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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
61/68

no.22

 ぺカールを目前に、やっと近衛兵達はリリア達に追いついた。

「ベルダ様、遅れて申し訳ありませんでした」

 隊長代理のブラソがベルダの前に膝間づいた。

「なんとかぺカールに入る前に追いついてよかった。御苦労だな、ブラソ」

「い、いえ……」

 ブラソは、変わり果てたベルダの顔を見上げて、言葉を失った。近衛兵達もここまで来るのに既に五人の者が脱落している。疲労困憊している兵達が役に立つのかもわからない。それでもいないよりはマシだった。

 それから半日、歩き続けて、やっとぺカールの砦が見えてきた。

「あれがぺカールか」

「思ったより小さいな」

「これなら大したことはないんじゃないか」

 兵士らは口々にそんなことを言う。

「気を緩めるな。ここは、荒くれどもの集まる場所だぞ」

 ベルダが一喝する。兵士達は口を閉ざした。

「まずは私が書状を持って行きます。一気になだれ込んでも中の様子がわかりませんから」

 セレクが、ラクダから自分の荷物を取ると言った。

「僕も行きます。ルナが心配です」

「わたくしも行きます。一刻も早く、ルナに会いたい」

 結局、三人が先に砦に入り、ベルダ率いる近衛兵達は、入口の手前で待つことになった。

 セレクに続きリリアとルースも東の入り口から入る。誰もいなかったが、北側に磔にされた三人が目に飛び込んできた。

「なんてことを!!」

「ルナ!!」

「ルナぁ!!」

 その声に一枚のドアが開いた。兵士の一人が三人に気付き、指令室に案内する。リリアの体は震え続けている。

「やっと来たか。遅かったな」

 セレクは荷物の中から書状を取り出すと、モリールの前に投げ出した。

「待っていたものだ。受け取れ」

 モリールは机の上に投げ出されたそれを手に取り、開いてみる。

「よくやった。これで我々の勝利だ」

 部屋の隅に固まっていた兵士達が雄たけびを上げた。

「約束は果たした。人質は返してもらうぞ」

 ルースの憎しみにも似た視線がモリールに注がれる。

「くくっ、あはははっ。ただで返しては面白くない。一戦交えてからだ。外に出ろ!」

 三人は、兵士に囲まれたまま、広場に出た。そのあとにゆっくりとモリールが部屋から出てくる。そのモリールが口笛を吹くと、あちこちのドアが開いて兵士達がどっと出てきた。

「武器も持たずにのこのこやってくるとはな、大した度胸だ」

 三十人ほどの兵士が三人を囲んだ。

「誰か、こいつらに武器を渡してやれ。これではあまりにも哀れだ。あははは、ははははっ」

 モリールは、楽しんでいた。周りを囲む兵士たちも歪んだ笑みを浮かべて、楽しんでいる。

「ふざけるな!」

 セレクが叫ぶと、カキーンと鞘から抜かれた剣が三本、三人の前に投げ出された。

「どれだけ持つかな、やってみるがいい」

 三人は、剣をそれぞれ手に取った。

 三人が兵士たちに囲まれたのを見てとったベルダは、剣を手に取り、振り上げた。それを合図に近衛兵達が狭い入口からなだれ込む。砂漠の民の兵士は約三十人ほど、ベルダの指揮する近衛兵は四十五人、数から言えば近衛兵が勝っていた。だが、何分、王宮のお飾りでしかなかった近衛兵達は、戦いなどとは無縁で、実践はこれが初めてである。しかも過酷な砂漠を旅してきたばかりで、屈強な砂漠の民の兵士達に押されていた。

 兵達が入り乱れて、広いはずの広場も狭くなっている。モリールも剣を取って戦っていた。

「セレク、ここは頼みます。僕はルナを」

「はい、行ってください」

 ルースは、戦うのをやめて、北側に立つ三本の柱に駆け寄った。リリアもそれに従った。それを追おうとする兵士をセレクとベルダがなぎ倒していく。

「ルナは、大丈夫?」

「大丈夫なはずです。とにかく皆を降ろしましょう」

 ルースは、金色の光を放つと、まずルナの縛られていたロープを外した。落ちてくるルナの体を受け止める。その後、グラニサールとアギラのロープも切った。

「ルナ、ルナ!!」

 リリアがルナの体を揺すりながら、叫ぶ。けれどルナは反応しない。土気色になった顔に、ひび割れた唇、綺麗だった銀の髪は絡まりあい、体に纏わりついている。服には血がついていた。

「ルース、ルナは怪我をしているのじゃなくって!!」

 グラニサールとアギラを降ろしたルースがルナの元に戻ってきた。

 ルースはすぐに両手をルナの体に翳したが、頭を振る。

「いや、これはルナの血じゃない。かすり傷程度の傷しかない」

「ルナ、よかった。ルナ、目を覚まして、ルナ!!」

 しかしルナは目を覚まさない。意識の奥の奥にルナは閉じ籠ってしまっていた。

「リリア姫様、ルナはあまりに凄惨なものを見過ぎました。男の私でさえ、耐えきれぬほどのものを……」

 体を引きずるようにグラニサールが這って来るとリリアに伝えた。

「彼の様子は?」

 ルースがアギラを視線で示して、グラニサールに訊ねた。

「残念ながら、息をしていませんでした」

 グラニサールは、がっくり肩を落として、その部下の骸に視線をやった。胸からは大量の出血がある。既に息絶えていたのだった。

「ルナ、ルナーーーっ!!」

 リリアの叫びが響き渡る。けれど、組んず解れずしている兵士達の声が、それをかき消した。

 ルースがルナの体にまた両手を翳す。今度はゆっくりと立ち上る金色の優しい光がルースを包み、それが両手からルナの体に流れていく。

「うっ、ううっ」

 ルナの口から呻き声が漏れた。

「ルナ、ルナ?」

「これ以上は無理です。ルナが心を閉ざしている。無理をすればルナの心が壊れてしまう」

「ルナは、大丈夫なの?」

「ルナは助かりますか? 捕らわれている間も満足に物を口にしようとしなかったし……」

「大丈夫です。時間はかかりますが、僕が治します」

「姫様、危ない!!」

 突然、リリアの後ろでセレクの叫び声がしたかと思うと、剣がリリアのすぐ横に落ちてきた。リリアを襲おうとしていた兵士を寸でのところでセレクが仕留めたのだった。リリアは、下を向いたまま、横に落ちた剣を拾い上げ

「わたくしのルナを、わたくしのルナを、よくも……よくもこんな目に合わせてくれたわね!!」

 剣を振り上げ、闇雲にそれを振りまわす。敵も味方も見境ない。リリアの怒りが頂点に達していた。

「姫様!!」

 こうなっては誰も止められない。ルースとグラニサールも固唾を飲んで見ているしかない。セレクは、敵を相手にしながら、リリアの様子を窺った。なにも見ずにただただ剣を振りまわしているものだから、リリアの周りには、敵も味方も近づけないでいた。

「わたくしのルナを……ルナを……」

 リリアは泣き叫びながら剣を振りまわしていく。戦闘のただ中にぽっかり空いた空間でリリアだけが剣を振りまわしていた。

「女、ぎゃあぎゃあ、うるさいぞ!!」

 戦闘の輪から出てきたモリールが叫ぶ。それまでなりふり構わず剣を振りまわしていたリリアがピタリと止まった。涙でぐちゃぐちゃになった顔をぐるりと回し、声のした方に視線を向けた。

「お前が……お前が!!」

「女ごときにその剣は重かろう。はははっ」

 息が上がっているリリアは、両手に剣を持っているが、それはだらりと下に降り、石畳に切っ先がついていた。

「許さない……絶対に許さない!!」

 リリアが震える腕に力を込めて剣を持ちあげる。セレクが戦闘の中から飛び出してきた。リリアの横で剣を構える。

「ルナを頼みます」

 ルースもグラニサールにルナを頼むとさっと、リリアの横に立って、両手を差し出した。

「軟弱なお前達に、このモリールが負けると思っているのか。バカが……うりゃぁ」

 モリールは、リリアに向かって剣を振り上げた。リリアはもう剣を振り上げただけで力尽きたのか、動けない。セレクが慌てて前に出た。ルースがその体から立ち上る金色の光を両手から放出する。モリールは、ルースの光に直撃され、体に痺れを感じた。

「な、なにを……お前も人間じゃないのか……」

 後ずさったモリールに、セレクがすかさず剣を繰り出したが、寸でのところでかわされた。しかし、その隙を見ていたのか、リリアが振り上げた剣を握りなおして、突進してきた。

「許さないーーーっ!!」

 その剣は、モリールの腹に刺さっていた。

「な、なんと……」

 モリールは自分の腹を見下ろして、言葉を失った。

 最初こそ、優勢だった砂漠の民の兵達も、モリールが倒れた事を知ると、あっという間に戦意喪失したのか、剣を降ろす者が続出し、騒然としていた広場に静けさが戻ってきた。捕らわれた兵士達は、ロープで後ろ手に縛られ、座らされている。

「ルース殿、モリールの様態は?」

「命に別条はないでしょう。ですが、すぐに医者に見せたほうがいいですね」

「ルナはどうですか?」

「今はまだ何とも言えませんが、命に別条はありません。ただかなりのショックを受けているようです。意識も戻りません」

「ルナ……」

 ベルダは、力なく、言葉を失っていた。近衛兵のクレセールとアギラを失っている。ルナは助かったが、意識が戻らないという。

「ベルダ様」

 放心状態だったリリアがベルダの沈んだ顔に気付き、寄り添ってきた。

「リリア姫、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。ベルダ様も、御無事で何よりですわ」

 リリアは、全ての力を使い尽くしたのか、ベルダの胸の中に倒れこんだのだった。

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