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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第一章
7/68

no.7

 白龍の髭を手に入れた三人は、ガムサの町で一晩休んだ後、出立した。途中の町で泊まりながら、コトラの森に着いたのは、二日後だった。

 コトラの森は、別名インコの森。数え切れないほどの種類のインコが生息している。

 コトラの森に入っていくと、何処からか声がする。

「ドコカラキタ、ドコカラキタ」

「なにかしら、今の?」

 三人は、辺りを見回した。すると羽音が聞こえ、全身が緑で嘴と羽根の先が鮮やかな朱色のインコが現れて、リリアの馬の頭にとまった。

「ドコカラキタ、ドコカラキタ」

 そう繰り返すインコにリリアが

「王都オエステ」

 と答えると、

「オウトオエステ、オウトオエステ」

 そう繰り返して、飛び去って行った。

「なんだったのかしらね、変なインコ」

 リリアがそう言った。

 涼やかな風が木々を揺らす中、三人は、馬を進めた。

 するとまたインコが現れた。今度は、青一色の尾が長いインコだった。

「アナタノナハ、アナタノナハ」

 リリアの馬の頭の上にとまって、繰り返す。

「王女リリア」

 リリアが答えた。

「オウジョンリリア、オウジョンリリア」

 インコが繰り返す。

「違うわよ、王女リリア、王女リリア!」

 インコが首をかしげた。

「王女リリア」

 もう一度リリアが繰り返した。

「オウジョンリリア、オウジョンリリア」

 インコは同じ言葉を繰り返した。

「ジョ、ジョ」

「ジョン、ジョン」

 リリアが繰り返すが、インコは同じように繰り返す。どうやら、このインコ、「ジョ」が言えず「ジョン」になってしまうらしい。

 リリアが引きつった笑いを浮かべて言う。

「女帝」

「ジョンテイ、ジョンテイ」

「序幕」

「ジョンマク、ジョンマク」

「序の口」

「ジョンノクチ、ジョンノクチ」

 ルナとセレクは笑い出しそうになるのを必死でこらえた。

「わーい、ジョって言えないのー」

 と、リリアがインコを指差して笑い出した。インコはぷいっと踵を返して飛んで行ってしまった。

「姫様、インコをおちょくって、どーするんですか」

 笑いをこらえていたセレクが言った。

「だって面白いんだもの。バカなインコ。今度会った時の為に、ジョの付く言葉を考えておきましょう、うふふっ」

 リリアにかかっては、インコもおもちゃ同然である。

「かわいそうなインコ」

 ルナが呟いて、

「さあ、先を急ぎましょう」

 と、言った。

 木漏れ日が気持ちのいい森は、時々、鳥の鳴き声も聞こえる。本当にたくさんの鳥がいるのだろうと感じられた。

 しばらくすると、またインコが現れて、ルナの馬の頭にとまった。今度のインコは真っ白で頭にちょこんと毛が立っている。

「ナニシニキタ、ナニシニキタ」

 ただ繰り返される質問でルナは少しうんざり。でも美しいというだけで、そのもの丸ごと認めてしまえるリリアにとっては、繰り返されるしつこさなど、なんでもないことだった。

 ルナの馬の前まで来ると、

「黄金の蔓バラの蜜を少しいただきたいのよ」

 と、リリアが答えた。

「オウゴンノツルバラノミツ」

 インコが言った。

 大きく頷いてリリアは

「黄金の蔓バラの蜜」

 と繰り返す。

「オウゴンノツルバラノミツ、オウゴンノツルバラノミツ」

 インコは繰り返してそう言った後、飛び去って行った。

「あーん、捕まえておけばよかったわ。ペットにしようと思ったのに」

 リリアは、本気で残念がっている。

「姫様、そんなことを。でもまたそのうち出会うでしょう。ここはインコの宝庫ですから」

 セレクが言った。

「そうね。どうせなら虹色のインコなんかいるといいのだけれど。きっとペットにしたら素敵よー」

 そんなことを言って、うっとりしているリリアだった。

「では、そのようなインコがいたら、ペットになるように説得しなくてはね」

 ルナがにっこりとほほ笑みながら、リリアに言った。

「えっ?」

「へっ?」

 リリアとセレクは、馬を止めた。

「説得するの?」

 リリアが目を丸くして聞いた。

「そうですよ。相手も生き物ですから、同意がなければいけません」

「うそぉー」

「いえ、嘘ではないですよ」

「信じられなーい。説得してペットにするなんて聞いたことないですわよ。そんなの変よ」

「そんなことはないと思いますけど」

 こんな会話を黙って聞いていたセレクは、どう考えても二人とも変だと思った。それと同時にだからこの二人は息が合うんだとも思った。

 そしてこの会話を三人以外の者が木陰に隠れて聞いていた。この旅の出立にあたり、王がリリアのためにつけさせた近衛隊長フェリエであった。

 王の命令を忠実にここまで三人の後をつけてきたのである。だが、このフェリエ、出立の時より二・三歳老けて見える。それはそう。まず後悔の洞窟で数え切れないほどの後悔を持っていたフェリエは、迷路の中で散々後悔の念に苛まれ、気が狂わんばかりに、命からがら三人の後を追ってきた。洞窟からはなんとか出られたものの、遅れをとったフェリエは、一人樹海で迷いながら、必死で三人を追った。やっとの思いで樹海を出れば、山肌にとりついて登っている三人の姿があった。見つからないようにとまばらにしかない木に隠れながらやっと岩棚の手前まで登って来て、隠れていたら、なんと三人は白龍に乗って風のような早さでフェリエの頭上を通り過ぎていったのだった。この旅で一番苦労しているのは、フェリエかもしれない。一人、また来た道を戻り、ガムサで休む暇もなく、三人がコトラの森に向かったと聞くや、馬を飛ばして、やっとここで追いついたのであった。

 リリアとルナの会話を聞いて脱力したフェリエ。それでも王からの直接の命令をもってこの仕事をしているという使命感から、リリアの虹色のインコをペットに欲しいという言葉を聞き逃さず、早速、鳥かごを編み、いつでもインコを捕まえられるよう準備をし、今までより更に視界を広げて辺りを見ながら、三人の後を追う。なんと忠義な者だろう。

 そんなフェリエが後から来ることなど、つゆも知らず、三人はお気楽に、特にリリアは、旅の本質を未だ知らずに、この旅を楽しんでいた。

 澄んだ声音でインコが歌っている。それを聞いてリリアは、

「虹色のインコをペットにできたら、美しい歌を教えて、一日中歌わせましょう。きっと素敵よ」

 などと言っている。

 その時だった。

 ガサッ!

 三人の後ろで木々の葉がものすごい音を立てた。

「きゃっ」

 リリアが驚いて声をあげる。

 辺りで歌を奏でていた鳥たちも歌うのをやめ、静寂が訪れた。

「なんと!」

 姿なきセレクの声が聞こえた。

「どうしたの、セレク?」

 ルナが不安になって聞いた。しばらく間があって、

「いえ、あ、いや。ちょっと大きなインコだったんで驚きました。はははっ」

 ルナは、セレクらしからぬ歯切れの悪い答えに何かあるのだろうかと思ったが、敢えて訊ねなかった。

 物音の主は、先ほどのフェリエだった。なんと本当に虹色のインコを捕まえたのである。虹色のインコを両手でがっしり掴んでほくそ笑んでいる姿をセレクの角度からは見えたのだった。

 セレクは、瞬間、凍りついたが、王がリリアを心配してつけたのだろうと見当は着いたのだった。フェリエの立場もあるだろうからと、黙っておくことにしたのである。フェリエも大役を仰せつかったものだとセレクは内心思ったのだった。

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