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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
56/68

no.17

 一方、セレク達は、グラバを目前にして、砂嵐に襲われ、足止めを食らっていた。ギナをラクダから降ろし、毛布を掛けて庇いながら、リリアとセレクもフードを掻き合わせて、耐えていた。一刻を争う中、こんなところで進めないでいる歯がゆさがセレクを苦悶させた。それでもその砂嵐は一日で過ぎ去ってくれた。

「よかったわね、セレク。あまり長くなくて」

「そうですね。先を急ぎましょう」

 ここでいつもなら文句を言うリリアだったが、今はそれどころではないと理解していた。また休むことなく砂漠を進み、一日でグラバに着いた。弱り切っているギナを休ませるため、グラバの三番宿屋に入った。

「あんた達、無事だったのかい?」

 女将さんは、その目を丸く剥いて驚いていた。

「仲間を休ませたいんですが」

「ああ、構わないよ。もう一人のお嬢ちゃんは?」

「ルナは……」

 さすがのリリアも体力を使い果たして、頭も回らない。

「いえ、それが……」

「なんでもいいやね。休むんだったら、また同じ部屋を使いな」

「ありがとうございます」

 セレクは、外に出てラクダの背に乗っていたギナを背負い、二階の部屋まで連れて行って、ベッドに横たえた。

「なんさね、この人、生きとるんかい?」

 女将さんは、土気色のギナの顔を見て、後ずさる。

「大丈夫です。息はしています」

「息をしてるったって、こんな顔になって、あんた、普通じゃないよ」

「わかっています。ここに医者はいますか?」

「残念だけど、ここにゃそんなもんは、おらんよ、こりゃあ、ひどいな」

 宿の主人もやってきて、ギナの顔を覗きこんだ。

「では、馬を用意してもらえませんか? 一晩休んだらグランハへ向かいます」

「そりゃ、馬は用意できるけど、あんた、この人を動かしたら死ぬよ」

「大丈夫です。とにかく馬を」

 女将さんと主人は、顔を合わせて、頷くと部屋を出ていった。

「姫様、今のうちに休んでください」

「言われなくっても、休むわよ。もう、わたくし……体が……いう、ことを……」

 最後まで言い終わらないうちに、まるで気を失うかのように眠りこんでしまった。

 セレクもギナのことが気になったが、ここで休んでおかなければ、山越えが難しくなる。ギナの頬に手を当てて、そのわずかな温もりを探す。

「ギナ、助かってくれ。頼む」

 涙が溢れる。こんな風にギナを思うことは初めてだった。失えない。ギナは失えない。そっと頬から手を離すとセレクも隣のベッドに潜り込んだ。体を丸めて、泣いた。そして眠った。

 夕食はどうすると女将さんが起こしにきたが、今は眠りたい。食べることへの執着心の強いセレクでさえ、今は睡眠のほうが先である。既に辺りは暗闇に染まっていたが、そのまままたセレクは眠りに着いた。真夜中、セレクは空腹で目を覚ました。ギナに水をやらなくては……。だるい体を起して、女将さんが置いたのだろうテーブルの水差しからコップに水を注ぎ、ギナの口に当てて、飲ませる。

「姫様、起きてください。食事を済ませてしまいましょう」

 テーブルの上には水差しのほか、既に冷めてはいたが料理が乗っていた。二人は言葉なく、黙々と食べていた。満足に食べるものもなかったのである。冷めたものでも口にできるだけありがたい。食べ終わるとまた、リリアはベッドに潜り込んだ。セレクもギナの様子を窺ってからベッドに横たわった。

 翌朝早く、セレクは起きだして、まだ寝ている女将さんを呼び出した。既に馬の用意はできていると言う。

「では、すぐに出発しますので」

「そんな体で大丈夫なんかい?」

「一刻の猶予もありませんから」

「本当にあんたらときたら……」

 女将さんは呆れ、溜め息を漏らした。

「気をつけて行きなさいよ」

 もう一人の女の子がいないことが気がかりだったが、女将さんは敢えて聞こうとしなかった。聞いたところでどうすることもできないのは分かっていたからだった。

 リリア達は、宿を立ち、エスフェラ山脈に入った。険しい道ではあるが、なんとか馬が通れることは来る時に通ったことで分かっている。ギナを背負って歩くわけにもいかないので、女将さんに馬を用意してもらい、それにギナを乗せた。そのお陰で、先へ進めたのである。夜はかなり冷えた。風が吹くと唇が震え、歯がなる。少しでも風を避けようとフードを引っ張るが、その手もかじかんで思うように動かない。それでも休まず、先を急いだ。向かい風なので、思うように体が前に出ない。歩いているのに、その一歩が半歩程度でしかなく、思ったより、先へは進めない。はやる気持ちとは裏腹に、進まぬ歩に苛立たしげにセレクは舌打ちをした。

 その頃、ルースも馬を走らせていた。一向に動こうとしない王に苛立って、自分一人で王宮を出たのである。ベルダが近衛兵を今度こそ出すと息巻いていたが、王と宰相アルコンに止められて、なんと軟禁されてしまったのだった。

「まったくなにをやっているんだ、あいつらは」

 馬を駆りながら、ルースは唇を噛んだ。休むことなく馬を走らせ、グランハのアドニス侯爵家に辿り着いた。ルースは自分の身を明し、ルナ達からの連絡はないのかとアドニスに問いただした。

「すみません、まだなんの連絡もありません」

「ここも役に立たないのか」

 ルースは、苛立ちを何処にぶつけていいのか、わからずにいた。

「途中で引き返したのなら、もう戻ってきてもいい頃ですが、もしぺカールの砦まで行ったのだったら、まだ帰っては来ないでしょう」

 ルースのブルーの瞳がギラリと輝き、アドニスを睨んだ。

「止めたのですよ、何度も。なんとかして、姫様方には、ここで諦めてもらうように。でも私に力がないばかりに……」

 そこに人のざわめきが聞こえてきた。何事かとアドニスとルースは外に出る。すると埃まみれになったリリアが駆けこんできた。

「アドニス様、助けてください……」

 そう言って倒れ込んだ。そのすぐ後に馬を引き連れたセレクがやってきた。

「アドニス殿、医者を、早く医者を呼んでください」

 セレクも膝を折って、倒れこむ。

 ルースはルナの姿が見えないので

「ルナは、ルナはどうしました!」

 馬の背に乗せられているのは、ルナではなかった。

「セレク、ルナはどこにいるんです!!」

 ルースは倒れ込んだセレクを抱き起こして訊ねた。

「ぺカールの砦に……捕らわれて……ギナを助けて、ください」

「馬の背に乗っているのはギナなんですか?」

 セレクはうっすら頷くとそのまま気を失ってしまい、今度は何度揺すっても目覚めなかった。

 アドニス侯爵家は大騒ぎである。医者をすぐに呼びに行かせると、リリア、セレク、そして馬の背に乗っているギナをそれぞれ寝室に運び、休ませた。リリアとセレクは過度の疲労だけであろうと医者は診断した。けれどギナを診た医者は首を振った。しばらくして目を覚ましたセレクが休んでいるようにという召使の言葉も聞かずに、ギナの元にやってきた。そこにはルースとアドニス、医者がいた。

「ギナは? ギナは助かりますよね?」

 医者は頭を振った。

「助けてください、頼みます」

 医者の腕にすがりつくセレク。ルースはそんなセレクを見るのは初めてだった。泣いている、セレクが……。

「わしにはもう手の施しようがない。あとは本人の力次第じゃ。あんたらも衰弱しきっとる。とにかく休みなさい」

 医者はリリアとセレクに飲ませる薬を置いて帰っていった。

 ベッドの横に立ったルースが

「私に任せてください」

 そう言うと、両手を翳して、目を瞑った。体からは静かに金色の光が立ち始める。それは段々大きくなって、眩いほどに輝き、部屋の半分を照らした。その光は、凝縮されるとベッドに横たわるギナの体へと入っていった。土気色の顔が苦しげに歪んだ。

「うっ、うっ」

 ギナの声がした。

「ギナ、大丈夫か、ギナ!!」

「セレク殿、まだ無理です。僕の力ではこれが精一杯です。ゆっくりではありますが、回復に向かうでしょう。大丈夫です」

「ルース殿、ありがとうございます。本当に……ありがとう……」

「ところでルナは?」

 セレクがハッと涙にくれた顔をあげた。

「そうだ。書状を、書状を王に届けなくては」

 セレクは慌てて部屋に戻り荷物をガサゴサとやって、丸められた書状を引っ張り出した。

「これを王様に。内容を呑まなければルナ達は返さないと。四十日間の猶予のうちに返事を持って戻らなければ、一人ずつ殺すと言っていました。早く王様に届けなければ」

 セレクはそう言って立ちあがり、ふらついた。

「セレク殿、あなたはここで休んでいてください。これは私が預かります。すぐに王宮に行って戻りますから」

 力の抜けたセレクは床に座り込んだ。そしてぺカールにはファルサリオ王子の代わりにギナが捕らわれていたこと、ルナと従者が捕らわれてしまったことを話した。

「わかりました。セレク、大丈夫です。僕がなんとかしますから、とにかく休んでください」

「頼みます、ルース殿」

 アドニスに抱えられて、セレクはベッドに横になった。ギナのことが心配でそちらに行きたいという思いはあっても、もう体が動かない。ルースの力で少しではあるがギナは回復した。命の危機は去ったのだと安堵した。そして深い眠りへと落ちていった。

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