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 はい、はい、はいと、あちらこちらで手を上げる男子たちがいる。今度は誰が当てられるのだろう。五人目だ。誰でもいいから早く終わらせてほしい。いつものこととわかっているけど、疲れるだけだから。

「では、次」

 溝口先生が梨南りなんの後ろにいる男子を当てた。

「はい、むかつくからです」

「賛成!」

 合いの手が入った。拍手する奴もいた。前の席にいるはるみが梨南に振り返った。いつもそうだ。はるみはその前も、その前の前も、男子が手を上げて発言するたびに、ごめんなさいと言いたそうな顔をする。梨南は無視して黒板の文字を読んでいた。

 ──性格が悪い。

 ──人をばかにした言い方する。

 ──歩き方が変。

 ──顔みると吐きそうになる。

 つけ加えて隣りに「むかつく」と、溝口先生は書いた。

「先生、はい、はい、はい!」

 四、五人の男子が叫んでいる。手で下ろすようにしぐさしながら、溝口先生は、

「では次に、女子、どう思うか?」

 と問いかけた。誰も手を上げる人がいない。

「本当に、杉本についてそう思うか?」

 前の席にいるはるみが、横から顔を出し、発言したそうなそぶりをしていた。

佐賀さが、どうした」

「あの、私」

 しずしずと立ち上がると、はるみは身体を堅くして先生に向かった。

「杉本さんはこんな黒板に書かれるようなこと、してないと思います。杉本さんと私は、小学校の時から一緒でしたけれど、男子が勝手にそう言っているだけです。杉本さんはみんなが嫌がることを自分からどんどんやってくれるし、困った時には手伝ってくれるし、頭もいいし。一Bの評議委員としてふさわしいと思ったんです」

 すとんと石を落としたように座った。はるみの髪型は、校則違反ぎりぎりのところでキープされている。最近はやっている「鈴蘭優すずらんゆう」の二つ分けおだんごヘアーにしている。髪が長いからできることだ。

「他に、杉本について意見がある人はいないのか? おっと、男子はいい、女子に聞いてるんだ」

 声はしないけれど、後ろの方でまた立ち上がろうとする気配がした。

「あの、いいですか。先生」

「いいぞ」

 めんどうくさそうに語尾を伸ばすのは、花森はなもりさんの声だった。梨南は振り向かず聞いていた。

「私も、佐賀さんと一緒です。杉本さんはほんっとに、女子に対しては差別したりしないです。どうして男子がそこまで嫌うのか、私にはわかりませんけどお。ばっかじゃないのって感じ」

 だよねだよね、とつけ加えてくれた。花森さんが梨南のことを嫌いじゃないっていうのは、なんとなく感じていた。なんで花森さんが口紅塗って学校に来るくらいで男子は騒ぐのだろう。梨南にはわからなかった。ばかじゃないのと素直に言ったら、さっそく死ね死ねコールをされた。

「わかった。じゃあ、聞くが、どうして男子はそこまで杉本のことが苦手なんだ? 今の話を聞いている限りだと、男子連中の方が明らかに不利な立場にあるはずだが。それはわかるな? 好き嫌いはあるだろうし、男子も女子も、いろいろ思うところはあるだろう。でも、なぜ、そこまで杉本をお前ら嫌うのか、理由がわからないぞ」

 手を上げずに、斜め前の男子がすっくと立ち上がった。右手を申しわけ程度に上げた。

「なんだ、指名してから立て」

「先生、俺たちの意見、全然通じてないと思うんだけどどうですか。なあ」

 立ち上がったのは、新井林健吾にいばやしけんごだった。

 梨南と一緒に評議委員をしている。

 天敵だ。

「俺たちは先生に、杉本のどこがむかつくか聞かれたから、手を上げて答えただけであって、それ以上のこと、言ってないです」

 梨南の顔を見るのも嫌なのだろう、じっとクラスの男子だけに笑顔を振りまきつつ、先生には冷たい視線だった。ずいぶん極端だ。

「じゃあ、新井林は杉本のどこがむかつくんだ?」

「すべて」

 簡単過ぎる言葉だった。まあ、わかっていることだし、新井林に言われなくても梨南が十分感じ取っていたことだった。

「いじめたりなんてしてないですよ。きちんと、『礼儀』と青大附中の校訓守ってます」

「『紳士であれ、淑女であれ』だな」

 大きく新井林は頷いた。話口調は、同い年の男子にしては大人っぽい。三年生と混じっても区別つかないんじゃないだろうか。

「全部じゃわからん」

「俺たちが、むかつくのがまんして『紳士』で杉本に接するんだから、杉本にもそのくらいの『礼儀』がほしいと思っただけであって」

 新井林の言葉は続いた。

「わざわざ俺たち男子がでかい地図を持ってきてやったり、授業の時に席を貸してやった時に、『ありがとう』の一言もないっていうのは、誰だってむかつくと思います。な」

 男子連中が頷く気配。首が動くだけ。

「給食の時だって、牛乳を持ってきてやったら、上にのっけるくらいはしたっていいだろ。なのに、杉本の場合は男子に仕事を押し付けっぱなしで、いいとこばっかり取っちまう」

「いいとこってどこだ?」

「最後にいかにも自分ひとりでやったような顔する」

 新井林の足がこつこつとつま先で床をたたく。

「俺たちは理由がなくてそんなこと言ってるわけじゃないってことです。俺たちはがまんして、がまんして、がまんしてるんです」 

 言いたいことはまだありそうだったが、溝口先生はちらりと梨南に目をやった後、また手で新井林に座るよう指示した。

「杉本。以上のことを君はどう思う?」

 梨南に視線が集まるのを感じる。はるみがもう一度梨南の方を振り返った。梨南の席は縦軸横軸真中。花火の芯みたいだった。

「いいです。いつものことですから」

 これしか答えようがなかった。

「いつものことっていったいどうしてだ?」

 溝口先生が顔をしかめて梨南に問い掛けてくる。黒板に綴られた文字を指先でひとつひとつ指しながら、

「男子がこう思っている以上、君もきちんと言い返さないと同じことのくりかえしだよ」

「いいです。別に」

 小学校時代よりも状況は良くなっているんじゃないかと思っている。誰も髪の毛にチューブのりをかけたりしないし、腐った牛乳を靴の中に入れられたりもしない。青大附中の校訓「紳士であれ、淑女であれ」が浸透している結果だろう。梨南を受け持った先生たちはみな「杉本梨南のため」に学級会を開いてくれた。たまには反省したふりをする男子もいた。でも、先生がいなくなるやみな

「さっき言ったことは嘘だからな。またちくるのかよ」

と来る。

 慣れている。

 溝口先生のオーバーヘッド七三分けが、いかにも学校の先生っぽい。いまさら何を言っても始まらない。

 わかっている。

「じゃあ、このままでいいのか? 杉本。みんなが心配してくれてるんだぞ」

「別に」

 はるみがまた、身体を右に傾けた。言いたいことがあれば手を上げればいいのに。先生に目立たないように見つけてほしいってことだろうか。ずるい。ぶりっ子するのもいいかげんにしてほしい。

「佐賀、どうした」

「私、杉本さんが小学校の時から知ってますけど」

 ──しつこい。同じ小学校だっただけじゃない。

「どんなひどいことを言われても、一生懸命がまんしてる杉本さんのことを、誰もわかってあげないんです。それってかわいそうです」

 ──かわいそう。か。

 ──はるみ、あんたに言われたくない。

 

 梨南はいつものように黙ったまま、時間が立つのを待っていた。どうせあと十分くらいで終わるのだ。このまますーっと終わってしまえば、あとは委員会があるだけ。はるみのぶりっこ声も聞かないですむ。新井林とまた一時間隣りあわせにならなくてはならないのがむかつくけれども、他クラスの評議委員と一緒だから、がまんできる。

「佐賀、杉本はいつも男子とこうもうまくいってなかったのか?」

「はい。男子が勝手に杉本さんにいやがらせするんです」

 おいおいそれは違うぜ、と後ろからまた声がする。梨南の席はどの方向からも聞こえてくる。ただ一方だけ、違うのは新井林の視線だけだった。ずっとはるみちゃんの方を向いている。つめを噛みながら、気付かぬふりして、ちろちろと見つめている。

 ──汚い奴だ。

 ──私は許さない。

 ──あんたも、あんたも。

「では、杉本、男子の言い分を君は認めるのか。周りから散々悪口を言われるだけで終わってしまうぞ。君にはちゃんと言いたいことがあるだろ?」

 オールバックの前髪が一筋垂れ下がってきた。ポマードでかためたら、もっと面白いのに。いつものパターンでまたやるか、と決めた。早く終わらせたい。それだけだ。


「さっき、私が男子を無視するといいましたけど、無視してるのは向こうです」

 立ち上がるのも面倒だ。梨南は黒板の文字に向かって語りかけた。人間を見るなんてうんざりだ。

「給食の時も、運ぶのは男子と決まっています。だからいまさらお礼を言う必要はないはずです。してくれたのではなく、義務だと思います」

 かあーっと、つばを吐き散らす音。

「それと、男子に用事があって呼びに行く時、私が声をかけても全然返事してくれません。たぶん、聞こえているんだろうと思って帰るだけです。あとで聞いていないと言われても私の責任ではないです」

 声が増えた。ばかやろう、死ね。ぶさいく、ぶた。慣れている言葉ばかりだ。

「いいところばかり取るといわれるけれど、男子がなんにもしようとしないから認めてもらうだけなんですけど」

 以上、梨南は言い切った。

 ぶああ、くたばれ、なにかんがえてるんだあの女。青大附中でなければぶんなぐってやるぜ。以上の言葉も、もう免疫ができている。

「別に痛いことはされてないのでいいです。どうせ、男子は死ねばいいと思ってますから」

 梨南は間違ったことを言ったつもりなんてなかった。周りの人が梨南を「いじめられている」ということで、心配してくれたのはわかるけど、感謝なんてしていない。女子に言うと傷つくから口にはしない。梨南は女子以外とつきあいたいとは思っていない。男子が嫌いなだけだ。死ねばいい。レズといわれようが、男子なんていなければいい。それが本音だった。

「杉本、言いすぎだぞ」

「だって、男子も私のことを死ねばいいと思っているはずですから、同じです」

 梨南は冷静に話したつもりだった。台詞を暗誦しているみたいなものだったし、それでいつも終わるはずだった。溝口先生はいきなり黒板の文字をこすり出した。

「お前ら、いいか。どういう感情を持つか、それはかまわない。心の中にしまっておくなり、もしくはきちんと受け入れるなりすればいい。でもな、こういうことを平気でしゃあしゃあとしゃべることが問題なんだ。いいか、新井林。お前が杉本のことを嫌いなことはよくわかった。他の男子が杉本のすることにむかついた理由もよくわかった。だが、だからといって杉本の前で死ねばいいとか、くたばれとか、言っていいわけがない。人間としてのルールだ。それは」

「あの、すみません、じゃあいまの杉本の言葉はどうなるんでしょうか」

 新井林はやっと梨南の顔をにらみつけ、すぐに先生へ質問を投げた。

 確かにこいつは頭がいい。男子の中ではだんとつだろう。だから評議委員に選ばれたのだろう。残念ながら梨南の方がはるかに成績上だった。むかつく原因なのかもしれない。

 もっと別の理由があるのはわかっているけれども。

「そうだ、杉本、『死ねばいい』とはどんなことがあっても、人前で言ってはいけないんだ。男子が君に対してどういう感情を持っているか、よくわかっただろう。お互いを傷つけあうのはやめろ。いじめる側が悪いのは当然だが、今回に関してはいじめられる君の側にも反省するところがあるんだぞ」

「それ以外言い方わからないんですけれど」

 

 射た溝口先生のまなざしを忘れないだろう。

 新井林をはじめとする男子たちと同じものだった。

 最初から先生なんて当てにしていなかったけれども、梨南は決めた。

 ──私以外はみな敵。


 ようやく鐘が鳴った。梨南もがんばって時間稼ぎしたけれども、結局はいつものパターンだった。号令をかけた後、梨南はさっさと机を下げて教室から出て行った。はるみ以外の女子、および梨南をかばってくれた花森さんにはちゃんとお礼を言った。化粧をしていて、他の学校に彼氏がいるらしいけれども、ばか男子たちに悪口を言われる必要なんてない。煙草を吸っているらしいけれど関係ない。

 少なくともはるみのように、梨南を裏切るようなことをクラスの女子はしなかった。

 ──そう、佐賀はるみ以外。


 六時間目は評議委員会だった。憎き新井林の隣りに座らなくてはならないのだけが憂鬱だった。

 女子はみな、梨南の味方だ。

 はるみを除いて。

 はるみは梨南の顔を見て、何かを言おうとしていた。言い訳したいだけだろう。たくさん説明したいんだろうと思う。梨南は本当のことを知っている。許すことなんて、絶対にできない。

「梨南ちゃん」

 梨南はきびすを返して、三年A組の教室に向かった。


 評議委員会は三階で行われることになっていた。途中で他クラスの評議の子と一緒になりノートを見せ合いながら、教室に入った。

「おはよう!」

 入るとすぐ、清坂美里きよさかみさと先輩が呼びかけてくれた。

 二年D組の評議委員だ。

「おはようございます!」

 四人で声を合わせて挨拶した後、席につく。黒板の隣りには手書きの時間割を始め、書いた絵やクラス一人一人の顔写真が飾られていた。最初見た時につい、

「この教室って、葬式会場みたい。よく遭難した人が集団で葬式するでしょ」

と話したら、男子評議から冷たい視線を投げられた。

「そうそう、杉本さん、ちょっといい?」

 清坂先輩が近寄ってきた。梨南に近づくと同時に一年の評議はみな自分の席に戻った。

「一年の全体集会のことなんだけど、あとで立村くんが話あるって言ってたからね」

「ありがとうございます」

「杉本さんも本当に大変だと思うな。男子と女子が仲いいのって、一番大切なことなのにね」

 よくあるおかっぱ髪のはずなのに、するんと形が決まっている。絶対ブローをしているに違いない。襟元には小さなブローチをいつもつけている。爪にはうっすらとマニキュアしていた。化粧品のポスターに出ている女の人と、同じような爪の色をしている。

 一年女子評議からも、「清坂先輩可愛いよね」と噂している。

 梨南には絶対に、なれないタイプの人種だった。

 今日の学級会みたいにつるし上げられることなんてないんだろうと思う。男子もきっと、清坂先輩みたいな人だったら「くたばれ」とか「死ね」なんて絶対言わないと思う。梨南の顔を見てつばをかけることもないだろう。梨南のような経験を全くしてないに違いない。

「立村くん、遅いよ、どうしたの」

 清坂先輩が立ち上がって手招きしていた。私も振り返った。後ろのドアを開けて入ってきたのは、二年生の男子評議委員だった。立村上総りつむらかずさ先輩だ。

「また呼び出しくらってさ」

「今日の数学のテストで?」

「そう、追試は免れた」

 だんだん二年生の先輩がそろい始めていた。みな椅子を一つの席に持ち寄って、男子女子問わず盛りがっていた。立村先輩のことだ、きっと試験か小テストのことを話の肴にされているのだろう。数学の成績が良くないとよく話していた。

 軟弱そうで、やたらと顔が白くて、梨南好みのタイプでは絶対にない人。

「あ、杉本、さっき清坂さんに頼んだんだけど、伝言聞いてくれたか?」

「せっかくいるんだから、自分で説明してあげなよ、立村くんってば」

「清坂氏、悪い」

「あやまらなくたっていいのに」

 清坂先輩のことを立村先輩は「清坂氏」と呼ぶ。ふつう呼び捨てのことが多いのに。二年の先輩たちはそういう呼び方をしている立村先輩を全く、物笑いにしたりしない。不思議な人たちだ。

 立村先輩は梨南の方に近づいてきた。また、話をしていた女子が自分たちの席に着く。落ち着かない。白いワイシャツにネクタイをきちんと締め、生成りのジャケットを羽織っていた。珍しい。暑くないのだろうか。汗はかいていなかった。

「さっき清坂先輩から聞きました」

「今日委員会が終わったら、少しだけ残ってもらえないかな」

 片手を机の脇において、じっと梨南の顔をうかがった。梨南の大嫌いな少女漫画的、細面の顔立ちだ。蹴飛ばしたらぽきんと折れそうだった。

「はい、わかりました」

 梨南は黙って立村先輩をにらみ返した。

 ──どうして、好みの顔じゃないんだろう。

 ──たったひとり、私のことを評価してくれる人なのに。


 本条里希ほんじょうさとき評議委員長が最後に入ってきた。一年男子の座るべき席はがらあきのまま。すっきりしていた。本当は毎回出席するのが義務なのだけど、私が覚えている限り、五月以降委員会の席に着いていたところを見たことがない。部活に入っているからだ。新井林の場合はバスケットボール部の練習が最優先だという。溝口先生公認だ。

 青大附中の運動部なんて、みんな初戦敗退なのを私は知っている。頭でっかちで弱いんだと、ばかにされていることを気付かないのだろうか。他の一年男子も同じようなものだ。硬式野球部、水泳部、柔道部。梨南は一度も勝利の報告を聞いたことがない。

「おい、一年生、今日もいないのかよ」

 顧問の駒方こまがた先生が穏やかに頷いた。

「一年の先生たちから報告は受けているよ。来週地区大会があるから、委員会は申しわけないけれどということだ」

「委員会活動は学校行事に入らないんですかい。ったく、今年の一年は」

 本条委員長が舌打ちして、じろっと空白の席を眺めやった。

 銀縁めがねをかけていて、見た目は優等生っぽい。ドライヤーのかけ過ぎだろう。髪の毛が先っぽだけ茶色くなっていた。めがねを外せばミュージカル俳優として成功しそう。目鼻ぱっちりの洋風顔が本当は梨南の好みだ。

 細面で唇の薄い感じの顔はそばに寄るなと言いたかった。

「本条、ぐちるな。お前の味方が、ほらいるだろ」

 駒方先生はテンポゆっくりと、膝を三回叩いた。

「わかりやした。本日の評議委員会始めるとするか!」

 教壇に上がり、本条委員長は黒板に一気書きし始めた。急いでノートに写した。早い。うつむくと、なぜか心臓のあたりが痛くなる。中学に入ってから特にそれがひどかった。


『青大附中六月全校集会・クイズ大会について

 目的:一年生評議委員が初めて自分たちの手で企画する。

 出し物:クイズ大会

 内容:各クラス男女二名ずつが壇上に上がり、青大附中で使用している日用品の値段を当てていく。最初は小物から、最後は学校内に飾られている絵や彫刻などの購買価を当ててもらう。

 優勝賞品:最高得点のクラスには、一学期末のクラスお楽しみ会用お菓子を、クラス人数分プレゼントする』


「以上、要は、一年生が企画する全校集会の内容をどうするかってことだ」

 本条先輩は書き終えた後、ふうと長いため息をついた。

「先週の段階で本当ならば、一年生同士で何をやるか決めるべきだろう。本当はだな。だが、まだ今の段階で話はきていないのはなぜなんだ? 先週杉本が持ってきた案でこのままだと決まるぞ」

 梨南、および他の一年女子評議委員の顔をにらみつけた。うつむいている子が多いけれど、梨南は見かえした。やられたらやりかえす。目には目を、歯には歯を。睨み返すのは当然のことだ。本条委員長は目をそらしてくれた。

「委員長、いいですか」

 二年の列で発言を求める声がする。少しテノールがかった、柔らかい声だ。

「どうした、立村」

「今年の一年生の状況はかなり特殊です。去年のやり方では通用しないんではないでしょうか」

「去年のやり方か? ああ、お前ら、テレビCM物まね特集だったよな」

 今の二年生が今と同じ時期に行った全校集会。立村先輩が代表で仕切ったとは聞いていた。

「僕たちの時は、同学年全員が委員会にに集中できました。話し合う時間もありました。今回は、男子一年生がほとんど出席していない状態です。去年は八人いたのが、今年は実質女子のみでしょう。四人だけです。難しいのではと思います」

「だからといって今の一年生が全校集会をしなくていいってことにはならないだろう」

 にやにやしながら本条委員長は前かがみになり立村先輩に話し掛けた。もともとこの二人は仲がよい。二年生の先輩で委員会中に発言するのは立村先輩しかいなかった。

「それはわかってます。ってことで二年生側としての案なんですが、いいですか」

 隣りに座っている清坂先輩にちらっと目をやる立村先輩。軽く頷いているのは清坂先輩と周りの二年生たちだった。

「どうせ言うだろ」

「今回は一年のサポートを二年女子が行うという形をとりたいんですが」

「おい、二年女子だけって、男子はどうするんだよ」

「もちろん力仕事関係などできることはやりますけれども、二年が全員手を出したら二年生の全校集会状態になる可能性があります。四人の男子が足りないところを、サポートするような形にしたらどうでしょうか」

 こつこつ、机を指で叩きながら本条委員長は聞いていた。口角が上がっていた。笑っているみたいだった。立村先輩の目がやたらと落ち着かないのが気になる。声に波はない。たんたんと、さっぱりした声だった。

「二年女子四人のサポートか。で女子はOKしたのか?」

「大丈夫です」

 清坂先輩が発言した。

「先週から二年生評議で集まって話していたんですけれど、女子が中心ということだったら、女子同士で相談する方が、一年生もやりやすいんじゃないかなって思います。私は賛成です、ね」

 他の女子評議三人も大きく頷いていた。

「立村に丸め込まれたんじゃないか?」

「本条委員長、まさかでしょ。私たちが立村くんを丸め込んだんです」

「立村、真実はどうなんだ」

 立村先輩は、あっさりと答えた。

「その通りです。すみません」

「まったく、お前もなあ。ま、いいよ。それも一つのやり方だな。一年生よ、、二年生女子軍団は怖いぞ。覚悟しろよ!」

 本条委員長は机を叩いて梨南を指差した。失礼な人だと思った。

「何か意味があるのですか」

 失礼なことをされたら言い返すのが当然のことだ。

「いや、すまん。杉本個人にってわけじゃない。みいんなだ」

 本条先輩は深く頭を下げた。あやまってくれるのならいい。梨南は頷いた。

「梨南ちゃん、委員長にはちょっとまずいよ」

 私の後ろにいるC組評議の子がささやく。

「失礼なことをされたら当然よ」

 梨南は誇りを持っている。

 親にもいつも言われてきた。

 人としての誇りを汚されてはならない。当然抗議すべし、と。

 

 今回のことについてはいろいろあった。

 部活に逃げ込もうとする一年男子評議連中を捕まえ、五月の半ばに「六月全校集会」について何をやるか話し合いを持った。先輩たちが去年やった内容についての台本を貸してくれたので、それを見ながら話した。前の前の年、本条委員長が一年だった時の全校集会は、時代劇をやったらしい。立村先輩の代でもCMコントだったということだし、なんとなく演劇っぽいことにしようかという意見が出た。また、三年前はクイズ大会を行ったというのも聞いた。候補は絞られた。 

 演劇にするか、クイズ大会か。

 だけど全く、そこから話が進まなかった。男子はみな部活の時間ばかり気にしているし、女子は二、三年生の噂話に熱中していた。梨南がどうするのか聞いても無駄だった。早く終わらせたかったので、梨南は多数決を取った。クイズ大会に決まった。あっさり全員可決だった。

 決して間違ったことを梨南はしていなかった。

 男子たちはいきなり怒り出して、

「言い出したのは杉本だろ。お前が全部片付けろよ」

 と全員、教室を出て行った時も、気持ちは変わらなかった。。

 女子もみな、

「悪いけど私も用事があるから。二年生の先輩たちのことはよろしくね」

 用事のある子がなぜ、ファンシーショップのお店でハンカチ買ってたりするんだろう。嘘ももっと上手に言えと言いたかった。

 

「では、今日の評議委員会はここまでだ。駒方先生、とりあえずはこんなところでどうですか」

「一年男子を無視するのはよくないな。全員が揃ったところでもよくはないか?」

「もちろんそう思いますが、なにせ奴らが出てこないとですねえ」

 大人の会話をしている。本条委員長はきっともてるだろうと納得できる。他の学校に彼女が二人いるらしいと聞いている。顔だけだったらさもありなんと思う。

 一年女子の評議たちはそそっとかばんにノートを片付けて、

「梨南ちゃん、お先に!」と教室を出て行った。梨南もそうしたい、

 さっき清坂先輩に言われた、

「立村くんが残ってっていってたよ」

という言葉を忘れてなかっただけだった。清坂先輩の顔をつぶすわけにはいかなかった。

 立村先輩はと見ると、ささっと本条委員長のいる場所に移動して、駒方先生との話に割り込んでいる。時々かるく頭を叩かれている。本条委員長にだ。

「と、立村率いる二年は言ってるんですよ」

という声ははっきり聞こえた。ただ、内容については全く見当がつかなかった。

 男らしくはっきりものをいえと、梨南はひそかに毒づいた。小さすぎて、聞こえない。


「杉本、待たせてごめん。二年D組の教室に行こうか」

「はい」

 立村先輩は先生と本条委員長に頭を下げて、すぐにかばんを持った。扉のところで清坂先輩が待っていた。背を持たれかけてつま先を後ろにつんつんしながら、

「私もいた方いいかな」

 梨南の顔に笑いかけたままだった。立村先輩の顔は見なかった。

「残ってくれるんだ。ありがとう」

「二年生の教室にいきなり連れて行かれるのって、やっぱり怖いもんね」

 助かった。梨南も立村先輩とふたりっきりで教室の中、というシュチュエーションは避けたかった。

 どんなに梨南のことを誉めてくれても、どんなに丁寧にいろいろなことを教えてくれても。

 ──立村先輩は、天敵の部類に入ってしまうんだから。


 三歩くらい前を立村先輩が歩いていった。紙のように破れそうな後姿をじっと見た。清坂先輩が半歩だけ梨南の前を進み、振り返った。

「今回は、杉本さんが頼りだよね」

 梨南にさらりとほほえみかけた。



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