羽の音
それは鳴き声じゃなくて振動音。 原理なんて知らないし知りたくもないけれど、恐らく羽を重ね合わせて鳴らしているのだろうか?人間には羽なんてないから出来ない芸当。
随分とうるさく、そして礼儀知らずなお客様。不法侵入にゴミ漁り、家主に構うことなく大音量で飛び回る。 とても嫌いだ。 見た目も動きも羽音も、存在そのものが。
窓に止まった黒い点。 自分の居場所を示すように鳴らす振動音。 僕は殺虫剤を手にして近づいた。
白い霧を勢いよく吹き付けると、不快な振動音をお構いなしに鳴らしてその場で暴れ始める。 気持ち悪い音、動き。 僕はそれを一歩引いて眺める。
あれほど鳴らしていた音は徐々に弱まり、暴れ疲れたかのように床へと落ちてーー 動かなくなった。
直接手掴みで…… なんてのは無理だ。 生きていた間も嫌だったんだ、死骸なんてなおさら。 テッシュを4枚ほど重ねて包み込み窓を開けて放り投げた。 窓を閉めて、僕は見ていたDVDに再び集中した。
DVDを見終わった後。頭に浮かんだのは映画の感想ではなく、先ほどの振動音。 どうやって鳴らしているかはどうでもいい。 気になるのはどうして鳴らすのかだ。便利な世の中である、気になることはネットで検索すればいい。 僕はキーボードを叩いた。
…… 説明を読んで分かったこと。 あの音はいわゆるコミュニケーションみたいだ。人間で言えば言葉なのだと。 不快に感じる振動音は、彼らにとっては大切な言葉なのだ。
白い霧を吹きかけた時。暴れまわって鳴らしていたあの音を、もしも言葉にするのなら。
痛い、苦しい、死にたくない、助けて。
…… そんな風に考えても。 特になにも思わないのは彼らと僕は違うからなのだろう。
同じ空間にいても違う世界を生きている。僕は羽音は鳴らせないけど言葉を使える。 根本的に違うのだ。 もし彼らが人間だったなら、苦しみ助けを求める姿をただ眺めているなんてことはしない。 仕方が無いこと、お互いが理解を諦めているのだから。 特にこの季節はーー
五月の彼らは、特に五月蝿く聞こえてしまう。