no.29
フステイシア王が書いた手紙は、すぐにアドニス侯爵家に届けられた。
それによると、ペンサミエント王と王妃が王宮に来ていること、しばらく滞在すること、二人の仲を許したこと、ベルダがいずれ王座に着き、その時には二つの国を統一することなどが書かれていた。
「お父様とお母様が来ているなんて」
「申し訳ないな。本当ならこちらから謝罪に窺わなくてはならないのに」
「いいえ、きっと父上と母上は楽しい旅行だと思っていますわ。ほとんど王宮を出たことがないんですもの」
「それならいいが。とにかく、私達のことを認めてもらえた」
「嬉しいわ、ベルダ様」
「ああ、本当によかった」
「ベルダ様、セレクやルナに早く伝えたいわ」
その頃にはルナも一日の大半を寝台の上ではあるが起きて過ごせるようになっていた。ルナの部屋にセレクとギナを集めて、ベルダとリリアが入ってきた。
「どうしたのですか、姫様?」
不審に思ったセレクが訊ねた。
「良いお知らせがありますの。ベルダ様からお願い」
リリアは、甘ったるい声で、ベルダに視線を移した。
「リリア姫との婚約が決まりました」
一瞬、空気の流れが止まったようだった。
「わたくし達の婚約が成立しましたのよ」
「な、なんと!」
セレクは信じられないと一同を見回してから、リリアにその視線を向けた。
「でもそれぞれ一国を継がなくてはならない身ではありませんか? 姫様」
「お父様は、ベルダ様とわたくしが結婚したら、ご隠居なさるそうよ」
「父上も同じように書かれておりました」
フステイシアの王も、ペンサミエントの王もなんと自分たちが隠居ができるのだから、それでいいと思っている節がある。それでもベルダとリリアが幸せになるのなら、それもそれでいいのかもしれない。
「リリア、おめでとう」
ルナが微笑んだ。
「ありがとう、ルナ。わたくしもあなた達と同じように幸せになるわ」
「すぐに結婚というわけにはいきませんが、ファリアに戻ったら、正式に婚約を発表したいと思っています」
「いいお話ですね。リリア姫」
ルースも笑顔でリリア達を見た。
「ええ、わたくし、こんな幸せなことってありませんわ。ルナも元気になってきましたし、もう少しで元に戻るのでしょう?」
「はい。あと少しで……」
「では、あなたが元に戻ったら、ファリアへ行きましょう、ベルダ様、それでいいかしら?」
「もちろんですよ。皆でファリアに行きましょう」
微笑むベルダに皆頬笑みを返す中で、リリアがセレクに視線を向けた。
「ところであなた達は、どうするの?」
「はい?」
「はい、じゃなくってよ。もう幼馴染だ、ライバルだ、などと言っているだけではすみませんわよ」
「姫様?」
「いつも淡々飄々としているセレクがあんなに熱心にギナの世話を焼いていたんですもの。その間、わたくし、一人にされたんですもの。ただではすみませんわよ」
セレクが身を引いた。
「あなたたちも結婚なさい。あなたたちもお似合いよ」
「へ?」
「はい?」
「うふふふっ。リリアが言うのも本当ね。セレクにはギナが、ギナにはセレクがいないとダメだと思うわ」
ルナが可笑しそうにしている。
「それと結婚とは別でしょう。私はペンサミエント国の王室づき魔法使いですし、ギナは諸国を回る魔法使いですよ」
「いいではありませんの。そういう形でも。人それぞれですわ。結婚のあり方なんて、ね、ルナ」
「そうですよ。結婚したから一緒にいなくてはならないといこうとはないと思います」
「ルナまで」
「だって、そう占いに出ていたんですもの」
ルナは、おかしさを堪え切れずに笑った。
「占いとは?」
「エチセリアで占い師のアディビナールに占ってもらったんです。答えはそれぞれ別の者が聞いて、旅が終わるまで内緒にすると言う約束でしたわよね、リリア」
「ええ、そうよ。そういえば、皆、答えを話してなかったわね」
そこで、その答えを話す流れになった。セレクがまずリリアの答えを話す。
「愛しておられるお方の心の半分は救うことが叶わん。じゃが、あとの半分は恋の成就に寄って救われるだろう。この国にとってそれが脅威なのか、救いなのかは時が経ってみなければわからんの、ということでした。つまりは、ファルサリオ、いえ結局はギナですが、は、姫様の手では救えませんでしたが、砂漠の民との争いは、ベルダ殿との恋の成就もあり、救われたということになるのでしょうね」
次にリリアがルナの答えを話した。
「愛の成就に満たされておる。じゃが、これから心に深い傷を負われるじゃろう。それでも愛を信じていれば、救われるじゃろう、とのことでしたわ」
「確かに心に深い傷をおいましたね。でもルースが来てくれたお陰で救われた」
「そういうことね」
次にルナがセレクの答えを話した。
「愛が芽生えておる。じゃが、辛い試練を乗り越えんとならん。その試練を乗り越えられれば、愛は成就するじゃろう、と言われました。愛が芽生えていると言われた時、ギナの顔が浮かんだんです」
「ほら、やっぱりギナと結ばれる運命だったんですわ」
「アディビナールの占いは当たるとオアシスの民にも評判で、わざわざ砂漠に行く者もいます」
ベルダがリリアの肩を抱きながら言った。
「ほとんど当たっていますものね、今回の占い。凄いですわ。というわけで、セレクとギナはやっぱり結婚するべきよ」
「なんでそうなるんですか、姫様」
「いいじゃないか、セレク。私に異存はないぞ」
「ギナ!」
ギナはそっぽを向きつつも、視線をセレクに向けていた。
「ほらぁ、セレク、もうあなた次第よ」
「わかりましたよ、わかりました!」
「なによ、ぜんっぜん、色気ないわね」
「姫様が強引だからですよ」
皆が笑いだした。ギナまでも笑っている。セレクは困った顔を和らげた。リリアにかかってはどうしようもない。実は、セレクもギナもそれぞれの気持ちを口にする機会をつかめずにいただけだったのだ。幼馴染で、ライバルでもある。なんでも知っていて、知りすぎるあまり、どこか気恥かしさもある。そんな二人の背中を押したのがリリアだったことになる。
その夜はアドニスの計らいで祝宴が開かれた。ルースが心配して、寝室から出そうとしなかったのだが、ルナもやって寝室から出られた。
「ルナも元気になったわね」
「ええ、もうほとんど元に戻っています」
「皆、幸せになれて、なによりですわ。おほほほっ」
セレクとギナに関しては、かなり強引ではあったが、そんなことはリリアにとってはお構いなしだった。祝宴は賑やかなものになった。
「ここでこんな風に賑わうのは、とても嬉しいことです」
アドニスが心の底から喜んでいるのがわかった。
突然、王からリリア達を砂漠には行かせるなという命を受けてから、アドニスは生きた心地がしなかったのである。そのあと、瀕死のギナが運び込まれて、またリリア達が砂漠に出ると言い出し、その後すぐにベルダ王子がやってきたかと思うと、リリア達を追って砂漠に行ってしまった。帰って来たかと思えば、今度はルナが意識を取り戻さない。王都ファリアから遠い、こんな辺境の地ではあるが、それまでのんびり暮らしていたアドニスにとって、ここ数カ月は怒涛の日々だった。
「アドニス様にも、きっと素敵な方が現れますわ。お美しいですし、お優しい方ですもの」
「リリア姫、それはありがとうございます」
ルナに無理をさせたくないと、祝宴はそこそこでお開きとなった。
二階の寝室に移ったルースとルナは、バルコニーに出て、風に当たっていた。
「疲れただろう、ルナ」
「うん。少しだけ。でも楽しかった」
「それはよかった」
そこに、セレクとギナがやってきた。
「お二人ともまだ起きていらっしゃいますか?」
「どうぞ。起きていますよ」
「いやはや、リリア姫にはなんとも言えませんな」
「姫様には振り回されっぱなしです。結婚まで決められてしまったようなものですよ」
「いいではないですか。お二人ともお似合いですよ」
そこにリリアとベルダがやってきた。
「ルナは疲れたかしら。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ルナがもう少し落ち着いたら、ファリアに戻りましょう」
ベルダがそう言って、ファリアのある西に腕を伸ばした。
六人は、点々と明かりの灯る町並みを見下ろしながら、その方角へと視線を向けた。
月明かりに照らされた六人の姿は、暖かく優しいものだった。
こんな光景が続けばいいと、皆がそれぞれ思うのだった。
完
これでこのお話は終わります。
また今後、番外編などを書くこともあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いいたします。




