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私の中の英雄たち  作者: ロクヨンシキ
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第四話『軍勢』

 王国飛行騎士団は100騎以上の飛竜と竜騎士を持つ一大勢力であったが、悪条件下における夜間の長距離飛行が可能な者は僅か10数騎に過ぎなかった。もともと夜行性ではない飛竜に夜間飛行性能を期待するのは間違いで、これができる者は相当に騎士の腕が良く、竜との信頼関係が構築できていなければならない。さもなければたちまち飛竜は騎士を降りと落としてしまうか地面に激突してしまうかを選ぶしかない。

 緊急召集で集結した竜騎士たちはほとんどが出撃できずに待機を余儀なくされ、待機部屋はいつ命令が下るかも分からない者たちでごった返していた。仕方がないとは分かっていても、やり場のないもどかしさは彼らの精神をジワジワと削っていった。


 ミュウローはシナト、ロキ、フィウメの3名の部下を伴って南進を続けていた。皆2,000時間以上の飛行経験を有するベテラン揃いで、ロキ以外は全て女性騎士ある。あの謎の光が落下した南方地点は深淵の森に位置すると見積もられた。その正体は現時点では分からないが、直接確認をするよう皇女からの直々のお達しとなればミュウローは喜んで快諾した。もしもヤツならば早期発見によって先手を討てる可能性もあるし、対応する時間を稼ぐことができると考えられた。


「……森がざわついているのです」


 通信用の水晶玉からシナトの声が聞こえた。最年少でまだ14歳の子供。特に貴族階級でもなければ武術に心得がある訳でもない。しかし竜の扱いにおいては恐らく誰よりも上手で、彼女に扱えない飛竜はいないと称されるほどの者である。


「何か分かるのかシナト?」


 彼女はプルプルと首を降った。


「はっきりとは分からないのです。でも森が殺気だってる、まるで侵入者を威嚇するかのようなのです」

「ミュウロー様、こいつの言うことアテにすんなよ。こいつ剣技もロクに出来ねぇで、いっつも妖精とばっか戯れてんだから」


 口を挟んだのはフィウメだった。行儀の悪さと素行の悪さは眉唾物の問題児だが、近接戦闘における格闘術やそれに準ずる魔法が得意でミュウローに迫るモノがある。


「よせフィウメ、ミュウロー様に対し口が過ぎるぞ」


 ロキは強面のベテラン竜騎士だ。人格・能力に心配するような箇所は無いが、完全に人相で第一印象を判断されてしまう可哀想な人でもある。


「だってよロキ~、オレはどうしてもへりくだった言い方ってのがムリなんだよォ」


 無駄口を叩かず警戒を怠るなとロキに言われたフィウメは『ハイハイ』と返事をかえすと素直に指示には従うのだった。

 飛行中、ミュウローはずっと頭の中に突き刺さる物を感じていた。とある大魔導士の言葉が頭を離れなかったのだ。


『世界はある壁をもっていくつにも分かれている。その壁は我々には越えることはできない。何故ならそれはその世界の均衡を保つためにどうしても必要となるからだ。しかしその壁を破ろうとするモノがいるとしたら…………たとえばそれが邪神竜なのだ。あれはこの世界のものではない。あれがこの世に存在しうる限り、いつこの世界が崩壊してしまうかも分からぬ。だがまだ均衡が失われていないのであれば、もしかするとヤツはもう別の世界へと行ってしまったのかもしれぬが……』


 別の世界……そんなものを考えたことは無かったが大魔導士の言葉は邪神竜の存在を定義するのに最も筋が通っていた。あの光がヤツの現れる前兆だとしたら、今度は王国騎士団と城壁軍の全戦力をもって返り討ちにしてみせる。

 ……と、相棒が咽を鳴らして異変を知らせた。


「ミュウロー様、南東の方角に何かいるぜ!」


 フィウメの指摘通り、南東の空に目をやった彼女はそこに異様な物体を発見した。物体……そう、物であって生物ではない。正確にはとても生物には思えない形をしていたのだ。強いて言うならトンボが近いかも知れないがあんな大きさのモノなどいるわけがない。バリバリと空気を引き裂く音が遠く離れていても分かるほどで、鳥や竜が羽ばたく音とは明らかに異なる。もっと乱暴で強引な鉄の音だ。


「接近して正体を確かめるぞ。シナト、私の後ろについて離れるな。フィウメは先鋒、ロキは援護を」


 たちまち訓練されたイルカのように体形を作った彼らは、謎の鉄怪鳥の背後に回り込んでじわじわと接近を始めた。これが昼間なら高い木々の間をすり抜けてもっと目立たないようにするのだが、生憎安全高度を取らざるを得ない。鉄怪鳥はその羽音が凄まじいわりには鈍足でそのままでは飛竜は簡単に追い付いてしまう。なので直進する目標に対して彼らはジグザグの飛行を繰り返してある一定の距離を保った。

 ある程度まで接近したところで相手の細部が見てとれたのだが、この鉄怪鳥の進む先はあの閃光地点とみて間違いないようだ。

 しかしこの鉄怪鳥、どうやって飛んでいるのかさっぱり分からない。上部には羽虫のように翼のようなモノがあるのだが、羽ばたいているのではなく高速で回転しているではないか。まるで馬車の車輪が頭の上で回っているようなのだが、それでどうやって宙に浮くのか説明しようがない。

 そうこうしているうち、突如として森が終わっている地点に差し掛かった。鬱蒼としていた木々が、ある線を境にプッツリと途切れていた。そこから先は地図を切り貼りしたようにいきなり草原や舗装された道が現れているのだ。

 もはや訳がわからなかった。この形容しがたい気味の悪さが心の中でアラートを鳴らしても、それでも彼女は手綱を引こうとはしなかった。何としてでも正体を明らかにせねばならないという使命感は、あの日の惨劇をもう二度と……という思いからだった。


ーシュパッ!ー


 虚空の闇を引き裂く閃光が瞬いた。魔法にしては違和感があるそれは続いていくつも打ち上げられた。それが眼下に見える物を青白い光の中に浮かび上がらせた。


「これは、いったい!?」


 有史以来人間同士の戦争など小競り合いを除けば存在しなかった。彼らが対峙するのはモンスターであって人間ではないからだ。モンスターは戦略を持たない。故に人間の戦いに適した戦術や戦略は軍団規模ではまともに検討された試しがない。未だ隊伍を整えて行進する中世のような戦いが唯一といっていい。眼科に広がるそれはまるで蟻の巣のような防御陣地だった。いたる所に網の目のように伸びた道、そしてその先に展開する火砲の群れ、1,000はくだらないであろう軍勢。その砲口は北方……つまるところの王国側に向けられている。

 何処かの諸国が軍隊を率いて進軍してきたのだろうか。しかし軍隊を進める理由が見当たらない。たとえモンスターによって国土が蹂躙されたとしても近隣諸国が救援するのが古来よりの慣わしである。古き先人たちは、か弱い人間が強く恐ろしいモンスターに対抗するには結束するしかないことを説いた。それまで鷹から逃れる野ウサギのように縮こまっていた人類が、魔法と道具と知恵と集団の力でついに安全に暮らせる国土を手にいれたのである。そんな結束を破るような侵攻を犯す狼藉者が存在するだろうか?


ーパンッ!パンッ!ー


 銃声を聴いてミュウローは反射的に回避運動を行った。


「ちくしょう、撃ってきやがったぜ!」


 フィウメは弓矢の詠唱を唱えた。『撃っていいよな』と言う彼女に、ロキが『指示を待て』と制止を呼びかける。


「待て、奴らこっちを狙っていない」


 蟻の巣の中に見える人影はこちらのことよりも地上での騒動に忙しそうだ。


「“番犬(クース・トース)”に襲われているのか?」

「……番犬は怒ってるのです、森に入り込んだ“異物”を追い出せって」

「んなことはどうだっていいだろシナト! テメェはあいつらの心が読めるってのか?」

「ミュウローさま、私だけでも地上に下ろしてください。“彼ら”は怯えているだけなんです! 私なら彼らを……」


 シナトはたとえネズミであろうと決して殺そうとしない。優しすぎるがゆえロキは再三彼女を後方に回すべきだと進言していた。


「駄目だ許可できない。退くぞ、撤退だ」


 今あそこに降りても混乱の中で誤射の危険さえある。それよりも打って出るにしてももっと戦力を整える必要がある。あれだけの軍勢ならばクーストースを前に全滅することはないだろう。まずはこのことを報告することが先決だった。

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