13
土がかすかにぬかるんでいて、靴の先にしみていた。はるみが盾代わりにドラム缶を利用しているのを、梨南はそのままにしておいた。いつもだったら直接近づいて、真っ正面から、
「はるみあんた、何を言いたいの」
と問い詰めるだろう。男子にだったら絶対にそうする。新井林相手だったら絶対に。
はるみには、どの武器で立ち向かえばいいのか、梨南には判断がつかなかった。もし、梨南が本気で戦うのだったら、遠慮はしない。過去の恥ずかしい思い出の数々をひっぱりだして、いかに梨南がはるみの面倒を見てきたかを思い起こしてやるだろう。汚い手だけれども、それだけの過去はある。
また、はるみがなぜ、あえて新井林の方を選んだのかを白状させるのもひとつの手だろう。梨南に負い目があるはずだ。
──私の怒りの炎で、ドラム缶が燃え上がればいい。
──すべて焼き尽くせばいいんだ。
梨南は、じっとはるみの言葉を待ち続けた。微笑みを絶やさないまま、はるみは言葉の準備をしていた。両手を組み合わせ、ふた呼吸ほどして。
「私ね、梨南ちゃんがもし健吾のこと好きだとわかっていたらこんなことにはならなかったと思うの。私だって、梨南ちゃんと友達でいたいもの。梨南ちゃんのように頭がよくて、可愛くて、私のことを大切にしてくれたんだもの。私、裏切りたいなんて思ってないの」
「勝手に決め付けないで。一言だって私が、新井林のことをどうのこうのと思っていると、答えてないのに」
じっと鼻の頭に向かって言い返した。言葉は自分でも驚くくらい冷えていた。
「だって、吉久先生が」
「あの先生は六年の時しか知らないはずなのに、なぜ、一年生の頃から新井林が好きだったようなでっちあげができるの。そんなことも気付かないの。はるみ、どうしてそんなに馬鹿でいられるわけ」
吉久先生は大学を卒業してすぐ、六年の担任となった。一年しか付き合いがないのだから、梨南たちが一年生の頃に何をしでかしたなんて、知るわけがないのだ。
「そんなの私もわかんない。でもね、梨南ちゃんには言わなかったけれど、六年の夏休み前、吉久先生と一緒にスーパーに遊びに行ったことがあったの、覚えてる? 梨南ちゃんは行かなかったよね」
当たり前だ。やたらとあの先生は女子たちのご機嫌を取りたがっていた。ちょうど駅前の大型スーパーが鳴り物入りで開店して、派手なチラシを撒いていた。開店三日間は来店者先着五百名に、玉子一パックとゼラニウムの鉢植えがもらえるとあって、結構並んだと聞いている。もっとも梨南は両親から、
「ただより怖いものはないのだから、そういうくだらないものに行くのはやめたほういいわよ」
と忠告され、当然のごとく休んだ。クラスの半数以上は出かけたらしい。
「たかがスーパーの開店で何が面白いの」
「先生と一緒に、お昼を下のやきそば屋さんで食べたの。その時に女子たちを集めて、話してくれたの。梨南ちゃんとうまく行かない時の、おまじないを教えてあげるって」
──私と、うまく、行かない時ってどういうこと。
初めて、軸が揺れた。
「男子たちに説教したってことなの」
「ううん、女子よ。女子だけ。十人くらいいたの」
男子たちに「杉本さんと仲良くしなさい」と説教するなら話はわかる。あの先生とはなぜか、女子同士のくせにうまく話がかみ合わなかったが、六年の時のクラス女子とは梨南もうまいやっていたはずだった。
「私と、うまく行かないなんてそんなこと言ってた子がいたの」
「みんな、言ってたの。梨南ちゃん、頭いいけど、難しいことばかり言うからついていけないって。私は言わなかったわ。黙って聞いてたの」
それは暗に、その通りだ、と思っているだけじゃないか。
軸がぶるんぶるんとゆれる。顔には出さないようにしたかった。
「吉久先生、話聞きながらうんうんって、頷いてたの。そしてね、『杉本さんみたいな人は大人でもたっくさんいるよね。ああいう人は、頭の中で呪文を唱えてみればいいのよ。そうすれば、がまんできるから』って」
「その呪文って、何。唱えてみて」
ふわふわパーマに花がみっつ連なった髪飾りをたくさん差して教壇に立っていた、あの先生だ。いつも梨南には「杉本さんはおりこうね」と、白々しい誉め方しかしなかった人だ。「梨南さんは人とのコミュニケーションが独特だから」と、失礼なことを言い放った人だ。ろくでもないことを言ったに決まっている。
はるみの表情は変わらなかった。ばかにしているでもない、作っているわけでもない。だからなおさらたちが悪い。
「『あかちゃん、あかちゃん、ばぶばぶ、あかちゃん、べろべろば』って。みんな、赤ちゃんが泣いても文句言わないでしょって、赤ちゃんだったら仕方ないって思えるでしょって、吉久先生言ったの」
「他の子たちもそれ聞いて、私に失礼だとか抗議しなかったの」
嘘は言えない子だ。はるみの性格も、梨南は良く知っている。
「しなかったの。みんな笑ってた。それならいいねって。でも、梨南ちゃん、私はそんなことしなかったのよ」
言い訳をするのも表情が変わらない。慣れてしまっているのだろうか。梨南は読み取ったつもりだった。はるみが梨南のことを傷つけたくて言っていると思いたかった。でもそれにしては、はるみに嘘をついているような匂いが感じられない。単純に、吉久先生の話を告げ口しているだけ、という感じがしてならなかった。
──だからといって許す気なんてないわ。
──私よりも、吉久先生の方についたってことは、徹底して私を裏切ったってことだもの。どうして誰も私に吉久先生が言ったことを、教えてくれなかったんだろう。納得いかないのはそこだけ。
──男子はともかく、女子は私の味方だったはず。
おそるおそる梨南の顔をうかがうようなはるみの表情に、思わず梨南は血が昇った。
「いまさら、どうしてそんなこと言うの。はるみ。本当だったら私に、次の日すぐ教えてくれてもよかったはずよ。誰も教えてくれなかったのはなぜなの」
人は決して、梨南が激怒したなんて思わないだろう。声も、言葉も、波立たない。普段から感情を波立たせないよう発するくせがついていた。はるみは長い付き合いゆえ、気付いただろうか。また深く深呼吸して、はるみは頷いた。
「吉久先生は、梨南ちゃんのことを怖がってたんだと思うの。だから一生懸命、梨南ちゃんの弱みを探そう探そうとしてたんだと思うの。そう言ってたもの、この前も。吉久先生、私にね、梨南ちゃんがどういうことに傷つくかってこと、教えてくれたもの」
──やはりあの女は、ばかなのよ。
六年卒業担任とは名ばかりの、できちゃった結婚をしてしまう困った女。
──避妊も出来ないくせに。
どういうことが「避妊」なのか分からない。言葉でしか知らない。でも、大人だったらみな知っていることを、吉久先生はやり損ねたということだろう。梨南の概念からすれば、とんでもないことだった。
──私がどういうことに傷つくかって?
「言ってみてよ。本当に私が傷つくかどうか」
「でも、お願い。私のことを嫌いにならないで」
微笑を浮かべつづけた表情が、ふと、ひきしまった。
はるみの素の、感情だった。
唇が一文字、緊張していた。
「梨南ちゃんは健吾のことが好きで好きでならなくて、ちっちゃな頃からちょっかいかけていたけれど、全然相手にしてもらえなかった。だから、仲の良かった私とくっついて、健吾をいじめようとしたんだって。でも、そんなことないよね。梨南ちゃん。私は私だから、友達になってくれたのよね」
何を言っているのかわからない。私は身を堅くしたままはるみの口元を見つめていた。
「どうして梨南ちゃんのことを健吾が嫌うのか、わからないわ。私と二人になるたび、ちっちゃい頃から『杉本とは離れろ』と怒ってた。いっつも怒ってばかりいたから、私も健吾のことが怖かったの。だから、梨南ちゃんの方に一緒にいたんだから。そのことは、わかって」
よりにもよって犬猿の仲ふたりが六年間同じクラスだったのだ。間に挟まれたはるみは大変だったのかもしれない。でも、梨南はずっとはるみの泣き虫をかばってやったりしていたつもりだった。男子たちからの嫌がらせからも、梨南は自分の身をもって守ってきたつもりだった。はるみだけではなく、女子全般に対してのことはすべて。
「だったら、ずっと離れていればよかったのに。はるみ、そんなに怖い相手に、どうしてくっついたりしたのよ。やり方が汚すぎる」
はるみは首を振った。まばたきを数回した。
「六年の時のことを言ってるの。梨南ちゃん、あれはただ」
蛆虫事件のことを口にしようとしているのだろうか。遮られたくない、叫んだ。
「あの時、私が靴下脱がせてあげようってしてただけなのに、どうして新井林に突き飛ばされて、頭を石で打ちそうにならなくちゃいけなかったの。私ははるみにわざと、蛆虫の入った靴履かせたわけでもないし、あの時までははるみのためにやってあげただけ。どうして、あんたは、新井林なんかとくっついてしまったわけなの」
はるみの瞳が大きく見開かれた。両手をさびたドラム缶の上にちょこんと置いた。さっきまで張り付いていた笑顔は消えた。残るのは、おびえたような、軽く口を開けた顔だけ。
──落ち着かなくちゃ、だめ。言ってはいけない。
でも言わずにはいられなかった。
四ヶ月言葉の酒樽に詰め込んだ、みっともない恨み節。
──私が言いたいのは、こんなことじゃない。
思いと裏腹に、梨南ははるみの開いた口めがけて続けていた。
「私が馬鹿な男子たちと戦っている間、はるみ、あんたはずっと私の陰にくっついていたよね。新井林たちにバケツの水をこぼされそうになった時も、ざぶとんの下に画鋲を詰め込まれた時も。はるみが泣いたから、毎日私は復讐してやってたのよ。それなのになぜ? よりにもよって、私のことをとことん嫌っていたあんな奴と、付き合うなんて信じられない」
「違うの、梨南ちゃん、話を聞いて」
はるみの叫びの方が上だった。耳が痛いくらいの悲鳴だった。さびの上の手が、ひっかいていた。
「健吾はただ、私とふつうに話ができればそれでよかったって、言ってたの。この前、学校帰る時に、健吾、言ってたの。ちっちゃい頃とおんなじに、私と、ふつうの話、できればいいって、それだけだったって。そう、二年の羽飛先輩と清坂先輩みたいにって」
──羽飛先輩と、清坂先輩みたいに。
──ふつうに話をするって、そういうことなのか。
自分でこらえられない、耳鳴りがした。聞きたくない、切に思った。でもふさぐわけにはいかない。見つめたまなざしを移動させるわけにはいかない。
「でも、梨南ちゃんが私と一緒だと、ふつうの話が全然できないし、梨南ちゃんは私と健吾が話すことを嫌がるって、わかっていたって。だから、ずっと六年間、がまんしてたって。でも、でも」
うっとおしい、「でも」の連呼。
「健吾と話すことと、梨南ちゃんと話すことと、一緒にすることはできないの? 梨南ちゃん、それは許してくれないの?」
「許せるわけがないわ。はるみ、そのくらいのことも想像できないわけ」
ドラム缶を間に挟んで言い返す。近寄ってはいけない。さわってはいけない。さびで手が汚れるから。自分も汚れてしまうから。梨南はかろうじて、自分を押さえていた。はるみの目が哀願してるのか、それともしたたかに微笑んでいるのか、梨南には読み取れなかった。梨南と新井林、どちらとも仲良くしようとする、虫のよさだけが感じられて、怒りの沸点に達してしまった。
「はるみ、あんたは卒業式間際のあの事件で、はっきりと、新井林を選んだのよ。私にさんざん嫌がらせしてきた、あの馬鹿男子を選んだのよ。邪魔なんかしないわ。でも、新井林と一緒に帰るその足で、私のところに来て名前呼ぶなんて、そんな汚いことはやめてよね。私は、信じられる女子としか、話をしたくない」
「信じられる女子って、いると思ってるの? 梨南ちゃん。さっき私が話したでしょう。梨南ちゃんのことを、ほとんどの女子は、『赤ちゃん』だと思ってるんだって。六年の時のクラスはみんなそうなのよ。吉久先生がもっと言ってた。『女子はね、自分よりもおばかな子とか、ブスな子にはいくらでも親切にできるのよ。でも美人とかには、みんなやきもち妬いちゃうの』って」
また、あの吉久か。
小学校時代の女子をネタにするならまだしも、見も知らぬ青大附中B組の女子たちまでも一派一からげにするなんて、許せなかった。
「はるみ、あんたは吉久先生の言うことばかり鵜呑みにしてるのはなぜ」
自分の中の、引き綱がみつかった。掴んで、引いた。
「今ずっと、話を聞いていたけれど、はるみの言うことはみな、新井林と吉久先生からの受け売りばかり。あんたは何かあると、私の味方なんだってことを言うけれど、話していることは全然裏腹だってことに、気付かないのはなぜなの」
口がとがってきた。はるみの視線が手元のさびに向かっている。
「私のいないところで、吉久先生がさんざん悪口を言っていたらしいことは、わかった。もともとあの先生は、私のことも、両親のことも嫌ってたもの。女子たちの前で私のことを『赤ちゃん』扱いしていたのもわかった。そういう事実があったってことはわかった。でも、あんたは吉久先生の言う通りだと思ってるわけなの。他の女子たちがどう思ってるかなんて、決め付けられたくない。私が知りたいのは、はるみ、あんたが私のことを、どう思ってるのかってことだけよ」
あの、蛆虫事件以来、はるみはずっと新井林と一緒に行き帰り歩いていた。梨南を見るたび牙をむく新井林。それに寄り添うはるみ。こういう相手を無視する以外、どうすることができるだろう。
許せない、そういう以外、何ができるだろう。
できるならば教えてほしかった。
梨南は、あの時、どうすればよかったのか。
はるみの答えはあっさりしていた。
「梨南ちゃんのこと、かわいそうだったから」
答えを押し付けられたことが、こんなに重たいとは思わなかった。
言葉のガムテープで、口をふさがれた。
──かわいそう、って、どういうこと。
「って、どういうこと」
かすれて声が出ない。
「梨南ちゃん、クラスの女子たちにも、男子に嫌われてかわいそうがられてるんだと思うの。だから、みんな梨南ちゃんの味方についてあげようって思ってるんじゃないかって、私は思うの。クラスで見てて、そう思うの。花森さんのように、ものすごい不良の人が、どうして梨南ちゃんのことを気に入ってるのか、わからなかったので吉久先生に聞いてみたら、『自分より下の子だと思ってるからじゃないの』だって。私のことを冷たく見るのは、大人の女の嫉妬なんだって」
要は、はるみ自身、自分の顔、髪型を気に入っているということだろうか。
よく平気で言い放てるものだ。
──はるみは、自分が何を言ってるかわかってるのかしら。
だんだん冷えていく自分がいる。まだガムテープで息ができない自分がいる。
「私、もうクラスの女子と友達でいたいなんて思わない。私のことを嫌ってるなら、しかたないって思うもの。でも、梨南ちゃんのことは心配なの。梨南ちゃんは、自分でも気付いてないんだもの。周りの人がばかにしているだけだってことを気付かないんだもの。健吾のことが好きだったのに、嫌われるなんて、私だったら絶対いや。それに、今度も」
「今度ってどういうこと?」
ぴんとくるものあり。ずっと新井林への想いらしきものをちらつかされて、めまいがした。動揺なんてしちゃ、いけないのに。身体が言うことを聞かなかった。はるみは、ブラウスのおなか部分がさびにすれるくらい、身を乗り出した。
「梨南ちゃん、あの二年の先輩のこと、ずっと好きだったって知ってたし、健吾もきっとくっつくだろうって話してた。健吾の前では言わなかったけれど、そうだったらいいなって思ってた」
「私、そんなんじゃない!」
当てこすり、推測もいいとこだ。ヒューズが飛んだ。なのに動けない。はるみの声が真っ直ぐ突き刺さるから。
「梨南ちゃん、清坂先輩とあの先輩が付き合ったって聞いた時、どんなに悔しかったろうって、私、思ったの。私と健吾が、そういうことになった時、梨南ちゃんがどれだけ傷ついたか、わかってたから」
心では叫ぶ。
──でまかせばかり言うのはやめなさい、はるみ。
──そんなわけないじゃない。
──私がなんで新井林みたいな馬鹿男子を好きにならなくちゃいけないの。
──立村先輩のことを、好きだってことでしか受け止められない、はるみがばかなのよ。
──うぬぼれないでよ。なんではるみにやきもち妬かなくちゃ、いけないの。
なのに、言葉にならなかった。まるではるみの言うことをすべて認めてしまっているように、身体が動かなかった。
「だから、梨南ちゃん。私は怒ってなんかいないの。それだけは、わかって」
締めに一言だけ告げて、はるみはドラム缶のさびから手を離した。ちらりと見た手のひらには、びっしりと赤茶けた汚れがついていた。ブラウスにもたっぷり残っていた。
「私は梨南ちゃんと、今まで通りの友だちでいたいと、思ってるの」
殺し文句のつもりなのだろう。もう一度最初に見せた微笑を浮かべ、はるみはドラム缶の影から出てきた。身を守ったのはこの赤錆。梨南がかっとなって飛び掛らんばかりなのを、見抜いているのだろうか。絶対に、もとの友達になんかなるものか、と決意している梨南の気持ちを想像できるのだろうか。
「言いたいことは、それだけ」
こっくり頷き、はるみは梨南の肩位置に手を振った。誰かが小学校の校門近くにいるらしい。待ち合わせしているのかもしれない。振り返れば顔が見えるかもしれない。でも、梨南はまっすぐドラム缶をにらみつけるだけだった。きっと振り返れば見たくないものを見るはめになる。
「健吾が、いるの」
振り返らない梨南に、はるみは一言添えた。
はるみが走り去るまで、梨南は振り向かなかった。本当だったら嘘八百並べられたわけだし、一発くらいひっぱたくのが礼儀だろう。そうしろそうしろと命令している自分がいた。
なのに、はるみに勝てなかった。
はるみは一言も、梨南を罵りはしなかった。ずっと友達でいたい、そう重ねた。本当なのかどうかわからないけれど、梨南には想像できない言葉ばかり続けていた。血がたぎり、突き飛ばしたいのに、できないなにかがあった。
小学校の門を出た後、梨南はまっすぐスーパーに寄り、ただで配っているシャンプーの懸賞ハガキを五枚くらい手に入れた。鈴蘭優が宣伝している新製品のシャンプー&リンスに貼っているシールを送ると、抽選でビニールポーチとドライヤーセットが当たるらしい。やはり髪をお団子にして目一杯の笑顔を振り撒いている鈴蘭優のアップ。羽飛先輩だったらきっと部屋にたくさん貼り付けて拝んでいるのだろう。
自分の部屋にこもり、梨南は机の上に細かく破り、散らした。
鈴蘭優の顔がパーツとなって、散らばっている。
ただの紙ごみが山となり、積もっていった。
──死ねばいい。
いつものようにつぶやいてみた。でも、いつものように響かなかった。はるみの口にした言葉のパーツが、机に積もった屑のようだった。
──梨南ちゃんのこと、かわいそうだったから。
──梨南ちゃん、清坂先輩とあの先輩が付き合ったって聞いた時、どんなに悔しかったろうって、私、思ったの。私と健吾が、そういうことになった時、梨南ちゃんがどれだけ傷ついたか、わかってたから。
──梨南ちゃん、クラスの女子たちにも、男子に嫌われてかわいそうがられてるんだと思うの。だから、みんな梨南ちゃんの味方についてあげようって思ってるんじゃないかって、私は思うの。
──梨南ちゃんは健吾のことが好きで好きでならなくて、ちっちゃな頃からちょっかいかけていたけれど、全然相手にしてもらえなかった。だから、仲の良かった私とくっついて、健吾をいじめようとしたんだって。でも、そんなことないよね。梨南ちゃん。私は私だから、友達になってくれたのよね。
──私は梨南ちゃんと、今まで通りの友だちでいたいと、思ってるの。
どうしてはるみに、ぱちんと言い返すことができなかったのだろう。
理由が今の梨南にはわからなかった。しばらく紙くずの山をかき回し、梨南は唇を噛んだ。




