no.8
美しいインコの歌声を聞きながら、森を進むと、小さな湖があり、その岸辺に黄金の蔓バラは咲いていた。蔓バラの傍らには、青く艶やかな長い髪を持つ女性が寄り添うようにして立っていた。
その女性は、馬上の二人を見て、細い声で言った。
「待っていました。森番のインコからあなたがたのことは聞いています」
リリアとルナは、馬を下りて、女性に丁寧に挨拶をした。
「ほんの少し、この蔓バラの蜜を分けてほしいのです」
ルナが言った。
「これは、私の夫です。その夫の涙を差し上げるのですから、その使い道を教えていただけますか?」
蔓バラが夫?
ルナがその使い道を話した。
それに続いてリリアが、
「蔓バラが夫ってどういうこと?」
と、訊ねた。
女性の話によると、ずっと昔、仲の良かった二人を妬む者が魔女に頼んで夫を蔓バラに、妻には永遠の命を与えたと言う。永遠の命、本来なら喜ぶべきものだけれど、愛する者を蔓バラに変えられて、その姿を永遠に見ていなければならないとなると、この上なく残酷なことである。
「セレク、あなたの魔法でなんとかならないの?」
リリアが言った。
「杖があればできるでしょう。けれど、二人の魔法を解いた途端、二人は消滅してしまいますよ」
「なぜ?」
「二人共、本来の寿命より長く生きているんですよ、魔法のせいで。その魔法を解いてしまったら……本来の姿に戻るということは、命を失うということなんですよ」
「そんな……」
リリアは言葉を失った。ルナも悲しい眼差しを女性と蔓バラに向けた。
「悲しいことはありません。むしろ幸せです。私は、愛するこの人の傍にいて、世話をすることができるんですから。永遠に」
その女性はなんとも言えない穏やかな頬笑みをたたえて、蔓バラに寄り添って言った。
するとバラの花の中から雫がポタリと葉の茂みに落ちた。それを女性が一枚葉をとって、差し出した。
「これが蔓バラの蜜です。差し上げます」
ルナは、荷物の中から小瓶を出して、それに雫、蔓バラの蜜を入れた。
「ありがとうございます。どんなお礼をしたらいいかしら?」
リリアが訊ねると、女性はゆっくりと首を振り答えた。
「お礼などいりません。私はただここで二人静かに暮らせればいいのです」
「では、この森が人に荒らされるようなことがないように、父王に頼むことをお約束しますわ」
「ありがとうございます。ジョンノクチさま」
「えっ?」
「えっ?」
「へっ?」
三人合わせて、声が出た。
「ぷっ、あははっ」
セレクが噴出した。
「ひどい、セレクったら」
リリアは膨れる。
「リリアが悪いんですよ」
ルナも笑いをこらえて言った。
「どういうことですか?」
女性は事情が分からず、戸惑っていた。
ここへ来る途中で、名前を訊ねたインコは、「ジョ」が言えず「ジョン」になってしまい、それをリリアがおちょくって、いろんな言葉を言ったのだった。その最後の言葉が「序の口」でインコは「ジョンノクチ」と繰り返して飛び去って行ったのだった。それをそのまま、この女性に報告したのだろう。
「まぁ、すみません。どういたしましょう。私もちょっと変わったお名前だとは思ったんですけど、インコが繰り返すものですから、てっきりそうなのだと思って」
恐縮してしまった女性は、何度も頭を下げた。
「リリアがふざけるからですよ」
ルナはまた笑いをこらえて言った。
「なんてインコなの。森番にするなら、もう別のインコにした方がよろしくってよ」
膨れながらリリアがいった。
「ええ、そういたします。本当に失礼をいたしました」
謝りながらも女性の目が笑っていた。それを見たセレクがまた豪快に大笑いした。
「もぅ、皆でひどいわっ!」
「でももともとは姫様が悪さをしたからですよ、ぷっはは」
「ふん」
リリアはそっぽをむいて、真っ赤になっている。
「お詫びに、ここで一晩、お泊りになってはいかがですか?」
女性が、その後ろにある小さなかわいらしい家を視線で示して言った。
「そうですね。これから森を出ても、夜になってしまいそうですし」
セレクが言うと、
「ぜひ。大したおもてなしはできませんが」
「折角ですから、お言葉に甘えさせていただきましょうか」
セレクが言うとリリアがちらっと女性の後ろにあるかわいらしい家を見た。
「まぁ、なんてかわいらしいの。素敵」
リリア、本当に立ち直りが早い。
木でできたその小さな家には、色とりどりの蔓バラが絡んでいて、窓辺にはインコが何羽かとまって美しい歌声で歌っている。
結局、三人は、この女性の世話になることになった。
女性はできる限りのもてなしをしてくれた。一つしかない寝室も三人の為に貸してくれた。
手を尽くした夕食の席で、
「王女様が旅をされるなんて大変ですね」
と言った。
「セレクの杖を折ってしまったのは、わたくしですもの」
しらっと言ってのける。
三人は、女性といろんな話をした。王宮の話を主にリリアが語ってきかせ、森での静かな生活を女性が語って聞かせた。
そんな中でふっと思い出したように女性が言った。
「そういえば、ユニコーンの話を聞いたことがあります。随分昔ですけど、ネクタル湖の西にあるミトの森にいると」
この女性にお世話になったお陰で、ユニコーンの情報まで手に入れることができた。これで次に向かう場所が決まった。行き先が決まったことだし、随分と長話をして夜も更けていた。三人は、女性の貸してくれた寝室を使った。当然ながら、ベッドにゆっくりと寝たのはリリアである。ルナとセレクは床に女性が出してくれた布団を敷いて、寝ることとなった。それでも屋根があるだけ助かった。ルナはリリアのベッドを作る必要もないし、ゆっくり休むことができた。
翌朝、女性に蔓バラの蜜とお世話になったお礼を言って、三人はネクタル湖に向けて出立した。




