no.18
ルースは、すぐに王宮へと向かった。休まずに早掛けで王宮に着いたのは翌日の夕方だった。
「王様、その書状に書かれてある内容を承諾しなければ、ルナ達は助かりません。どうかルナ達を助けてください」
「父上、これまでの失態。もういい加減いいでしょう。内容ももっともなことが書かれている」
軟禁状態を解かれたベルダ王子も同席していた。書状の内容は、砂漠の民への報酬についてだった。今までエスフェラ山脈の鉱山や砂漠の油田から採れる鉱石や油などは、すべてオアシスの民の町に集められ、精製・製油されて、売られていた。その利益のほとんどがオアシスの民の懐に入る。残りのわずかなものしか砂漠の民には届かなかった。もともと山脈や砂漠から採れるものなのにと、砂漠の民たちは、オアシスの民に対して反感を抱いていたのである。
「しかし、それではオアシスの民が……」
「父上!! ルナや近衛兵達の命がかかっているんですよ。その書状に承諾のサインをしてください」
「ベルダ王子、オアシスの民が潤っているのは、今こうして……」
同席していた宰相アルコンが言ったが、それを遮って、ベルダは王に詰め寄った。
「父上、もしそれにサインできないのなら、私がします。あなたはもう王ではない!」
「ベルダ……わかった。サインをしよう。ルナを救わなければなるまい」
王は、すぐにその書状にサインをした。
「ぼくはこれを持ってぺカールに向かいます」
「ちょっと待ってください。もうひとつ確かめたいことがあります」
ベルダは、ルースから視線を王に向けた。
「父上、ファルサリオの代わりにギナと言う者が捕らわれていたとルースから聞きました。ファルサリオは今、どこにいるんですか?」
「いや、それは……」
王は、額から流れる汗をぬぐった。ルースもそれについては気になるところだった。
「虚偽の雲はここにあったか」
「なんですか、ルース、虚偽とは?」
「なにか隠しておいでのようだ」
「父上!!」
「実は……」
「王様、それはまだ……」
「アルコン、黙れ!! 父上、どういうことですか?」
王は、ぽつりぽつりと話出した。
それによると、王妃は第二子を懐妊したが、死産だった。そのお産の時の後遺症で王妃はもう妊娠できない体になっていた。ベルダ王子ひとりが王位継承者であることから、ベルダを守るために、アルコンの入れ知恵で第二子の王子が無事に生まれ、体が弱いため、温暖な療養地ナセールでの生活をすることになったということにしたらしい。これは王、王妃、アルコンだけの秘密とされた。その頃には、砂漠の民に既に不穏な動きがあったのだと言う。
第二王子ファルサリオと隣国フステイシアの王女リリアとの話が出て、慌てて、アルコンが代役を立てた。それが魔法使いのギナだった。とにかくリリア姫が来るまでにその存在を示さなければならない。ギナにはナセールに入ってもらい、肖像画も描かせた。それが王宮の彼の部屋に飾られたものである。そしてギナには王宮での仕来たりなどを学んでもらった。リリア姫には悪いが、なんとかギナがリリア姫に嫌われるように仕向けて、この話はなかったことにできるようにと、策を練ったのである。王は、アルコンの言いなりだった。リリア姫が到着する前に第二王子のお披露目をするため、ナセールからギナは王都ファリアに向けて出立したが、その途中で砂漠の民に捕らわれてしまったのだった。
「なんてことだ。それじゃ、もともとファルサリオなどいなかったってことですか?」
「そういうことだ、ベルダ、すまない」
「私まで騙して、こんな策までして、アルコン殿、あなたは!!」
「……いや、私めは、ベルダ王子の身の安全を考えてのことです」
「黙れ。策略家め!」
どうもいつもなにかを企んでいるような目つきで、目が離せないと思っていたのは、このためかとベルダは思った。
「そういうことでしたか。ギナがそれに協力したとは……とにかく、僕はすぐにこれを持って出かけます」
「待ってください。今度こそ、近衛兵達を出します」
「では、後から。僕は先に行きます。とにかく一刻も早くこれを届けたいのです」
「わかりました。ルース殿」
ルースは、ベルダが兵をあげるのを待たずに王宮を後にした。また早駆けでグランハへ向かう。ルースはフステイシアに来てから、一睡もしていない。けれどそんなことは、まったく苦にならなかった。ルナとの交信ができなくなってもう何日も経っている。しかもルナになにかあったらしい気配を感じていた。一刻も早くこの書状をぺカールに届けたかった。
ルースがグランハに到着したのは、夜も更けたころだった。
「ルース殿。王は?」
「ああ、書状に承諾のサインをしてもらった。それから……」
王から聞かされたファルサリオについて、話した。
「あのアルコンが考えそうなことですね。それにしてもギナがそんな話に乗っていたとは」
セレクは、ギナのベッドの横に座り、話を聞いて呆れていた。
「ところでギナの様子は?」
「今朝、一度、目を覚まさした。すぐにまた眠ってしまいましたが、顔色も良くなってきています。ルース殿、あなたのお陰です。ありがとうございます」
「いえ、リリア姫とあなたは?」
「はい、もうすっかり元気を取り戻しています。大丈夫です」
「それはよかった。では、僕は、この書状を持ってぺカールに向かいます」
「待ってください、ルース殿。少し休まなければあなたが参ってしまいますよ。砂漠を行くのならとにかく一度、ここで休んで行ってください」
そんなことはしていられないというルースの様子に、アドニスも
「顔色がお悪いですよ。ここに来てから休まれていないでしょう。そんな体では、ぺカールには行けませんよ。ルナ様を救うのでしたら、休まれたほうがいい」
この先、どんなことが待ち受けているのかわからない。疲れ切った体で、力が弱まっているのも分かっていた。ルースは二人の勧めを受け入れて、今夜はここで休むことにした。アドニスが用意してくれた部屋に向かおうとしたとき、リリアが現れた。
「まあ、ルース様。もう王宮からお戻りですの? ベルダ様はお元気でした?」
呑気にそんな質問をしてくる。部屋に案内されながら、セレクに説明したことをリリアにも話した。
「それじゃ、いもしない王子のためにルナは捕らわれてしまったってことですの?」
「そういうことになりますね」
「信じられない。なんてことでしょう。ベルダ様もさぞかしショックを受けられていたことでしょうね」
「そうですね。明日には、この書状を持って、ぺカールに向かいます。ルナのことは心配いりません」
「こちらの部屋をお使いください」
「ああ、アドニス殿、ありがとうございます。リリア姫、おやすみなさい」
ルースは、とにかく休むことにした。体力を回復して、力を最大限に使えるようにしておかなくてはならない。ルナに何が起きているのか不安ではあったけれど、そのルナのためにもと思うのだった。
「わたくしもルース様とぺカールに行きますわ」
アドニスとともにギナの部屋に行ったリリアがセレクを前に宣言していた。
「姫様、今度こそ、足手まといになりますよ」
「なにを言っているの? 一度、砂漠を旅しているのよ。こんな心強いことってないんじゃなくって?」
「いや、しかしですね」
「ルース様おひとりよりもわたくしやセレクがいたほうがいいに決まっているじゃありませんの」
「はい? 私もですか?」
「わたくしが行くんですもの、あなたも一緒に決まっているでしょ」
勝手に決めないでくれとセレクは心の中で叫んでいた。今はギナの傍に着いていたい。しかしそんな気持ちはリリアには届かない。
翌日早く、豪華な料理が用意された。
「朝からこんなに食べられませんよ」
ルースが言う横でセレクが
「砂漠に出たら満足に食べることすらできませんよ。今のうちにたらふく食べておいたほうがいいです」
と、肉を頬張りながら言った。
「そうですわよ。砂漠に出たら、ほんとになにもないんですから」
すっかりルースとともにぺカールに向かうつもりのリリアもしっかり朝食を食べていた。セレクからリリアが同行したいと言い出したと聞いてルースは、困惑していた。
「リリア姫、今回は僕一人で大丈夫ですから、あなたは、ここで待っていてください」
「いいえ、行きますわよ。わたくし、ルナのことが心配でいられませんの。ここでじっとなんてしていられなくってよ」
「ですが、また砂漠に出るのでは、お身体に悪いですよ」
「心配いらないわ。もうすっかり元気ですもの」
なんと言ったら、諦めてくれるのだろうとルースは頭を抱えていた。
「ルース殿。姫様が行くと言い出したら、聞きませんよ」
「ですが、王宮からも兵士達が出ているはずですし」
「王宮の近衛兵なんて当てにならなくってよ。ぺカールでドジって最初に捕まってるんですもの。役に立ちませんわ」
セレクが溜め息を漏らした。ルースももう諦めた。三人でぺカールに行くことになり、食事が終わって、一休みすると、アドニス侯爵家を後にしたのだった。




