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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
63/68

no.24

 エチセリアを出た一行は、途中、一日程度の砂嵐に出会った。それをやり過ごして、グラバに辿り着いた。

「あれまぁ、今度は、大群で押し寄せてきたよ」

 三番宿屋の女将さんは、腰を抜かすほど驚いていた。

「こんなに大勢の人間が泊まれるほど、ここには宿はないよ」

「わかっています、女将さん。私達数名と怪我人だけ、宿に泊めてください」

 ベルダがフードを脱いで、女将さんに頼んだ。

「食事も私達と怪我人たちの者だけで大丈夫です。食料や水はまだたっぷりありますから」

「そうかい。だったらいいけどさ。金はいらないよ。その代わり、あんた達の武勇伝を聞かせておくれよね」

「もちろんですわ。わたくしたちのお話聞いていただけるなんて嬉しいですもの」

 ベルダの横にいたリリアが目を輝かせた。

 とりあえず、またリリア、ベルダ、セレクで一室を使い、もう一室にルナとルースが入った。残りの部屋に怪我人を入れると三番宿屋は一杯になってしまった。一階の酒場には五名ほどの近衛兵たちが護衛にあたり、他は、町中の路上で過ごす。

 宿の主人は、汗を流しながら、宿に泊まった者達の食事を用意していた。女将さんは、リリア達の部屋に入り、リリアからどんな戦いをしてきたのかを聞いている。

「それでわたくし、モリールを倒しましたのよ」

「女のあんたがねぇ」

「本当は命を奪ってやりたかったけど、そんなことをしたらルナが悲しむから、傷程度にしておきましたのよ」

 結果的にそうなっただけだとセレクは溜め息を漏らした。

「王子様とお姫様がこんな旅をされるなんて、こりゃ、一生ものの話のネタになりますよ」

 女将さんは、ホクホク顔で部屋を出ていった。その頃には大半の料理ができていて、それを主人と女将で各部屋に届けた。モリールが入っている部屋の前には、近衛兵が二人ついていた。

「あんたたちも食べなさいよ」

 女将は、二人の分を別の皿に乗せ、主人が一階からテーブルを運んできて、その上に料理を乗せた。

「ありがとうございます」

 近衛兵達はその優しさに涙ぐんでいた。

 路上の近衛兵や砂漠の民の兵士達は、それぞれラクダから降ろした食料を食べていた。あたたかいスープだけでもと三番宿屋の主人と他の宿屋が協力して、みんなにスープを出した。たいして具も入っていないスープでも、日が傾いて寒さを感じ始めた兵士達には、その暖かいスープは体に沁みた。

 翌朝、一行は、町の人々が見送る中、グラバを後にした。エスフェラ山脈を越え、グランハのアドニス侯爵家に辿り着いたのは、それから四日後のことだった。近衛兵達は、捕虜を連れて、町の西にある駐屯地に向かった。

「皆様、ご無事で」

「いえ、ルナが……」

「すぐに部屋を用意させます」

 アドニス侯爵家は、大忙しに召使たちが動きまわった。セレクは、報告もそっちのけで、ギナの部屋を訪れていた。何度か意識を取り戻したというギナは、今は眠っていた。

「世話をありがとうございます」

 部屋でギナの世話をしていた召使にセレクは、頭を下げた。ギナの顔色は、もう戻っていた。スヤスヤ眠っているようにさえ、見える。

「気付かれた時に、アドニス様からセレク様たちのことは話してあります。とても心配されていた様子です。次に目覚めたときには、きっと安心なさいますね」

 召使はそう言って部屋を出ていった。

「ギナ、傍にいられなくて済まなかった。無事に帰ったぞ。お前も早く元気になってくれ」

 寝台の横の椅子に腰かけて、セレクはギナを見つめた。するとぴくぴくっとギナの瞼が動いた。

「ギナ、ギナ!」

 セレクは腰を浮かせて、ギナを呼ぶ。

「う、うるさいな。そんな大声を出さなくても聞こえている」

 何度か瞬きをして、やっと目を覚ましたギナが右手をセレクの頬に当てた。

「ギナ!」

「無事に帰ったか。よかった」

「ギナ……」

「心配ばかりさせやがって」

「それはこちらのセリフだ。こんなにボロボロになって、なにやってるんだよ」

「まぁ、それはおいおい話すさ。皆、無事か」

「ルナが……」

 セレクはルナが大きなショックを受けて、未だ意識が戻らないことを話した。

「そうか、ルナが。あの子はしっかりしてそうに見えて、心に弱い面を持っているからな」

「ルースがずっと付き添ってるよ」

「彼が一緒なら、心配はいらないだろう」

「ええ、多分……」

 体が辛いのか、ギナは深いため息を漏らした。

「ギナ、辛いのか」

「そう簡単には治らんさ」

「私も回復の魔法をもっと勉強しておくべきだった。そしたら……」

「いや、それは俺が得意とする分野だ。もっとも自分には使えんがな。それぞれ得意分野はあるさ」

 ギナは、回復魔法を得意として、怪我人や病人などを治して旅をしていた。セレクは、ペンサミエント国の王室づきになってからは、新しい魔法の発見に力を入れていた。

 一方、部屋を用意されたルースは、ルナを寝台に横にすると、ルナに両手を翳し、全身から立ち上る光を両手からルナに伝えた。

「やはり、力が弱まっているな。ルナ、すまない」

 ルースの全身から立ち上る金色の光は、すーっと消えていった。いつもよりずっと弱々しい光なのに、ルースの額には玉の汗が噴き出していた。

「僕もやはり休んだ方がいいらしい。ルナ、必ず僕が助けるから」

 ルースは、ルナの横に横たわると、全身の力を抜いて、ルナを抱きしめて眠るのだった。

 その頃、客間では、リリアが大騒ぎをしていた。今回の旅の話をアドニスに喋りまくっていたのだ。

「砂漠の民の兵士など大したことありませんでしたのよ。ベルダ様率いる近衛兵達があっという間にやっつけてしまいましたの」

「はあ」

「それにね、モリールもわたくしが倒しましたのよ」

「リリア姫様が?」

「ええ。ルナをあんな目に合わせたんですもの、当り前ですわ」

「はい」

「本当は殺してしまいたかったけど、それは辞めましたの。あんなモリール相手にこの手を汚すなんて、ね、ベルダ様」

「は、はい」

 いきなり振られて、ベルダは慌てて、返事を返す。それまで黙ってリリアの話を聞いていたベルダに、リリアが話しかけたのをいい機会だとばかりにアドニスが口を開いた。

「ところで、ベルダ王子、今後どうされるんですか?」

「ああ、とりあえず明日には兵を連れて、王宮に戻ります。捕虜の処遇はそれから。モリールの書状で交わされた約束は守るつもりです。もともと鉱山や油田は砂漠の民の物。彼らにその利益が還元されないのはおかしいですからね。それから今、ギナやルナをこれ以上動かすわけにもいきません。アドニス侯爵、ここで皆を休ませてやってください」

「わかりました。それについてはお任せてください」

「ベルダ様、明日には立ってしまわれるんですね」

 リリアが寂しそうに顔を下げた。

「リリア姫、王宮での仕事が落ち着いたら、すぐにまたこちらに来ます。その間、ルナ達をよろしくお願いします」

「はい、ベルダ様。お待ちしておりますわ」

 それから夕方までに、リリア、ベルダ、セレク、ルースは、湯あみをして、旅の汚れをさっぱりと落とした。彼らが湯あみをしている間にルナとギナも体を拭いてもらっていた。

 元気だったルナの姿を知る召使三人は、ルナの変わりように驚いていた。

「あんなに綺麗でしたのに、こんなに変わり果てて」

 骨ばった細い腕を拭きながら、一人の召使が涙ぐんだ。

「どんなにお辛かったことでしょう」

 もう一人の召使は足を拭いていた。

「綺麗だった髪もこんなになってしまって……」

 言葉に詰まりながらももう一人の召使は髪を拭いて梳かしていた。一通り拭き終わると夜着を着せる。

「早く元気になってくださいませね」

 召使がそう言ったところにルースが戻ってきた。

「皆さん、ありがとうございます」

 召使達は、頭を下げて部屋を出ていった。

「ルナ、綺麗にしてもらってよかったね」

 ルナの頬に手を当てる。顔色は随分よくなっている。けれど、一向に気づく気配がない。頑なに心を閉ざし、現実から逃げているルナの弱った生命力に力を注ぐだけしかできないことに、ルースは自分が不甲斐ないと思えた。

 翌日には、ベルダは近衛兵と捕虜を連れて、王宮へと出立していった。

 その姿を見送るリリアは

「早くお戻りになってね、ベルダ様」

 寂しそうにその姿が見えなくなるまで、窓から見つめていたのだった。

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