるみの席となりに立っている女子がいる。

 深紅の唇だけが教室の空気に浮いていた。

 花森さんがはるみの席の横に立ったまま、ポケットに手をつっこんだままなにやら話し掛けているようだった。梨南が本条先輩にかまけていた間に、何か打ち合わせをしていた様子だった。はるみはうつむいている。辞書をしまい損ねて、手をどこにやればいいかわからない様子。

「てめえ、佐賀に何言った」

 髪の毛先をもてあそびながら、花森さんはつまらなさそうに答えた。

「ばか男子に話す必要なんてないから、言わない」

「ばかだと」

 梨南の方をちらっと見て、小さくピースサインをした。かすかな笑みを浮かべた。すぐに消して新井林に対した。はるみの頭越しに気抜けした声で、

「あんたも自分の彼女くらい、堂々とさせなさいよ。おどおどしていて見ててほんっとむかつくのよね。杉本さんひとりをいけにえみたいなことしてるなんてさ、男として恥ずかしいと思わないのかなあ」

 違う展開が始まっていた。

 ──花森さん、いったい何をしようとしてるわけ。

 梨南は戸口に佇んだままだった。他の男女が後ろの扉から抜け出していった。一人だけ窓から飛び降りた。

「もう一度言ってみやがれ!」

 肉薄しようとする新井林。立ち上がってすごい勢いで花森さんと向かい合った。

「ほおお、手を出そうってわけ。やっぱりガキはガキだねえ」

 鼻で笑いつつ、花森さんは冷静に交わした。

「ばっかじゃないの。別に私は佐賀さんをいじめてるつもりないよ。あんたらが杉本さんにしていることを『いじめ』だと思わない程度にね」

 ──私をかばってくれてるの?

 何がきっかけだったのかわからない。確かに花森さんは梨南のことを気に入ってくれている。でも、予告なんてなかった。本条先輩と正式話し合いを申し込んでいる間にこんなことになっているなんて思わなかった。自分の想像つかないところで何が起こっているのかわからない。

 梨南はゆっくりと近づいた。教机の隣に立った。サンドイッチの格好で新井林と花森さんがにらみ合っている。はるみが具だ。うつむいたままだ。

 気が付いたのは花森さんも一緒だった。梨南の目をしっかり見つめて、はにかみ気味に笑みを浮かべた。

「杉本さんだってそうでしょう。いい子ぶって友だち友だちされるより、嫌われるならはっきりと嫌われた方がいいでしょう。やり方が汚いよ。佐賀さん。あんたがやってることって」

 言いかけた花森さんに新井林が掴みかかった。さらりと交わす花森さん。指先だけが咽にかかりそうで、襟元のボタンがはじけた音がした。さすが野郎の腕力は半端じゃない。ボタンが取れたらしく、ちらっと襟が開いた。咽のくぼみがちらりと覗いた。

 阻止するのが梨南のつとめ。素早く花森さんに走りより、引き離した。

「教室での暴力は許されないことだけど」

 自分をかばってくれる人にしてあげることは当然のことだ。

 梨南はゆっくりと言い放った。

「さっき、本条先輩の前で言ったことだけど、明日、その場ですべて片付ける。言いたいことがあればその場で聞く」

 花森さんに向かってあらためて。

「花森さん、私のことは大丈夫。明日、話し合いするから」

「でもさ、ちょっとやり口汚いよね。私もあまりいい子っぽいこといえないけどさ」

 ブラウスのボタンをそのまま開いたまま、花森さんは目を細めてつぶやいた。

「佐賀さん、自分ばっかりいい子でいるのはやめなさいよ。言いたいこと言わないで、同情した振りするのはさ」


「私にも言わせて」

 言葉を遮ったのは新井林でなかった。

 すうっと立ち上がったのははるみだった。髪型は相変わらずのお団子髪。後れ毛が落ちていなかった。

「悪いけど、言いたいことばかり言うのが、正しいとは思わない。私は、自分の意志でしているだけだから」

 梨南の方をじっと見つめて笑みを絞り出そうとしていた。

「私は梨南ちゃんのことが、かわいそうだと思っているだけ」

 新井林に向かい、大きく頷いた。奴の目がこわばっている。はるみの言葉に、相手の方が打たれたといった格好だった。挙げかけた手を下ろしあぐねてポケットに突っ込んでいる。

「健吾、行こうね」

 やわらかい、穏やかな言葉だった。

 はるみは新井林の腕を引いて教室を出て行った。 

 

 確かに今まではるみがしなかった行動ではあった。

 三週間前、クイズ大会で手に口づけされ、はにかんでいたはるみではなかった。

「なあに、あの態度。杉本さん、負けたらだめだよ。うちのクラスの女子がみんな、杉本さんの味方なのはね、はっきり言わないことが許せないからなのよ。自信持っていいんだからさ。ああ、しっかし、私裁縫苦手なんだよね」

「私、ソーイングセット持ってる」

 梨南はかばんから針と糸のセットを取り出した。でもここでは難しそうだ。咽もとを刺したら大変だ。代わりに細い赤リボンを渡した。

「ボタンホールにリボン通して、飾りにしたらすてきだと思うわ」


 花森さんと別れた後、梨南は急いで家に戻った。

 もともと梨南との話し合いをあっさり受けるとは思っていなかった。だから本条先輩の威厳を利用させてもらったのだ。読みは当たっていた。しかしながら本条先輩の様子は、ちょっと戸惑っている様子だった。女子にはおちゃらけた態度を取っている本条先輩だが、梨南にも一応それなりの言葉をかけている。

 ──騙されたらだめだから。

 ──新井林の味方なんて、相手にしちゃいけないの。

 どこかひっかかるものがあったけれども、それ以上にはるみの言葉が許せない。

 なあにが「私は梨南ちゃんのことを、かわいそうだと思っているだけ」なんだろう。

 どう考えてもばかにしている。かわいそうだからかわいそうだからと連呼して、梨南を貶めようとしているわけだ。むかついてきて胃薬がほしいくらい。でもよくもまあ、あそこまで言いたいことを言えるようになったものだ。小学校の頃なんて梨南の側を離れることなんて一切できなかった子だった。いつも梨南の真似をして、髪の毛を伸ばして、無地のきれいな便箋を使って。

 あの態度はなんだろう。

 何がはるみをああまで変えさせたのだろう。

 梨南は頭から振り払って、もうひとつ、誰にも言っていない推測を書き込んだ。


 あくまでも梨南の憶測だ。月曜日の集会時に初めて聞いた、「立村先輩が次期評議委員長になるらしい。もしくは指名されるらしい」という噂のことだった。青大附中の評議委員長は、夏休みの評議委員会合宿で指名されるのが「伝統」だと、以前清坂先輩に教えてもらったことがある。現評議委員長・本条先輩が指名権を持っている。

 一番仲のいい後輩ということもあわせて考えると、立村先輩が最有力候補であるのは間違いない。

 ある程度みな、お約束という感じだったのかもしれない。梨南は気付かなかったけれども、他の二年先輩たちはすんなりと受け入れているようすだった。少なくとも、体育館での会話では、引きずり下ろそうとはしていないようだ。

 だが、立村先輩はさらに「一年を指名するかもしれないしさ」と付け加えている。

 本条先輩が新井林をやたらとひいきしている様子が見え見えなのは、鈍感な立村先輩も同じなのだろうか。

 はたして一年生の男子評議委員を、いきなり評議委員長として指名できるのか。

 頭の出来、切れ方で考えるならば、本条先輩が新井林の方をはるかに上だと思うのも、否定はできない。立村先輩のよさを梨南は分かっているつもりでいるけれども、すべての人が梨南と同じ人間鑑識眼を持っているとは限らない。あの本条先輩ですらも。

 ──本条先輩は、新井林を次期評議委員長に仕立て上げようとしているんではないだろうか。

 ──新井林中心で考えるとしたら、次にライバルになるのは私だ。

 ──立村先輩を引きずりおろせば、私は新井林と同じ立場に立てなくなる。

 

 明日、思いっきり言ってやろう。向こうの言いたいことも全て聞いてやる。

 そして、本条先輩の前で、たくらみをみな、暴露してやろう。

 ──私はそのことを立村先輩に告げ口すると断言しよう。

 ──私は、立村先輩にそれだけのことをしてあげる、権利がある。

 梨南は決めた。


 青潟には梅雨がない。それなりに雨は降るけれども、やんでしまえばさっぱりしたものだった。まだレースのショールをセーラー襟風に結んで通ってもおかしくない朝だった。今日は小さめの手編みレースを施したものを、襟元に結んでみた。純白だったので、ブラウスの白に溶け込んでしまいいまひとつだけど、自分なりの正装といった感じにはなりそうだった。出発する前にもう一度、「ワルキューレ騎行」を部屋の中に流した後、梨南は立ち上がった。

 

 一時期はしつこく通っていた二年側の教室。つい、足が向きそうになるのをこらえていた。本当だったら清坂先輩や古川先輩と、もっとおしゃべりしてみたかった。清坂先輩には、立村先輩がまたばかなことをしでかしてないかとか、古川先輩には間違った性的知識をばらまいていないかどうかを確認するとか、いろいろ、ネタは豊富だ。

 でも、行けばいやおうなしにひとりの人に会うことになる。

 自分がいてはいけない気持ちになるから、いやだった。

 しかたないからしばらくは一年の教室で他の子たちとおしゃべりに専念していた。花森さんがいれば話は別だけど、彼女が来るか来ないかは一種の賭けだった。

 

「梨南ちゃん、他の人たち、今言ったでしょ」

 返事しないけれどはるみが微笑みながら声をかけてきた。

「梨南ちゃんがいつも数学の予習をしてきてくれるから、みなノート見たがってるって。あれはね、梨南ちゃんの答えだけを見たがってるだけなのよ」

 こうも言う。

「梨南ちゃん、さっき一部の人たちがね、話していたのよ。『杉本さん以上に嫌われている人なんていないから大丈夫よ、告白しちゃいな』ってね。失礼だわ。梨南ちゃん、そういう人たちに親切にしてあげるなんて」

 もちろん、聞き流すだけだ。

 耳に入ってくるものは跳ね返せない。

 ──人の悪口をよく平気でいえるわね。

 ほとんどがクラスの女子たちの行動だった。もちろん梨南も、自分の周りに近づいてくる人たちが、ノート写しだとか男子たちへの悪口だとかそういうものだとは気付いていた。でもそれが悪いこととは思わなかった。少なくとも梨南は、女子たちのために必要とされているとわかっていたからだった。

 はるみがささやくまでは、そう信じきっていた。

 はるみの口から「かわいそう」という形容詞で出てくると、理性で押さえられない何かが飛び出しそうになる。

「さっき、健吾から聞いたの。梨南ちゃん、二年の清坂先輩に操られてしまったんだなってわかって、本当にかわいそうだと思ったの」

「私が、操られる?」

 口から飛び出した。押さえられなかった。身動きしないようにするのがやっとだった。はるみの声はささやき声。笑顔は変わらぬまま。続けた。

「清坂先輩は梨南ちゃんから、あの二年の先輩を取ったことで嫌われないように、一生懸命ご機嫌とっていたじゃない。私、健吾からそのあたりの話、全部聞いていたから知ってたの。梨南ちゃんはずっと気付かないでいたのねって。かわいそうだわ」

 じっと、梨南の目を見据えた。笑顔が細切れになり、揺れた。梨南の顔になにか揺れる物を見つけたのだろう。唇が軽く開いた。本性見つけたり、と梨南は思った。思っただけで何一つ言い返せない自分がいた。

「だから、私は、梨南ちゃんの友達でいたい」

 ──自分が何をしようとしているか、分かっていないふりしている。

「はるみ」

 決して悪口ではないことを、梨南は伝えなくてはならないと思った。

「もう、私なんかと一緒にいなくても、あんたは自分のやりたいこと、しているじゃないの」

 え、と思わず口をあけたままのはるみ。

「やりたいことあるのなら、一人でやればいいのよ」

「どういう意味なの? 私、わからないわ」

 もう答える気はなかった。梨南は無言を通し、次の授業の教科書を読む振りをした。

 

 妙に静かな教室だった。溝口先生が教室に来るなり、

「どうした、お前らおとなしいなあ」

 とぼそりとつぶやいたところみると、感じているのは梨南だけでないらしい。残念ながら花森さんはまだ来ていなかった。

 放課後、タイマン勝負を張る予定の新井林の様子を垣間見る。

 相変わらず面倒くさそうに「起立、礼、着席」の号令をかけている。はるみには閃光をひらめかせるように視線を投げているが梨南を見ようとはしない。

 ──私と新井林が何かしようとしているのをみな気付いているのかもしれない。

 静かすぎた。大抵いつもだったら梨南の方にもう少し「死ね」「ブス」「くたばれ」を代表とする言葉が飛び交うはずなのだが、一切ない。好意的な視線ではないにせよ、無視する姿勢らしく、目を向けてこない。

 ひとり、ふたりならば気持ちの変化かもと思う。でも、クラスの男子一同が同じ態度というのが違和感ありありだった。空気が妙に白くなり、かえって息苦しさすら感じる。

 思えば、男子に悪口を言われない一日なんて、今まで一度もなかったのだから。

 

 一時間限定か、と思っていたら結局放課後まで、悪口の封印は続いていた。信じ難い一日だった。他の女子たちは、戦わなくてもいい気持ちで、毎日過ごしているのだろうか。経験したことのない空気に梨南はまだ慣れていなかった。

 ──何か、おかしい。

 ──気持ち悪い。

 放課後の決戦に向けて最後の仕上げをしたいのに、集中できなかった。


 息苦しい真空パック状態から解放されたのは、放課後だった。結局花森さんは休みで、もう少し気兼ねなくおしゃべりすることもできなかった。残念だ。はるみははるみで気付いていたのだろうか、

「よかったわね。今日は梨南ちゃんを悪口言う人いなくって」

 言い残すと、さっさと一人で教室を出て行った。たぶん同じ違和感を感じていたのだろうし、へたしたら新井林との話し合いが控えていることも知っていたのだろう。さすが、『彼女』だ。

 ──平常心を失っちゃいけない。

 ──私は、負けない。

 叩きのめすのはこれからだ。梨南は教科書をしまいこむと、他の女子たちへ挨拶した後教室を出た。


 三年A組の教室には本条先輩ひとりだけだった。梨南の顔を見るとひょいひょいと手招きした。

「杉本も、ま、今日は一対一だ。徹底して言いたいこと言え。今のうちに片付けておく方がいいからな」

 よけいなことを言わないようにしようと思っていた。

「立村も心配してたぞ。杉本が、野郎相手にひとりで戦ってるって。あのままだったらいつかつぶれるぞってさ。まあ、言ってるあいつの方がもっとやばい。気付けよって、お前言いたくなるだろ?」

 お前呼ばわりだけど、まあいいかってところだ。本条先輩はそういうところで得体の知れない部分を隠している。梨南は小さく頷いた。

「本条委員長、今のうちに聞いていいですか」

「ああ、なんでもオッケーだ」

「なんで、そんなに立村先輩と仲がいいんですか」

 小さなきっかけ。聞いてみたかったこと。でも立村先輩のいる前では絶対に口に出せないこと。

 梨南の顔を、きょとんとして見返し、本条先輩は膝を叩いた。

「杉本、まさか俺と立村がホモだと思ってるんじゃねえのか」

「かなり近いです」

 嘘はつかないことに決めている。

「『本条・立村ホモ説』は評議委員会の人間ならみな知ってます」

「なんだよ、清坂か古川か、あのあたりに耳打ちされたな」

 声を立てて笑う本条先輩。何も考えていない風にみえ、梨南はあらためて気を引き締めた。

 ──こういうところで本条先輩に、立村先輩は騙されてるんだ。

 ──私がひっかかってどうするの。

 椅子の背もたれに思いっきりのけぞって、本条先輩は大きくのびをした。咽仏からあご、鼻、額とながれていく一本の線。きれいに、彫刻の像のようだった。青大附中きっての女ったらしと人はいうけれど、こういうところを見てしまったら、そりゃあひっかかるだろう。

「期待させて悪かった。残念ながら、奴には彼女いるだろ? 俺もふたりいるだろ? ま、そういうことだ」

「友達としてはどうなんですか? 立村先輩は頭がそれほどいいというわけでもないですし、それにくらべて本条先輩は学年トップですし」

「人間、成績イコール人間性ってことはないだろう。まあ、気が合うって、単純にそれだけだって。杉本だってそうだろ? やはり相性が合うことが最優先じゃねえか」

 本条先輩の言うとおりだ。梨南は頷いた。花森さんの顔が浮かんだ。

「私、不良とか優等生とかのレッテルを貼ったお付き合いはしたくないです」

「ただなあ、立村と俺との問題は、一年の差ってことか。先輩と後輩だと、まだお互い遠慮みたいなもんがある。ため歳だったら、また違ってたかも知れねえけどな」

 意外と本条先輩、上下関係にこだわるところを見せた。ちょっとあきれる。

「では、もうひとつ聞きます。どういうとこが好きなんですか。立村先輩の」

「好きって、誤解を招くようなこと言うなよ」

 伸びをした態勢のままで、本条先輩は天井に向かって答えた。椅子をちょっとだけ蹴って倒してみたかった。糸が咽仏にひっかかっているような、切れ切れの声で、

「あれだけ俺のことを認めてくれたら、そりゃ誰だってひいきしたくなるわな」

 残りの言葉は独り言だった。梨南が聞き取っていなければ、無視していい代物だった。

「わかりました」

 どこまで本気なのだろう。梨南には判断できなかった。

 あと十分弱で、梨南は本条先輩を攻撃するつもりでいる。今ここで聞いた言葉が全部嘘だと、証明するつもりでいる。でも、別のアンテナが、もしかしたらどうしよう、という電波を捕まえている。梨南が作り上げた一つの推理をひっくり返そうとする、力が働いていた。

 ──でも、私の推理が正しくないとしたら、あとの話が繋がらなくなる。

 ──そうよ、本条先輩は私が立村先輩の味方だとわかっているから、まだ友情めいたこと、言ってごまかしているのよ。

 梨南はじっと、本条先輩の鼻の穴を見つめつづけた。

 背中から生ぬるい風が動いた。振り向いた。

「おお、新井林、来たか」

 『ローエングリン』様の到来だ。


 ネクタイは外している。襟のボタンは二つ開けたままだ。咽仏はきちんと形づくられている。前髪は、教室にいた時と違って少し下ろしていた。細く、光っていた。

「本条委員長との、約束は守りました」

 めずらしくきちんとした口調で新井林は名乗った。梨南を無視して教壇の上に立ち、あごで軽く、何かを指し示した。

「よっし、ではやるか。こう言う機会はめったにないんだからな。お前ら、言いたいこと、全部言っちまえ。すっきりしちまえ」

 本条先輩が立ち上がると同時に、新井林も教壇から降りた。先生用の机側に立ったまま、かばんを教壇に投げ捨てた。梨南の顔を真っ正面から見据えてきた。青大附中に来てから初めてかもしれない。

 あの大きな瞳と輪郭くっきりした顔立ちに、見据えられるのは。

 梨南が瞳の中に映るのは。

 答えに、梨南も睨み返すことにした。


「まずはだな、杉本、どうしてこういう話し合いを持とうと決めたんだ?」

 ゆるゆると、本条先輩はとぼけた口調のまま尋ねてきた。感情を見破られないように答える。

「はい、一年B組の不毛な状態を、いいかげん片付けたかったんです」

「そりゃあ、いろいろ問題あるだろう」

 すべて新井林あたりから聞いているくせに。心で毒づき梨南は続けた。

「私と新井林がお互いを憎んでいるのはよくわかっていますし、それがふつうなことなのでどうでもいいです。ただ、クラスにこれ以上影響するのは、いろいろ面倒だし、こちらもうんざりしたので、ひとつ、提案したいことがあります」

「ほう、なんぞやそれは」

 作り笑顔でさらに促す本条先輩。身をかがめて梨南の顔を見下ろした。

「はい。クラスと委員会の担当を、分けることです」

 肝心要の新井林の反応を待つ。口を尖らせたまま、黙って見据えているのは変わらない。返事をしない。

「担当をわけるって、よくわからないんだが」

「はい。一年B組は現在、クラスの仕切りおよび、先生のところへの御用聞き、ロングホームルームの司会、および号令、すべて新井林の担当になっています。私がさぼっているわけではありません。勝手に向こうがやるので、こちらは投げているだけです」

 本当のことだ。向こうは言い返せまい。変わらない表情が目の前にある。

「その代わり、評議委員会関係のことはみな、私が仕切っています。この前の全校集会の時も、実質企画を実行したのは私でした。立村先輩がばらさなければ、誰も気付かなかったかもしれませんが」

「はは」

 顔を崩さず、乾いた声で、二語だけ、発した新井林。

「つまり、得意分野がふたつに分かれてるってことです。それだったら丸く収まるのではないでしょうか」

 ここからが勝負だ。梨南は声を低くした。本条先輩にちらっと視線を投げ、新井林正面に向かい、ゆっくりと言葉にした。

「一年B組のクラスに関しての仕切りは、すべて新井林に任せます。号令も、荷物持ちも、あとはロングホームルームも、すべてです。私は一切クラスにはタッチしません。たとえクラスの女子が新井林を代表とする男子連中に泣かされようとも、私はがまんしてます。文句は言う気もないし、勝手にすればということで、黙っています。ただし」

「ただし、なんだ?」

 腕立て伏せの中途半端な格好で、本条先輩が身をかがめてさらに問うた。

「今後の評議委員会関係の仕切りは私がすべて引き受けます。どうせ新井林を始めとする男子評議は部活で忙しいでしょう。私は部活に入ってませんし、時間はたっぷりあります。評議委員会こそ私の部活動そのものです」

 梨南はさらに続けた。

「お互い、触れる分野と触れない分野をくっきり分ければ、無理に話し合いをすることもないですし、溝口先生も文句言わないですむでしょう。どうですか。この案は」

 簡単に飲み込んでもらえるなんて思っていない。答えを待った。一秒、二秒、三秒。

 本条先輩も黙っている。

「ふうん、それで」

 唇を微妙に狭く動かして、新井林が答える。身体をぴくりともさせずに目も動かさない。いやみを言おうとする奴の顔に似ていた。

「了解ということだったら、話し合いはこれで終りです」

 本条先輩は身体を起こし、手を机について、自分の頭と手で二等辺三角形をこしらえた。

「なるほど、ひとつの手だな。男女評議が協力しあってクラスをまとめるのもひとつだが。杉本なかなかナイスだな」

 答えを聞きたいのは新井林だけだ。梨南は無視した。

 

「けっ、そうなったとして、本条先輩、そういうことを許されると思いますかねえ」

 本条先輩に向けての言葉なのに、梨南から目を離さず、微妙な笑みはそのままに。

 新井林の勝ち誇った表情は変わらなかった。奴がどういう出方をするかによって梨南は答えるしかない。

「最悪のパターンだが、お前もそっちの方が楽じゃないのか。まあ、どっちにしろ評議委員がみな委員会を捨てること、できるわけないんだからな」

 息を吸い込み、もう一度新井林をにらみつける。

「俺がよくても、はたして他の連中が納得するかってな。本条委員長、前に俺が言った通り、俺は本気でやろうと思ったら、部活と委員会の二束のわらじくらい余裕ではいてしまう奴です。今まではこの女の顔を見るとむかむかするから、あえて身を引いてきました。でも、もしこの前、本条先輩の言ってくれた通りのことになるんだったら」

「何もしてこなかったくせに」

 もっと決定的な言葉を待っている。梨南はじれてきた。

「てめえや、あいつと違って正々堂々、俺は委員会もクラスも、みんな仕切りきってやるってな」

 ばしんと机を叩いた。拳骨だった。

 本条先輩がその手首を抑え、直角に首を向けた。梨南の方だった。

「第一の案は、否決だな、杉本」

「どうしてですか」

「新井林はクラス運営だけでは納まりきらない奴だからな。俺としては、できれば評議委員会の大切な駒として動いてほしいなあと思うわけだ。杉本の気持ちもわからないでもないが、別のことを提案してみた方がいいんでないか」

 やはり、梨南の読み通りだった。

 新井林をかばおうとする本条先輩。

 評議委員会から外すことに異論を唱えるというのは、想像していた。

 切り札をいつ出すか、迷っていた。

「どうしてそんなに新井林をかばうんですか。この前の全校集会の時も、新井林に影でいろいろささやいていらしたみたいですよね。本条先輩。そんなに私のやり方がむかつきますか」

「おいおい、どうしたんだよ。杉本、ほら、落ち着いて」

「私は十分落ち着いてます」

 きんと響く声。自分でも荒れてきているのがわかる。ぼほっと、鼻を鳴らす音。新井林が腕を押さえられたまま、反り返って梨南へ鼻の穴を向けた。

「俺を必要としてくれてるのさ、けっ。てめえよりも、俺の方を、本条先輩は大切な人間として、評議に置きたいって言ってくれてるんだ。俺はてめえが決め付けているような頭の悪いばかでも、性格の悪い汚い人間でもねえよ。てめえのように汚いことをして、なんも関係のない奴らの親を街から追い出したり、てめえの決め付けたことで口利けない奴を出したりなんて、してねえよ」

「本条先輩が何をあんたにしてほしいって望んでるわけ」

 知らないふりをして、決定打を待つ。梨南の推理が正しければ、新井林が単純に答えるならば。

「本条先輩、言っていいっすか」

「もういい。止めないぞ」

 手首を離し、本条先輩は観念した風にうなだれた。両手をついたままだった。

「俺は、評議委員長候補として、先輩たちから指名を受けることになってるってわけだ。いいか、杉本。てめえのことをやたらひいきしている、あのばか二年なんかに評議委員長の座を任せられるかって」

 ひょこっと、本条先輩がびっくりまなこで新井林を見つめた。

「おい、ちょっと待った」

「言わせてくださいてってんだ!」

 本条先輩の制止も聞かず、新井林はいきなり人差し指を梨南に向けた。ピストルだった。目の前に突き出して威圧させようとしているのだろう。

 梨南は黙って、新井林の言い分を待っていた。


「あんな二年のばか野郎に惚れてるてめえに人のよしあしなんか決め付けられてたまるかよ。別に俺は、あいつの数学能力が小学生以下だとか、女子の尻ばかり追いかけてるとか、ガキの頃にはぎゃんぎゃん泣きつづけていたとか、そういう噂なんか気にしねえ。そうさ、俺はそんなことをネタにしていじめたいなんて思う、てめえのような人間じゃねえんだ」

 ──てめえのような、人間。

 梨南のような人間とはどういう人間なんだろう。

 指をしっかと見つめ、一点凝視しながら梨南はそのまま聞いていた。

「俺があいつを軽蔑してるのはひとつだけだ。てめえのような最低人間を、俺より上の扱いしたことが、死ぬほど許せねえだけだ。本条先輩、この前言った通り、この女のせいで俺の仲間は、親の仕事を奪われて町を出て行ったんだ。たかが猫三匹死んだくらいで、親の仕事場まで奪われて、さんざん針のむしろみたいにされてだ。きっと、親のしたことだからたいしたことないと思うんだろうな。ああ、死んだ猫を投げ入れたことだったら俺はあやまる。プライドは持っている。でも、てめえのやり方は」

「自暴自得よそういうのは」

「はは、自暴自得かよ。そうだな、てめえがそれから周りの家やまともな奴らから、されてることも自暴自得だな。あれ以来、てめえの家が村八分になっていることも知らないできどってやがるもんな。まあ、それは勝手だ。俺には関係ない。だが、もっと許せねえのは」

 大きく息継ぎをする。手を下ろし、本条先輩が口を開きかけたのを遮り。

「てめえが気取りつづけてるのはいい、勝手にしろっていうんだ。だが、他の奴らにそれを押し付けることはねえだろ? 杉本、てめえが気に入らなければ、病人だ、異常だと決め付けられた奴らはどうなるんだ? 俺だって別に女子をいじめたいとか思ったことはない。嫌いだとかそういうのはあっても、ふつうの話ができればふつうのことですんだはずだ。ところがどうだ? てめえの取り巻き連中は、何されるかわからなくて怖くて、仕方なく俺たちに歯向かってくるってわけだ。しかたねえから俺たちも戦うしかねえ。結局、てめえと俺との戦いは、その繰り返しさ。ふつうにしたいだけなのに、てめえが回りを異常にしてぶつかってきてってわけだ。親の決め付けたことを鵜呑みにして、結局自分ではなんも出来ないから、大人を利用してやり返すってきたないやり方だ。吉久先生はてめえの汚さを全部、ご承知ってことだ。そうだ。はは、知らねえだろう。俺たちが勝手にクラス会やってたのもな。それも二回も、やってたってな」

「聞いてる。はるみに」

 これだけ間に挟むのがやっとだった。

「吉久先生がな、言ったんだ。てめえには、絶対言わないでやろうってな。女子たちも小学校卒業してから、俺とふつうの話をして、おかしくない奴に戻ってた。てめえの支配から逃れて、みんなまともに戻ったんだ。ところが今は、一年B組が狂ってきたってわけだ」

 新井林の目がぎらぎら光っている。狂犬だ。止められない押さえられない。本条先輩もあきらめたようで、黙って聞いている。

 一瞬の空気を逃さず梨南も言い放った。

「悪いけど、今の話聞いているとあんたたちのしていることが棚上げになっているみたいね。あんたがたが私にしてきたことは、世間一般でいう『いじめ』ってやつだって、世の中の大人は決め付けているのよ。私が思っている以上にみな、同情してくれてるのよ。自分を正当化するなんてやっぱりばかなのね」

「ああ、そうだったさ。俺は確かに六年間、てめえを『いじめ』てきたかもしれない。嫌がらせはしてきたかもしれない。頭を下げれっていわれたらあやまるさ。反省するさ。本条先輩にも言われたしな。『評議委員長になる器を持っているのならば、姑息なまねはやめろ』ってな。だから、俺はけじめをつけたってわけだ」

 朝の一年B組、異様なまでの静かな空気。

「けじめというのは何よ」

「気付いてねえのかよ。俺は、てめえなんかとは違う。姑息ないじめなんてしねえ。やるなら正々堂々タイマン勝負でけりをつける。ということで、連中にてめえをこれ以上突き上げないよう指示を出したってわけだ。しつこいようだが、かわいそうだからなんてこれっぽっちも思っちゃいねえ、俺が評議委員長になるための、証明だ」


 答えが見えた。あの異様な静けさの理由だった。

 あれは梨南を男子たちが受け入れたのではない。新井林の命令に過ぎなかったのだ。

 クラスを完全に支配しているからできることだ。恐るべし、新井林健吾。


「本条先輩、私も言わせてもらいます」

 何度か口をあけようとした本条先輩を遮り、今度は梨南が口を切った。

「先輩、さっきお話してましたよね。立村先輩とどうして仲がいいのかってことを。立村先輩が慕ってくれるから、仲いいんだって。言ってましたよね」

「あ、ああ、言ったぞ」

「立村先輩だってひたすら本条先輩のことを信じています。この前の荒れた委員会締めの時だってそうです。私だったら本条先輩のことを信じられなくなったと思います。でも立村先輩は、たかだが卓球に誘われたくらいで、この人は大丈夫だと信じきってしまってます。立村先輩が少しぼんやりしていて、まぬけなのは私もわかります。でも、信じてくれた人を裏切るなんて、あんまりではないでしょうか。もしかしたら私は新井林の言うとおりの人間かもしれませんが、こういう裏切りかたはひどすぎます」

 感情では訴えたくない。冷静に、独り言を言う調子で梨南は続けた。

「評議委員長がどのくらいすごい地位なのかはわかりません。ただ、立村先輩が選ばれるものだとみな、信じてます。二年の男子評議の先輩たちもそうです。新井林なんかが、まさか、本条先輩に選ばれているなんて聞いたら、きっとすごい騒ぎになりますね。当たり前です。新井林みたいに委員会をサボりまくっている奴が、いきなり引っ張り出されたら、許せる人はいないと思います。それともなんですか、問題は立村先輩の顔ですか、性格ですか。新井林みたいに顔しかとりえのない奴に、そんなことされたくないです」

「ほほう、顔しか、とりえないか、俺が」

 思わず口を押さえそうになる。かろうじて耐えた。

「立村先輩よりはという、比較の問題です。もし、本当に新井林を委員長にしようという計画だったら、私はどんな手を使っても阻止します。本条委員長を敵に回したとしても、私は立村先輩側につきます」

 梨南も息をほとんど継がなかった。


 本条先輩の顔がようやく、合点の言った表情に変わった。汗がひたいにうっすらと沸いている。ごしごしとこすって、新井林、梨南のふたりを交互に見比べた。

「よっくわかった。一年ども。今度は俺の番だ。黙って聞け」

 本条先輩が手を入れた。

「要点を整理したいんだが、杉本は俺が、立村を騙して新井林を評議委員長にしようとしていると言いたいんだな」

「だって、新井林もそう答えてました」

 次に新井林をじっと見つめた。

「お前は、俺がお前を次期評議委員長に指名するつもりでいると、思っているわけだな」

「この前、そう言ってくれたじゃないですか、本条先輩。『俺はお前を評議委員長候補の器だと思っている』って」

「ああ、言ったな。言ったな。確かにお前は器を持っていると俺は言った。だがな、新井林」

 しゃべりすぎて力が入らない。本条先輩の息使いに飲まれそうだ。救いなのは新井林も同じようだったことくらいだ。

「次期評議委員長は立村だ。こればっかりは絶対に変わらない」

「本条先輩、だって俺に」

「黙れ! 後にも先にも、俺の跡目を継がせるのはあいつだ! 今後、この件について茶々を入れることは俺が許さない」

 初めて本条先輩は声を荒げた。新井林をじっと見つめ、有無を言わさぬ口調で怒鳴り、黙った。

 

 新井林の顔は脱力していった。口を半ば開けて、ひとこと、

「あんな奴をなぜ」

 梨南も、しばらく口が利けなかった。何か言いたいことはある。また騙しているのではといいたい。でも、それを封じ込める迫力に気押されて、わけがわからない。

 推理の一部は確かに当たっていた。

 新井林の性格が、評議委員長にふさわしいと思っていたのは当たっていた。

 だから、影で本条先輩が、新井林をひいきしていた理由も読めた。

 だが、本条先輩は、立村先輩を次期委員長にすると断言している。新井林の前で言い切ってしまっている。理由が見当つかなかった。


 本条先輩は続けた。

「今の内に言っとく。立村は見た目の坊ちゃん面とは裏腹に、怖いぞ。新井林、お前が本気で評議委員長を狙うのだったら、徹底して立村のやり方を追っかけろ。一年間どうやって修羅場を乗り切っていくかをまなこ開いて見ておけ。本当に超えられると思った時だけ、勝負してみろ。お前は奴の怖さを知らないからな。俺も、先輩でなかったら奴を使う自信は、なかった」

 ぼそっとつぶやいたのはどこまで本気なのだろうか。

「あんな奴、あんな奴の下に、また一年も」

 いつのまにか新井林の目がしょぼついてきた。うるんできたのだろうか。図体に似合わない。いきなり、声を詰まらせた。

「畜生、また騙されたのかよ。あの野郎に」

「騙してなんかないだろ。俺はお前を評議委員長の器だってことは、信じてたんだからな」

「あんな奴、なんかの言うこと聞くくらいだったら、俺は、俺は」

「おいおい落ち着けよ。新井林、評議委員会っていうのはな、人の顔色を見て、生徒会や規律委員会、音楽委員会、生活委員会などなどと連絡を取り合って、演劇やったりクラスのイベント開いたりととにかく忙しいんだ。入ったばかりの一年にやらせるのは荷が重いだろ?」

「私はどうなんですか」

 突き刺してやりたくて、つい口にでた。

「いや、杉本。決して君を無視したわけじゃない。評議委員長ともなると、とにかく身体が丈夫でないと持たない。もし君が新井林くらいの体力を持っていたら、ためらうことなく候補にしたと思う。でも差別とかじゃなくて現実問題、男と女の体力は、差がありすぎるんだ」

「だったら立村先輩はどうなんですか? 明らかに私と同じくらいの体力しか」

 口にでたのを押しとどめた。本条先輩は新井林をなだめるのに必死だ。こいつは感情が高ぶると涙ぐむくせがあるという発見。この前十分教えてもらったことのひとつだった。

「あのなあ、新井林、泣くな。俺も言い方が悪かった。俺が言いたいのはな、一年の中でもお前みたいなタイプはそうそういないんだ。今年の一年はいろいろあってやる気がないとかさんざん言われているけどな、お前は本気を出したとたんすごい能力を発揮する奴だって、早いうちから俺は見ぬいてた」

「あんな奴と一緒にされたかねえよ!」

 顔色浅黒くしながらも、震えつつ新井林は叫んでいた。

 梨南だけが冷静に野郎ふたりの様子を見つめていた。

 ──本条先輩はやはり立村先輩よりも新井林の方が好きなんじゃないだろうか。

「まだまだこれからだろ。まだ入学して三カ月だろ。いいか新井林。俺がこれから少しずつ、うまく行く方法を教えてやるから。二年あるんだからその間に、立村のやり方と見比べてやってみろよ」

 

 ──こいつ、本当にばかかもしれない。

 なにもかもばかばかしくなった。梨南の奥底に隠れていたかつての記憶が目の前にちらつき、消えた。小学校入学時から、卒業まで、ローエングリンという名の憧れを重ねていた相手だったはずだ。どうして人間の性格と見た目とは重ならないのだろうと感じていた相手だったはずだ。卒業式前の蛆虫事件時に、突き飛ばされ頭を打ってしまった時、はるみは新井林の背中におぶわれて去ってしまった。梨南ひとりで保健室で傷を見てもらいながら復讐を誓ったのは、その時だ。

 

 小学校に入学した時から知っていた。

 新井林健吾は佐賀はるみのことしか追いかけてなくて、はるみも幼なじみの新井林を慕っていたことを、

「健吾、健吾、一緒に行こうよ」と甘えていたから、いつも他の女子たちに総すかんを買っていたっけ。

 梨南は見るに耐えなかったからすぐに、はるみの面倒を見ることに決めた。他の女子たちとなじませるために、新井林のことを嫌いにさせて、縁を切らせて、男子にくっつくのをやめさせた。

 何もかも、はるみがクラスで仲良くできるようにするため、梨南がしてあげたことだった。

 なのに、最後の最後にはるみは梨南よりも新井林を選んだ。

 新井林に、「こんな女なんかより下に見られたくない」と罵られる覚えもない。

 はるみに「梨南ちゃんは赤ちゃん扱いされていて可哀想」と哀れまれる、必要もない。


「新井林、ひとつだけ聞きたいの。これでもう二度と口を利く気はないから、答えなさい」

 ひっくと、しゃくりあげながら新井林は顔を上げた。うるんではいても血走った視線は変わらなかった。

「てめえに命令される覚えはねえよ」

「どうして、ここまで私を嫌うわけなの。具体的な例をあげてほしいの」

 本条先輩が梨南に軽く手を差し伸べた。何かを言おうとしたが梨南は首を振った。

「聞かないと、すべてが終わらないんです。本条先輩」

「お互い感情論になるのはやめろよ。杉本も」

「いいさ、言ってやるさ」

 片腕でごしごしと目をこすり、新井林は仁王立ちして梨南をにらみつけた。言いたいことは言い放ったのだから、これ以上何を聞くというのだろうか、そういう顔だった。梨南はこれ以上にらみ返さなかった。ただ黙って、答えを聞きたいだけだった。

「あいつが自分で言いたいことを、お前が全部取り上げてしまったことだ」

「あいつとは、はるみのことなの」

 下を向いて、言葉を選んでいる様子。

「お前の押し付けがましい態度で、あいつが……佐賀がどれだけずたずたにされてたかわからねえのか。徹底してクラス一丸で佐賀をつるし上げて自分はちっとも手を汚してない振りをしている、その態度が俺は許せねえ。しょせん、クラスなんてその時限りのもんだからどうでもいい。だがな、これだけは言っとく」

 梨南の前に一歩踏み出し、鼻の先すれすれまで指を指した。真っ黒い指の温度だろうか、鼻の先が熱くなりそうだった。

「悪いけど、私は一度だってはるみに手を出したことはないわ。それにね、新井林。あんたが思っているほどはるみは、弱くない。今日見たでしょう。はるみは自分の手で、自分のことばで、徹底した復讐を私にしていることに、気付かないのかしら。だから新井林、あんたはばかなのよ」

「もし、これから先、佐賀に手を出してみろ。俺はどんな手を使っても、てめえをぶっ殺す」

 一呼吸おいて脱力したように手を下げた。小さくつばを吐いた。梨南は目をそらさなかった。見とれていた。梨南が幼い頃から憧れていた「ローエングリン」様の、完璧な姿がそこにあった。

 幕切れだ。梨南は黙って新井林の去るのを目で追っていた。

 

 ドアが閉まった後、足音が聞こえなくなるまで梨南は動かないままでいた。

 梨南の推理がどこまで冴えていたのかは判断できず、かといって新井林をさっさと追い出すことができたのも確かだったし。判定は本条先輩に任せるしかないだろう。

「はあ、終わったな」

「お付き合いいただきありがとうございます」

 機械的にお礼を言った。

「まあ俺もこれは、言葉が足りなかったってことだな。杉本。すまん」

「いいんです。どうせ私は評議委員長にふさわしくないってことですから。立村先輩くらいの体力でもできることが私に出来ないと決め付けられたのは残念ですから」

「あのなあ、そこでへそを曲げないでくれよ、杉本。ほらほら。しょうがないなあ。全く今年の一年は、面倒見切れねえぞ」

 

 もう一度梨南は確認したかった。

「本条先輩。もうひとつだけ確認していいですか」

「ああ、最後だしな」

「なんで、立村先輩と清坂先輩を、付き合わせようとしたんですか。立村先輩は清坂先輩のことを好きでもなんでもなかったのに、どうしてですか」

 もちろん「立村先輩は私のことを好きだったのに」とは言わなかった。

 本条先輩はポケットに手をつっこみ、よくわけのわからぬ顔で梨南を見た。何かに気付いた様子だった。ほおっとつぶやき、指を鳴らした。ポケットの中、鈍い音だった。

「立村はそういうのが得意じゃねえから、清坂の方から誘ってやった方がたぶん、楽なんだろうって思った。『彼女』よりも『本当に信頼できる仲間』があいつには、一番必要だと、先輩として思ったわけだ」

「『仲間』ですか」

「そ。評議委員長は、一匹狼だとやっていけない部分がある。俺も、気の合う奴らがいるからなんとかうまく回っているところがあるんだ。杉本もわかるだろ。立村ももっと他の連中とおちゃらけられればいいんだけどな。新井林みたいな奴とは、あのままじゃあ絶対にうまく行かないだろう。ま、俺が見込んだ奴だ、なんとかやっていけるとは思うが」

「だから、新井林を立村先輩の下につけようとしたんですね」

「杉本は先が読めるなあ。立村の言っていた通りだ」

 本条先輩は、安心したようにこっくり頷き、顔を崩して微笑んだ。

「じゃあ、廊下に出るか」

 本条先輩は乱れた椅子を元に戻し、後ろの扉を開いた。夕暮れのあめ色な光が、四角に落ちた。梨南は扉を閉めて大きく深呼吸をした。玄関に向かうかと思っていたが、本条先輩は立ち止まったまま、じっと梨南の顔を見つめていた。胸元ではなかった。

「杉本、忘れていたんだが、この前のクイズ大会でお前にごほうび、やってなかったな」

「別にいいです。私はそれ目当てでやったんじゃ」

「今、思いついたんだけどな、俺のロッカーにひとつ、渡すものが残ってたんだよな。俺は急ぐから先に行くけど、悪い。杉本。三Aの教室に『本条』と書いているロッカーがあるから、そこをあさってくれないか。すぐわかる。いかにもお前が好みそうな包みだからさ」

 本条先輩は急に時計を見て、腕をぼりぼりと掻いた。

「気を遣ってくださるなんて嬉しいです。ありがとうございます」

「じゃあ、先に行くな。おつかれさん」

 廊下には窓ごとに、橙色の光がタイルのように光っていた。梨南はちらつく木々の葉影を追い、廊下を全速力で駆け抜けていく本条先輩の姿を見送っていた。

 

 見えなくなるまできちんと見送るのが礼儀だった。完全に本条先輩の気配が消えた後、梨南はもう一度三年A組の教室に入った。相変わらずクラス全員の「葬式写真」がずらっと並んでいる怪しい室内。一呼吸おいて、ロッカーの男子名を探した。「本条里希」というのが名前だ。「ほ」の字だったら後ろだろう。大体の目見当をつけて、すぐに見つけた。よく神社に張られている、太いデフォルメした文字のシールが張られていた。「本条参上!」と本当に目立たない程度に。

 手をかけて、一呼吸おいて、開いた。

 もあっと流れた。

 生きている空気。

 「……杉本か」

 立村先輩が膝を抱えてロッカーの中に座りこんでいた。


 半そででネクタイは締めたまま、かなり暑かったのだろう、顔が火照っていた。ゆっくりと立ち上がり、かがみながらロッカーから出た。

「立村、先輩、どうして」

 大きくのびをした後、ため息をついていた。

「いつから、ここにいたんですか」

「あの、それは」

「盗み聞き、してたんですか」

「結果的には、そうなるよな。ごめん」

「まさか、最初からここにいらしたのですか」 

 自分でも思わずことばがヒステリックになりそうだった。目の前にいるのは確かに立村先輩だ。間違いなく、梨南の言葉も、新井林の罵詈雑言も、本条先輩の心も、みな聞かれていたということだろう。

「本条先輩に用があって、教室に来たら、いきなり拉致された」

 立村先輩は梨南にいつもの、やわらかい表情を向けた。

「杉本、よく耐えたな。偉かった」


 ──怒っていないんだ。私がさんざん、顔が悪いとか、頭が悪いとか言ったのに。

 ──新井林ほどではないけど、立村先輩、私を嫌ったって当然なのに。

 ──そうよ、男子が私のことを嫌うのが、ふつうのことなんだもの。

 男子に嫌われない自分がどうしても信じられなかった。自分が自分でないみたいだった。

 立村先輩が梨南を嫌わないこと自体が、今までおかしいことだったのだ。「ひいき」してもらえないというショックを受けるなんて、梨南にとっては絶対にあってはならないことだったのだから。

 ──先輩に、嫌われればいいんだ。

 知らず知らずのうちに言葉が飛び出していた。新井林や本条先輩の前では落ち着いていたのに、立村先輩の瞳を見つめたとたん、あふれ出た。 


「立村先輩、さっき新井林が先輩について言った言葉はすべて本当のことですよね」

 はっとした風に、立村先輩はまじまじと梨南を見返した。

「女子の尻を追い掛け回したことも、小学校時代泣き虫だったことも、数学が小学校以下の能力しかないってことも」

 言葉が出そうになくて、梨南はさらに続けた。

「立村先輩。先輩は女子と同じ体力しか持ってないし、頭だって悪いし、なんで清坂先輩みたいな可愛い彼女がいるのかわかりません。そのくせ、本条先輩にはものすごく評価されて、評議委員長になるんですよね。顔と頭では数段上の、性格の悪い新井林に取られるかもしれないのに」

 一気に畳み掛けた。

「でも、新井林なんかに取られなくてよかったですね。もう、本条先輩は意地でも立村先輩を委員長にしようって決めてますから。今年は問題ないんじゃないですか。でも、本条先輩が卒業されたらどうするんですか。先輩だけになって、もしかしたら新井林に評議委員会をかく乱されるかもしれないんですよ。清坂先輩は可愛くて頭もいいけれど、評議委員会の手伝いができるようなタイプじゃないと思います。それに先輩の体力ではきっと倒れてしまうと思います」

 止まらず、立村先輩へ叫んだ。もう、嫌われてもいい。言わなくちゃ、と溢れる言葉。

「私、私の頭だったら、絶対に、新井林に対抗できます。それだけは自信があります。もう本条先輩がいなくなったとしても、絶対にあの男を負かす自信があります。だから」

 言葉が詰まった。ふりきるように首を振った。手を、レースショールの結び目にかけた。力がこもった。

「これから、私をあの、和風喫茶のお店に連れてってください。あそこで、これから私を、先輩の次、評議委員長になれるよう、詳しい話を聞かせてください。本条先輩が新井林を仕込むより早く、私を次期評議委員長の勉強させてくれれば、丸く収まるんです。先輩、傷つきましたか」 

 ──もし嫌われたら、私はひとりで評議委員長の座を狙うだけ。男子の味方なんて、いらないんだから。


 立村先輩は、軽く髪をかきあげ、しばらく目を伏せていた。いつか梨南にライブのチケットについて話をしていた時、物思いにふけっていた時と同じだった。

「思いっきり、傷ついたよ」

 もとに戻り、ふっと微笑んだ。

「否定できないからな」

 もう一度、つぶやくのが聞こえた。

「でも、俺は杉本のことを嫌いにはならないよ。行こうか」

 

 古川先輩の教えてくれた、「立村は美里に告白される直前まで、杉本さんのことが好きだったんだよ」という声が響いたような気がする。身動き取れず、梨南は自分の中の声がずしんと響いたのを感じた。

 確かに聞こえてたものがあった。


 清坂先輩の手前、もう二度と「ひいき」してもらえないことはわかっていた。

 だから、新井林とのタイマン勝負を打ち明けなかった。

 もう、梨南の味方でいてもらえないと思い込んでいた。

 でも、立村先輩は今言ってくれた。梨南を嫌いにならないと言ってくれた。

 ──立村先輩は、絶対、私のことを、本当に好きなんだ。

 ──きっと、今でも私のことを、「ひいき」したいって、思ってくれてるんだ。

 ──それなら。


 きっと新井林とはるみは、彼らなりの正攻法で梨南に歯向かって来るだろう。評議委員会の人間として目覚めてしまったのは怖い。奴の能力がただもんじゃないことを梨南は一番理解しているつもりだ。立村先輩がいくら本条先輩に評価されているとはいえ、簡単にいなせる相手ではない。かつては「ローエングリン」と呼んだ相手なのだから。

 立村先輩に今、必要なのは、梨南の頭脳と切れ味だ。一番お気に入りにしてくれた、梨南そのものだ。そう信じた。

 ──立村先輩。清坂先輩と「お付き合い」した以上、私をおおっぴらに「ひいき」できないことはわかっています。それは当然のことです。でも、私はいやおうなしに先輩が「ひいき」できる場所にいてあげます。人前で堂々と私の価値を認めてもらえるような場所に、いてあげます。評議委員長になるためだったら、立村先輩に毎日会ってもかまわないし、先輩も清坂先輩を「ひいき」しながら、私のことをそばに置いておけるんですから。それが立村先輩、あなたの求めているものならば。

 ──私は、自分の好みを妥協して、先輩のそばにいてあげます。

 たぶん、連れて行かれるのは、「おちうど」という名の喫茶店だ。これから二人っきりで、評議委員会の内部事情について、改めて教えてもらわなくてはならない。と同時に、立村先輩のために、ひさびさにライブの話をきいてあげなければならない。清坂先輩にはできなかったであろう、音楽関係の話題につきあってあげなければならない。梨南のすべきことはひとつだけ。

 夕闇の中、先に出た立村先輩の背を追いかけ、心に誓った。


 ──私は戦う。どこまでも。 


──終──


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