no.23
戦いの終わったぺカールの砦は静かなものだった。食料庫には、たっぷりと食料と水が保管されている。戦いで疲れた兵士たちに食事を取らせた。リリア達は、指令室と呼ばれた部屋に陣取って、食事をしている。
「こんな砂漠の真ん中でこれだけの食料を調達していたなんて、すごいですね」
ベルダが感心している。
「大方、エチセリアあたりで、脅して奪ってきた物だろうな」
セレクは、口に肉を頬張りながら答えた。
「あいつらの食料かと思うと美味しくないわ」
「仕方ありませんよ。今食べておかなければ、また砂漠を帰るのですから」
「わかっているけど……」
そう言いながら、リリアはルースの背中を見つめた。部屋の奥にあるベッドにルナは寝かされていた。その横の椅子に座って、パンを齧るルースがいる。一時もルナから目を離さない。その視線に気づいたグラニサールが
「私に力がないばかりに……」
と口に運ぼうとしたパンを皿に戻した。
「あなたが悪いんじゃなくってよ。悪いのはモリールよ。最悪よ、あんな奴」
リリアは、また怒りが込み上げてきたのか、握ったパンを力任せに握りつぶしている。結局、リリアはモリールを刺したが、リリアにそれほどの力があるわけでもなかった。傷は大したことはなく、深手にはならなかった。
「あんな奴……あんな奴……」
「姫様、落ち着いてください。もう捕えているのですから」
「でもこんなんじゃ、気が収まらないわ。ルナをこんな目に合わせたのよ。クレセールやアギラを殺したのよ。許せるわけないじゃない!」
「リリア姫、それでも人を殺めずにすんでよかったですよ」
ルースは背中を向けたまま、言った。
「殺しても殺し足りないわ!」
「いえ、そんなことをしたらルナが悲しみます」
「そうですよ、リリア姫様。ルナはクレセールやアギラを救おうと力を使われた。でも誰ひとり傷つかないようにしていたように思います」
ルナは、丸太で出きた檻を二度も吹き飛ばした。けれどその丸太は、兵士達には向かって落ちていない。グラニサールに一本当たってしまったものの、それだけで他の者には傷も負わせていなかった。
「ルナは……優しすぎるのよ……」
涙を浮かべてリリアが震えた。
「リリア姫、疲れたでしょう。そろそろ休みましょう」
「え、ええ」
ベルダに付き添われて、奥の部屋にあるベッドに横になったリリアは、しばらく傍にいたベルダに視線をやっていたが、そのうち深い眠りに落ちていった。
「姫様は、大人しく寝ましたか」
「はい」
「明日には、ここを立ちます。私達も休みましょう。ルース殿も休んでくださいね」
「わかっています。ご心配いりませんよ」
奥の部屋のベッドにベルダとセレクも横になった。グラニサールは他の部屋から毛布を二枚持ってきて、一枚はルースに渡した。
「どうか休んでください。私が代わりに付き添います」
「大丈夫です。あなたのほうが体を休めなくてはなりません。僕はこのままでも休めますから、心配いりません」
ルースがうっすらと笑顔を見せた。グラニサールは黙って奥の部屋に入り、毛布に包まって床に転がった。あっという間に寝入っていた。
ルースは、ルナをひたすら見つめている。
『ルナ、すまない。こんな思いをさせるのだったら、止めておくんだった』
リリアの誘いは断れなくても、リリア達がフステイシアに向かうことを止めればよかったのだと今更ながら後悔していたのだった。
翌朝、一番に目を覚ましたのは、リリアだった。
「さあ、早く朝食を済ませて、こんなところ出ましょうよ」
その掛け声でみんな目を覚ました。ルースは一睡もしていない様子だった。
兵士達も一斉に目を覚ます。兵士達は食事もそこそこに20頭いたラクダに乗せられるだけ水と食料を乗せた。そのほかそれぞれが背負えるくらいのものを用意した。近衛兵側の怪我人は十五人だった。砂漠の民の兵士達は、モリール以外に5名ほどの怪我人がいた。しかし死者は出さなかった。
「連れては帰れませんね、仕方ありません」
グラニサールとベルダが入り口付近でなにやら話していた。
「どうなさいましたの?」
「いや、その……」
言葉を濁すベルダ。セレクも近づいてきて、何事かと問いただす視線をベルダに送った。
「はい、アギラを連れて帰るわけにはいかないと……こんなところで寂しいかもしれませんが、墓を作りたいと思いまして」
「確かにそうですね。この暑さだ。連れて帰るには無理がありますね」
「兵士達に墓を掘らせます。アギラの埋葬が済むまで待っていただけますか?」
「それはもちろんですわ、ベルダ様」
広場の片隅にアギラの墓は作られた。皆がそれに手を合わせる。昔、流刑の地だったここに、墓が作られても、皆が帰れば、人気もなく、朽ち果てていくのだろう。そんな寂しい場所に葬られたアギラが哀れで、皆、合わせる手に力が入った。
「さあ、では、立ちましょう」
リリアとベルダ、セレクが先に立ち、ルナを乗せたラクダを引くルースが続いた。その後ろに近衛兵達が捕虜と、ラクダを囲んで進んだ。人数が多い分、夜は助かった。リリア、セレク、ベルダ、そしてルナを抱くルースの周りを兵士たちが囲む。毛布も何枚も持ってきていたので、それらも役に立った。一行は幸運にも砂嵐に合うこともなく、エチセリアに辿り着くことができた。
エチセリアに入って、リリア達はまっすぐ十番宿屋に入った。兵士達は、町に入る手前で待たせる。一気にこれだけの人数が入ったのでは、収集がつかなくなるからだった。昼間のエチセリアは静かだった。
「主人、おられるか、御主人!!」
セレクがドアを入って叫ぶ。慌てて出てきた主人は、またか、という表情を見せた。
「至急、医者を頼む。それと宿を借りるぞ」
「はいはい、わかりやしたよ、兄さん」
そう言って、医者を呼びに行こうと外に出た主人はぎょっとして、一行を見た。町の通りの入り口には人だかりのように兵士達がいる。
「怪我人は十番宿屋に、何人か警戒にあたり、残りの者は他の宿屋に分散しさせてくれ、ブラソ」
ベルダがブラソに指示を出していた。
宿屋の主人は、そう言えば数日前に大勢の兵士が町を通っていったことを思い出した。
セレクが皆を宿に入れようと外に出ると呆けた宿屋の主人がいた。その背中に声を掛ける。
「ご主人、急いでください!」
「ああ、あっ、そうだな」
そう言って、宿屋の主人は駆けだしていった。
リリア、ベルダ、セレクの三人が一室。ルナとルースで一室。他の部屋に怪我人を入れ、下の酒場では、近衛兵10人が待機した。
医者を連れて戻ってきた宿屋の主人は、その物々しさにまた仰天する。
「一体、こりゃ、なんなんですかい」
「砂漠の民の反乱軍を制圧したのさ。ありがたく思え」
近衛兵の一人が誇らしげに答えた。
「あんたらがかい? こりゃ、なんともぶったまげたもんだわさ」
「余計なことを言ってないで、さっさと上がって怪我人の治療を頼む」
「はいはい、先生、こちらに」
宿屋の主人は、医者を二階に案内した。ほとんどが大した怪我ではなかったが、モリール含める数名の者は、かなりの重症だった。
「命に別条はないが、まあ、治るまでにはかなりかかるだろうな」
医者はそう言って、鎮痛剤などを置いて帰っていった。その報告にリリア達の部屋に主人がやってきた。
「……そういうわけで、大したことはなさそうですぜ、兄さん」
「そうか、わかった。食事の用意をしてくれ。それとまた水と食料も頼む。今回はグラバでの調達は難しいから、グランハまでのものを頼む。他の宿屋にも分散して兵士達がいる。そちらとも連携して準備してくれ。無理を言って悪いが頼む」
「わかりやした」
手揉みをする主人に今までの倍の金貨を差し出した。手には持ち切れず、前掛けを広げてその上に金貨を乗せ、主人は
「それじゃ、すぐに準備しやすんで」
そう言って出ていった。
「何度見てもあの主人は好きにはなれないわね。なんか嫌らしい」
「確かにそうですね、姫様。それでもとりあえず安全に泊まれる場所があるだけでもよしとしなくては」
「そうだけど」
「私はルース達の様子を見てきます」
そう言ってセレクはルナとルースの部屋に入った。
「ルース殿。今夜は休んでください。毎晩、ルナに力を使っているのは知っていますよ。今夜くらい休んで。それでないと本当にあなたが参ってしまう」
「僕は大丈夫ですよ」
「いや、そんな風には見えませんよ。ルナの顔色も少しずつですがよくなっているように見えます。今夜は、私がルナを見ますから、あなたはあちらの部屋で休んでください」
「しかし……」
「今夜は引きませんよ。あなたに参られたら、ルナに申し開きができませんからね」
「セレク殿……」
セレクは、ルースの服を引っ張り、椅子から立たせると、その背中を押して、ドアから外に追い出した。追い出されたルースは行くあてもなく、仕方なしにリリア達の部屋に入った。
「あら、ルース様。どうされましたの?」
「セレク殿に追い出されました。今夜はこちらで休めと」
「ルース殿。やつれておいでですよ。少し休まれないと」
「本当に、そうですわね。ルナが起きたらビックリしましてよ、そんなお顔をしていたら」
ルースは諦めて、空いている椅子に座った。確かに体が思うようにならなくなっている。毎晩、ルナに力を注ぎこんでいる。その力も弱まっている。この辺で休んでおかないとルナを助けられなくなってしまう。
四人は夕食を済ませると、すぐにベッドに入り、深い深い眠りに着いた。
一方、セレクは、ベッドに横たわるルナをちらちらと見ながらも料理に舌包みを打っていた。満腹になると眠気が襲ってくる。けれど、ルースとの約束だ、ルナを見ていなければと、眠気と戦うのだった。




